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テレビ朝日が取り組む「未来をここからプロジェクト」。『報道ステーション』では、多岐にわたる分野で時代の最先端を走る“人”を特集する企画「未来を人から」を展開している。

今回取材したのは、マイクロソフト社の創業者であるビル・ゲイツ氏。

彼が2000年に設立した世界最大の慈善基金団体「ビル&メリンダ・ゲイツ財団」は、これまでに途上国で発生した病気や貧困に対する寄付を続けてきた。なかでも特に大きな力を注いできたのが、感染症への対策だ。

2015年に登壇した世界的規模の講演「TED Talk」では、感染性の高いウイルスに対する準備が不足していると継承を鳴らしていた。

そして5年後、その予想が的中。いち早くパンデミックに対する危険を語った「TED Talk」の動画の再生回数は4300万を超えるが、その95%はコロナ禍以降の数字であった。

日本では6月25日に発売されたゲイツ氏の新著『パンデミックなき未来へ 僕たちにできること』(早川書房)では、彼らが莫大な私財を投じて世界の健康問題に取り組んできた軌跡が深く記されている。

パンデミックや戦争の危機を迎えながらも、「世界はより良い方向に向かっている」と語る。そんなビル・ゲイツ氏が見据える未来とは――。


◆パンデミック対策の年間10億ドルは“お買い得”である

今回の取材が行われたのは、東京・羽田空港の国際ターミナル。

新設されたばかりだが、コロナ禍により2年間も封鎖されている場所であり、世界的な混乱を象徴する場所のひとつだ。この大きな問題を予見していたゲイツ氏は、現在の世界情勢をどのように見ているのか。

「残念ながら、パンデミック発生の予測は現実のものとなりました。私たちの備えが不十分だったことも残念です。

政府は、火災や地震などの対策については、よくやっています。また、開戦の意欲を削ぐべく、自国の防衛に多額の資源を投じています。このような対策の一覧に、パンデミックも加えるべきです。

経済的打撃を被り、死者が2千万人を超えた今、ようやく人々はパンデミック時に役立つ新たなツールや研究開発ツール、世界的基盤や国内基盤の構築に投資すると思います。なぜなら、パンデミックは再び発生するからです。

世界および国内でどのような対策チームやツールが必要となるか、議論を始め今回と同じ状況が繰り返されないようにするべきです」

スペイン風邪やSARS、エボラ…。歴史を振り返れば様々な感染症が幾度も猛威を奮ってきたが、それでも人類のパンデミックに対する予防が十分ではなかったという。

その過去を反省し、パンデミックの予防に特化した3000人の専門家を集結させ、これまでにない新たな国際組織の創設を提案している。

著書では、「運営コストは、年間10億ドルほど必要だろう。COVID(コロナ)がそうだったように、世界に何兆ドルもの損害を与える悲劇への保険であることを考えると、年間10億ドルはお買い得だろう」と断言するが、その真意は。

「パンデミックを防ぐにあたっては、火災をイメージするといいでしょう。一都市を巻き込むにとどまらず、全世界に広がる可能性のある火災です。ある国で火災の発生を確認したら、諸外国に燃え広がる前にその場で消火することが全世界の利益となります。

つまり、監視・対策・準備をおこなう世界規模のチームに対する投資は非常に有益な投資と言えます。その額は、パンデミックによる経済的損失の1000分の1にも満たないのです」

◆巻き起こった“陰謀論” 「とんでもないですよね。笑ってしまいます」

マイクロソフト社の経営から身を引き、いまや世界最大の慈善基金団体を率いるゲイツ氏。パンデミック以降、彼が多額の寄付をおこないワクチンの普及に勤しむほど、かつての発言が注目される。

「ビル・ゲイツがワクチンの中にマイクロチップを入れている」「人々の位置情報を監視しようとしている」などの“陰謀論”が巻き起こったが、どのように受け止めているのだろうか。

