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ロシア・ウクライナ戦争の教訓の一つは、筆者が3年前から指摘してきた「ドローンを中心とする高度1000m以下の低空域」が、サイバー・宇宙に並ぶ「第4の戦闘領域」になっていることが実戦で証明されたことだ。

こうした認識は世界的にも議論されているが、日本ではまだ不足している。しかし今国会で興味深い質疑があったので紹介したい。質問者は、防衛大学准教授出身という異色の公明党参議院議員。この新しい戦闘領域の重要性を岸防衛大臣に提起した内容が、今後のドローン戦防備を考える上で参考になる。

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国会で提起「新しい戦闘領域」とは?

この議員は三浦信祐(のぶひろ)氏。東工大で工学博士を取得し、防大准教授時代は材料工学を専門としていた。その後、政界に転身し、2016年参院選で初当選している。三浦氏の問題提起は、現在の防衛力整備がミサイル防衛などの高高度の問題に偏りを是正し、ドローンを中心とする低空域を防衛する上での適切な投資を図るべきというものだった。

三浦信祐氏(5/30 参院ネット中継)

5月30日の参院予算委で、三浦氏は次のようにドローンが開拓した新しい戦闘領域の重要性を訴えた。

真に必要な防衛力整備の基盤として地上と空中の中間高度となります1000m以下の高度域の防空体制が重要だというのが今の世界の認識だと思います。

現下の防衛戦略では、ミサイル防衛等の高い空の部分の体制にリソースを割いているのが今の日本の状況になります。宇宙・サイバー・電磁波に加えて、無人航空機を第4の戦闘領域とも位置付ける。そのようなくらいの必要性があるというのが、今私が考えておるところであります。

三浦氏の質問に対し、岸防衛大臣は「近年、経空脅威は多様化しております。自衛隊によるドローン等の無人機への対応は我が国の安全保障上、極めて重要な課題であると考えています」と事実上、新しい戦闘領域の出現を率直に認めた。

この質疑で話題になった「新しい戦闘領域」とは何か。実は筆者はこのドローンが開拓した戦闘領域が存在することを2019年2月12日のWashington Times、同年3月26日の現代ビジネスで「空地中間領域(InDAG:The intermediate domain of the Air and Ground)」という空と地上の間の高度1000mまでの低空域の存在を指摘してきたが、この直後に複数の米軍人からも同様に「空の岸辺(Atmospheric Littoral)」や「ドローンが飛翔する戦術制空権と戦闘機が活躍する作戦制空権」といった概念が提唱されているほか、シリアでの実戦に参加した米軍人からも低空域が新たな戦闘領域になっていることが指摘されている。

ウクライナは「空地中間領域」制す

軍事的には実にタイムリーな中身となった質疑。先のナゴルノ・カラバフ紛争でもアゼルバイジャン軍がドローンを活用した戦術・作戦術を行うことでアルメニア軍を撃滅し旧領回復を成し遂げたことで証明されたが、大国には通じないとの間違った考えが特に日本では強かった。

しかし現実には、世界的にも屈指の野戦防空網を持つとされていたロシア軍が、ウクライナ軍のドローンを中心とした戦術や作戦術によって首都キエフを攻めあぐねた挙句に完全に追い払われたことでこれらは軍事を理解していない兵器マニアの戯言でしかなかったことが証明された。ウクライナ軍は、陸海空のいずれの戦闘領域ではロシア軍に対し圧倒的に劣勢であり、サイバー空間では互角の状況だった。こうした中で、唯一ウクライナ軍が優勢だったのはドローン等が活躍する低空域の「空地中間領域」だった。

ウクライナ軍は、この残された戦闘領域をドローンなどの偵察情報、地対空ミサイル、若干の航空機で粘り強く維持した。しかもドローンは大型機の武装ドローンTB2は推定200mもあれば道路を含むどこからでも発進でき、小型であれば滑走路自体が不要な為、緒戦の奇襲にも強かった。破壊されても地対空ミサイルよりも安価であるために生産と供給が続く限り、さらに高い練度で戦えることも強みだ。結果として、ウクライナ軍は、この確保した戦闘領域からドローンによって地上のロシア軍の兵站や指揮系統を破壊し、ロシア軍の首都侵攻を食い止めた。

またウクライナ軍はドローンが地対空ミサイルを破壊。リアルタイムに敵の戦力展開を把握し、そこに待ち伏せや砲撃を行うことも可能となったことで、ロシア軍の圧倒的な戦力に対抗できた。現代戦はドローンなくて遂行することは不可能になったことを日本でも決定的に印象付けたはずだが、日本の防衛力整備は、三浦氏も指摘するようにミサイル防衛や宇宙に代表されるように高高度への優先配分が続いている。

