安倍元首相銃撃事件で揺れた2022年の参院選が終わった。「一人区を中心に自民大勝」と報道されたが、一人区のひとつである沖縄では、オール沖縄の支援する現職の伊波洋一候補(70)が、自民党公認候補の新人・古謝玄太候補(38)を僅差で下した。
筆者は、古謝候補が僅差で伊波候補に勝利すると予想し、事前にメディア関係者にその旨伝えてきたが、終わってみれば予想とは真逆の結果となった。保守票全体の動きを読み切れなかったことが外れた原因だと思っている。以下、投票結果である。
伊波候補と古謝候補の票差は2,888票。他方、「オール沖縄でもない、自公でもない」有権者を吸収したと思われる参政党、N党、幸福の3候補の合計得票は39,263票。とりわけ参政党の河野候補の2万票を超える得票は大きい。安全保障政策などから保守政党と見なされる政党のこうした得票の動向が、古謝候補の敗因に大きく関係していると見て良さそうだ。
保守票の分裂が自公の敗因
選管のデータをチェックすると、古謝候補は、沖縄県11市中8市で伊波候補の得票を上回っている。取りこぼしたのは那覇市、宜野湾市、沖縄市の3市で、いずれも人口が相対的に多い都市だ。票差が大きいのは県都・那覇市で、伊波候補は古謝候補を3,230票上回っている。最終的な全県での得票差(伊波候補>古謝候補)は2,888票だから、票差の大部分は那覇市の投票動向に直結している。
これに対して参政党の河野候補とN党の山本候補は、那覇市で合計7,698票を集めている。つまり、河野候補、山本候補が得た票の4割(3000票)が古謝候補に向かえば、古謝候補は勝利できたことになる。
沖縄県で行われる国政選挙や知事選挙では、那覇市の「革新票」が選挙結果を左右するのが常だが、今回についていえば、革新党派ではなく保守党派に分類される参政党、N党の那覇市における得票がやはり選挙結果に大きく反映されたのではないだろうか。
これとは別に、古謝候補の健闘を賞賛してもよいデータもある。2016年参院選、2019年の参院選、そして今回の参院選についての得票を時系列で分析すると、それははっきりする。2016年の参院選でオール沖縄の伊波氏が得た票は35万6,355票だった。これに対して自公候補の島尻安伊子氏の得票は24万9,955票。その差は10万6,400票だった。2019年の参院選でオール沖縄候補の高良鉄美氏の得票は29万8,831票、自公候補の安里繁信氏の得票は23万4,928票で、その差は縮まったものの、まだ6万3,903票の差があった。
オール沖縄票は8万票減
今回の参院選での伊波氏の得票は、先に触れたように27万4,235票、古謝氏の得票は27万1,347票、その票差は2,888票だった。伊波氏は、2019年参院選の高良氏の得票より2万4,596票減らし、2016年参院選の自身の得票よりなんと8万2,120票も減らしている。2016年と22年の比較で自治体別の得票を見ても、伊波氏は沖縄県41市町村中40市町村で得票を減らした。減らした得票は那覇市だけで2万2,147票に達する。
伊波氏と競った古謝氏は、2019年参院選の安里氏の得票を3万6,419票上回っており、2016年の島尻氏の得票を2万1,392票上回っている。2016年と22年の比較で自治体別の得票を見ると、古謝氏は41市町村中28市町村で(島尻氏より)得票を増やしている。
こうしたデータを見るかぎり、負けたにもかかわらず古謝氏の健闘はやはり高く評価される。「オール沖縄を追いつめた男」といっても大袈裟ではない。オール沖縄票(伊波票)が6年間で8万票以上も減ったのはきわめて大きな変化である。自公陣営としては、この勢いを駆って9月に行われる知事選で一気に「県政奪還」と行きたいところだ。
知事選を撹乱する下地氏
8月25日に告示され9月11日に投票が行われる沖縄県知事選だが、現時点で、オール沖縄が支援する現職・玉城デニー知事の出馬と自公が支援する佐喜真淳元宜野湾市長の出馬が決まっており、さらに前衆院議員の下地幹郎氏(元日本維新の会国会議員団副代表・元国民新党幹事長)も名乗りを上げている。未確定だが、参政党も候補者を立てる方針だという。今のところ「デニー人気」は大きな衰えを見せていないが、今回の参院選で伊波氏が減らしたオール沖縄票の行方や保守層の分裂も大いに気になるところだ。