「とんでもないですよね。笑ってしまいます。そもそも、なぜ私が人々を追跡したいと思うでしょうか。そんなことに興味はありません。人々がそのような話を耳にしたことで、ブースターを含めワクチン接種を受ける意欲がそがれたり、マスクを着用する気がなくなったら、どうでしょう。

別のばかげた思惑があると思い込んだせいでそうなれば、悲劇ですね。我々がワクチン接種を訴えるのは、皆さんに自分の身を護ってほしいからです。そんな風に言われようとは予想もしていませんでした。

とはいえ、私は非常に恵まれた人間なので、たとえ不都合なことがあっても、自分の置かれた状況に対する文句はありません。マイクロソフト社が成功を納めたことだけでも十分に幸運なのです」

コロナワクチンが誕生した当初、先進国がこぞってワクチン確保に走るその一方で、新興国にはワクチンがなかなか届かなかった。経済格差が健康を左右する“健康格差”が明らかになったが、これは新しい問題ではないとゲイツ氏は語る。

著書でも、「健康格差は珍しいことではない。COVID(コロナ)への世界の不平等な対応に富裕国の多くの人がショックを受けたのは、それが異例だったからではなく、ほかのときには健康格差が目に見えていなかったからだ」と記している。

「健康とは非常に不公平なものであると、誰もが認識すべきです。格差があるからこそ、数十年にわたり日本政府がユニバーサルヘルスケアを最重要課題として取り組んできたことが非常に重要なのであり、ますます強化されつつあるポリオ(注:ポリオウイルスで発生する急性灰白髄炎・小児麻痺)やグローバルファンド(注:低・中所得国での三大感染症対策に資金を提供する機関)といった分野への寛大な支援が、大きな影響を及ぼすのです。

日本の全国民に、アフリカへ行き、我々がどのように人々の生活を改善し、命を救っているか見てほしい。日本の製薬会社をはじめとする最新科学がこうした新薬開発を支援しています。その十分な寛大さを発揮し、途上国に注力すれば劇的に格差を縮められるでしょう。

未だに格差は非常に大きいものの、幸い以前よりはるかに小さくなっています。私が存命中にこの不平等を解消できると信じています」

◆健康格差の解消は、エネルギーや食糧問題の解決にもつながる

世界の健康格差をなくすべく奮闘するビル・ゲイツ氏。そのモチベーションはどこから来るのかと尋ねると、次のように話してくれた。

「マイクロソフト社の経営により築いた莫大な財産を世に還元する方法を検討するなかで、世界に最も大きな影響を及ぼし得るものは何かと考えました。そして、わずかな金があれば、マラリアやポリオといった感染症から人々の命を救えると気付いたのです。

たしかに、私にはお金の使い道を選ぶことができます。何軒も家を購入するとかね。私たちには選択肢がありました。お金を慈善活動や他の分野に使うのではなく、消費することも選べましたが、私は元妻のメリンダと共に、世界保健にお金を使うことを選びました。

自分が持っていても必要としないお金が、他の人々の生活向上に役立つと思うと気分がいい。資金が不足している社会問題に取り組めます。マイクロソフト社でのキャリアも最高でしたが今後は、財団での仕事に忙しい余生を送るつもりです」

世界長者番付で何度も1位を獲得するなど潤沢な資産に恵まれているゲイツ氏。その影響力の大きさを、自身ではどのように捉えているのか。

Bill & Melinda Gates Foundation

「我々には選択権があります。うまく選択できているといいのですが、我々は各国政府と連携し、耳を傾けています。自らアフリカに趣き、現地の人々のニーズに耳を傾けています。幸い、死者を減らしたいという考えに反対する声は多くありません。我々には明確な目標があり、その達成に向けて日々取り組んでいるだけなのです。

「私たちの財産など、政府の資産に比べたら大した額ではありません。(政府の)保健予算は巨額です。今年はG7がドイツで、来年には日本で開催されます。G7は各国が良い案を持ち寄って討論できる場であり最終的に一つの計画を策定し資金を投じられる場でもあります。