「ソマリア軍以下」の悲惨な現状

また岸大臣は意図的かは不明だが、防衛省・自衛隊のドローンの「悲惨」な状況を説明した。岸大臣は「防衛省・自衛隊として様々なドローン攻撃に対して万全の対応をはかるため、小型攻撃機型のUAVからの防護手段の研究や高出力エネルギー技術の研究などの各種取り組みを進めています」と回答したが、これは日本のドローン対策がドローンを使わない迎撃の手段ばかりに偏っているということだ。

他国では対ドローン用ドローンによる制空、もしくはドローンから電子戦攻撃をさせることで空地中間領域の航空優勢獲得が目指されている。つまり第1次大戦時と同様に偵察や爆撃から制空を主任務とする“戦闘機”の出現へと段階が移りつつある。それなのに自衛隊は、ドローン対策にばかり目が奪われて、地上からのレーザーや電磁波といった個別の“対空兵器”だけでなんとかしようとしている。

21年7月、静岡・熱海市の土砂災害の捜索救助活動で出動した陸自ドローン(防衛省・自衛隊ツイッター

岸大臣は「またいわゆるドローンを約1000機保有し、偵察など各種任務を遂行するための情報収集の目的で使用をしています」と述べたが、いかにも戦力不足だ。この数字は防災用の民生品などを集めた数であってスキャンイーグルなどの軍用ドローンに絞ればはるかに少なくなる。

一方、中国軍は2023年までに自国用および輸出用に42,000機の軍用ドローンを生産すると2015年の時点で米国防総省によって推測されている。中国の軍用ドローン開発と配備は日進月歩の勢いであり、既に10万を超えていてもおかしくはない。これに自衛隊と同様に民生品も含めれば数十万近くにもなるだろう。

しかも自衛隊の保有するドローンは偵察などの一部の機能だけが可能で、一部報道によればソマリア軍ですら保有しているとされる武装ドローンを保有していない。ソマリア軍は武装ドローンTB2と統合運用する陸戦部隊も編制したとされ、知的側面でもドローンを一部の偵察でしか使っていない自衛隊を先行している。

中東のUAEもトルコのように国産武装ドローンや自爆ドローンを開発量産し、エジプト軍はUAE武装ドローンのライセンス生産を始めている。武装ドローンだけではUAE、エジプト、ソマリア軍以下なのが自衛隊の現状だ。

質でも量でも運用でも遅れているが、これを追いつき追い越すには尋常一様ではない投資と知的努力が必要だ。

研究開発をアジャイル型に

質疑ではさらに研究開発体制の問題点にも及んだ。三浦氏は岸防衛大臣に対し、第四の戦闘領域で日本が巻き返すために現在の遅すぎる開発及び調達プロセスをアジャイル型にするように提起した。

スピード感をもった装備品導入へ、アップデート型で開発・試験・運用をサイクル化する、すなわち完成品ができるまで待ってられないというスピード感もありますので、こういうふうな形もとって頂きたいと思います。

また国内の防衛産業体制を構築すること、研究開発を加速して、国産化を無人航空機に対しても図れるように是非取り組んで頂きたいと思いますが、防衛大臣いかがでしょうか。

これも時宜にかなっている。ウクライナ軍はトルコからライセンス生産を決めたほか(本格的に生産が始まる前に開戦したが)多くの武装ドローンを国産している。国内に生産基盤がなければ、すぐに補充は出来ない。

答弁する岸防衛相(5/30 参院ネット中継)

幸いにも岸大臣は答弁で「その上で、新たな装備品の導入においては将来の脅威、要求性能や部隊運用上のニーズ及び費用対効果を踏まえつつ、より短いスパンで設計・製造・配備・運用・能力向上を繰り返す、いわゆるアジャイル型研究開発を検討する必要があると考えています」と回答した。防衛省・自衛隊の装備開発は慎重かつ各部署のコンセンサス方式が強く、時間がかかった上に運用構想も定まらないといった問題が続いてきた。

大臣の答弁はこれらの課題解決を期待させるものだ。現代は、3Dプリンタと数多ある民生技術を従来の軍事技術に融合させ、即座にアップデートを繰り返し、また戦術・作戦構想も同時に構築していく時代なのだ。

ときあたかも新事務次官に難事の後始末を軽やかにこなしてきた、タフな技術政策通の鈴木敦夫装備庁長官の就任が決まった。三浦議員と岸大臣の質疑が単なる国会答弁のみならず、次期防衛大綱や防衛省の組織改革に反映されることを期待したい。