前回2018年の知事選では、翁長雄志前知事の急死を受けて出馬した玉城デニー氏(当時衆院議員)が以下のように圧勝している。
玉城氏の約40万票は、沖縄県知事選の候補者が獲得した過去最高の得票で、佐喜真氏との票差は8万票以上あった。が、この選挙は翁長氏の「弔い選挙」という性格だったため、8万票の票差をそのまま今年の知事選に当てはめることはできない。そこでまず、前回の投票率64.13%が若干低下するものとし、候補者が玉城、佐喜真両氏2人だけのケースならどうなるかを考えてみた。細かい計算プロセスや前提条件は省くが、投票率が62%、投票総数が約73万票としたら、現段階での得票は、玉城氏37万票程度、佐喜真氏35万票程度と筆者は予想した。玉城氏勝利だが、前回のように圧勝とまではいえない。
2万票程度の票差であれば、佐喜真氏が逆転する可能性はある。しかしながら、ここで下地氏が参戦するとなると、佐喜真氏の票はさらに減ずる。完全に保守系と見なされる下地氏の沖縄1区における昨年の衆院選の得票は約3万票だが、出身地の宮古島市始め全県で得票する力はあるので、おそらく最低4万票、最高で5万票は得票するだろう。その減票分はほぼそっくりそのまま佐喜真氏に降りかかってくるから、佐喜真氏の得票は30万〜31万票となる。佐喜真氏が玉城氏を逆転するのは難しくなってしまう。
参政党参戦で自公勝利は絶望的に?
また、前回は、兼島氏、渡口氏という2人の候補が「オール沖縄でもない、自公でもない」という有権者を取りこんだが、その得票合計は7,120票だった。今回も下地氏以外に第4、第5の候補が出現する可能性は高い。現時点では、参政党が候補者を立てる意欲を示しているが、そうなれば、「オール沖縄でもない、自公でもない」票はおそらく前回の数倍の規模に達すると予想される。
参政党は参院選のときに約2万票を得票したが、参政党人気が今も高まっている現状から、知事選では参院選を1万票上回る3万票程度に達すると見込まれる。割を食うのは、玉城氏ではなくおもに佐喜真氏である。参政党の参戦による減票分を佐喜真氏2万票、玉城氏1万票程度と想定すると、最終的には玉城氏36万票、佐喜真氏28〜29万票となる。佐喜真氏の逆転はもはや絶望的だ。
もちろん、投票率は想定と大幅に異なってしまう可能性もあり、現職の玉城氏が選挙までに失策を犯す可能性もある。他方、今後れいわ新選組など国政野党からさらなる候補者が浮上する可能性も皆無ではないから、ここでの筆者の予想が裏切られることもあるだろう。
自民は腰砕けで戦うのか?
しかしそうした「不測の事態」さえなければ、玉城氏の再選ははほぼ確実視される。自公側に打つ手があるとすれば、下地氏や参政党の出馬を直接交渉によって食い止めるほかない。下地氏は自民党の復党を熱望しており、「復党と引き換えに出馬を止める」という観測があるが、すでに始まっている下地氏の選挙運動を見るかぎり、出馬の本気度は高い。
選挙カーには「全てを賭けて、全てを変える。」というキャッチ・コピーが貼られ、今月末には毎日新聞出版から『クソガキの挑戦状—True Love Letter』という自著も出版する予定だ。シンボル・カラーであるオレンジのTシャツ姿での遊説も県内各地で精力的に行っており、ユーチューブでの動画発信頻度も高い。「そう簡単に降りるつもりはない」と見たほうがいい。自民党も、今のところ静観する様子で、裏交渉すら始まりそうにない。自民党のなかには「知事選はもう諦めた」という声さえある。
しかしながら、辺野古では一貫して埋め立てを推進する政策を維持してきたのに、「知事選では腰砕け」では、公党としての信頼を失い、参政党、N党、あるいは沖縄では少数派に留まる日本維新の会などの支持者を増やすだけだろう。たとえ戦況は不利でも全力で戦わないと、次回総選挙でも赤信号が点ることになりかねない。