私たちに、いくらかの影響力があることはたしかです。その影響力を良い形で行使してマラリアやポリオ対策のために、感染による死の予防や健康問題の解決に、どのように役立てられるか考えたいと思っています」

世界の健康問題を解決すべく活動する彼を“聖人”と見る人も数多く存在するが、それらの目標を達成した先に、やってみたいことはあるのだろうか。

「この世に感染症は多く存在するため、おそらく余生はそれだけで手一杯かと思います。ゆっくりしたり、友人と会ったり、読書やテニスをしたりと、楽しいこともたくさんできるでしょう。しかし、仕事としては、今取り組んでいることがすべてです。すべての資源を、こうした問題に役立てたいのです。

真の聖人とは、これらの問題に現場で取り組んでいる人々です。私とは違い、彼らは大きな犠牲を払っています。一方、私は世界で何よりも楽しい仕事をしているだけです」

健康に関する問題だけでなく、エネルギーや食糧など世界は人工増大によりリソース問題に直面している。仮に健康格差がなくなり、全世界に長寿が訪れた場合、爆発的な人口増加に地球は耐えられるのか。その疑問に対して、ゲイツ氏はこう語る。

「たしかに世界は多くの難題に直面していますが、実は人口増加率が高いのは、不健康な国々です。しかし、我が子のうち少なくとも2人は死なずに育つとわかれば何人も子どもを産む必要性を感じなくなるでしょう。

国々が健康になれば、大人は産む子どもの数を減らすはずです。出生率が下がれば、環境や気候、特定の地域における人口過剰といった問題の解決にも役立つのです」

◆「それでも私は、これらの難局を切り抜けられると信じています」

パンデミックという、フィクションの世界の出来事だと思っていた試練に続き、人類はいま“戦争の脅威”という新たな難局に直面している。パンデミックを予期していたゲイツ氏でさえも予想もしなかった状況であるという。

「世の中には、非常に悲惨な出来事がいくつかあります。戦争とパンデミックは、その最たるものです。我々は今、4年前に多くの人々が予想したよりも悪い状況の中にいます。コロナ禍やウクライナ戦争が発生し、全世界に悪影響を及ぼす前には、予想もしなかった状況です。今回のパンデミックの致死率が、この程度で幸運でした。次回もそうとは限りません。

これまで長年にわたり大きな戦争が勃発しなかったのも幸いでした。ウクライナにおける戦争も、早く落ち着くといいのですが。この戦争が解決すれば、少なくとも世界大戦は避けられます。戦争によって被害を受けるのはウクライナだけではありません。食糧や肥料不足によりアフリカで多くの死者が出るなど、世界でも多くの人々が苦しむことになるでしょう」

時代が巻き戻ってしまったかのような、悪夢のような状況ではあるが、「世界は良い方向に進んでいる」とゲイツ氏は語る。

「全般的に、世界はより良い方向に進んでいますが、おっしゃるとおり、何度か大きく悲劇的な後退をしました。その被害を最小限に抑えるためにも、改革する必要があります。今後起こるであろうパンデミックについても同様です 」

巻き戻っては進む世界の未来を、ゲイツ氏はどう見ているのか――。

「人間の本能とは、互いに助け合うことを促し、私たちを正しい方向へ押しやるものです。人間は、革新を通じて驚異的に寿命を延ばすこととなりました。百年以上前の人間の寿命は、現代人の半分ほどに過ぎなかったのです。

現在起きているいくつかの後退を俯瞰すれば、人生が劇的に向上していることがわかるでしょう。今後も、その傾向は続くはずです。私たちは、大きな難局に直面しています。それでも私は、これらの難局を切り抜けられると信じています。

私たちが、過去の過ちに学ぶとともに、危険について理解を深められるといいですね。これまで、人類は自らの置かれた状況を改善してきました。今後も、改善し続けると思います」