停車したバスによって死角が生じ、交通事故を誘発する恐れがあるバス停が「危険なバス停」とされ、安全対策が急務と位置づけられている。国土交通省が全国に調査をかけた結果、該当するバス停は1万195カ所であった。安全を追求するのは当然のことである。
「危険なバス停」が公表されたことにより、調査にも関わることとなった地方自治体が関心を持ったことは、利用者や住民に意識されたことはプラス面かもしれないが、はたして「バス停があること」が危険なのだろうか。どうも本質がずれているような報道も目に付くので、あらためて問題提起してみたい。
(記事の内容は、2021年9月現在のものです)
執筆・写真/鈴木文彦
※2021年9月発売《バスマガジンvol.109》『鈴木文彦が斬る! バスのいま』より
「危険なバス停」の呼称と実際
きっかけとなったのは、2018年8月に横浜市で発生した、バスを降りて道路を渡ろうとした女児が対向車にはねられて死亡した事故であった。これを受けてバス停の課題を取材した1全国紙が「危険なバス停」と名付け、一種キャンペーンのごとく継続して報道した。
こうした中で国土交通省も腰を上げざるを得なくなり、2019年11月に全国すべてのバス停を対象に、バス停付近の事故リスクを判定した上で、特に危険度の高いバス停の名称や所在地を公表する方針を決める。
その内容は、全乗合バス事業者に対し、信号機のない横断歩道のそばにあり、停車時にバスが横断歩道にかかるバス停の数や状況を報告するよう求めた。報告をもとに、警察に協力を求めてそのバス停付近での交通事故や歩行者のデータ提供を受け、危険度のランキングを行い、各市町村にも意見を募った。
結果として、Aランク(車体が横断歩道にかかるなど最も危険度が高いとされる)が1615カ所、Bランク(車体が交差点にかかるなど)が5660カ所、Cランク(交差点の前後5mにかかるなど)が2920カ所であった。これらについては市町村も協力して、より安全な場所への移設や停車位置の変更などの対策を施すべきとされ、国交省もバス事業者への指導・助言を行うとした。
バス停に矛先が向いた論調は正しかったのか
こうした一連の流れの中で、筆者はある種の違和感をずっといだいていた。安全をめざす方向性は正しい。しかし「危険なバス停」という名が付けられるほど本当にバス停自体が危険なのだろうか。もっと言うと「事故が起きたのはバス停のせい?」なのだろうか。
事故の要因は第一義的に乗用車の運転者の過失だったはずだ。大型車がいれば当然その周囲に死角ができる。すれ違ったり追い越したりするときは、そこから人や自転車などが飛び出してくることは当然予測して運転しなければならない。
筆者は約45年前の普通免許取得時の路上教習で、対向車線が渋滞しているときに教習員から、間から横断者が飛び出してくるつもりで運転しろ、と言われて本当に自転車に飛び出されたことがあるから、停車中の車両の横を通り過ぎるときには細心の注意を払う。それができていなかったのが事故の主要因であって、本来は一般ドライバーへの注意喚起が先に来るべきではなかったろうか。
死亡事故は残念だが、筆者が子どものころから「降りたバスの直前直後の横断はしないように」学校でも家庭でも呼びかけていたし、道路を横断するときは(特に見通しが悪いところでは)右を見て、左を見て、と指導されていたはずではなかったのか。
それらに対するあらためての安全意識を高める方策より、あたかもそこにバス停があったから事故が起きたような論調が主流になってしまったことに、筆者は問題がすり替えられたような違和感をもったのである。
なるべくしてなったわけではない「危険なバス停」
今回、「危険なバス停」とされた1万カ所以上のバス停には、40年も50年も前からあるバス停が少なくない。いわば安全でない場所にバス停がつくられたのではなく、もともとあったバス停の周囲が後から変化したケースが多いのである。
典型的なケースで言うと、50年前に田んぼの中の一本道にバス路線があって、奥の集落からのあぜ道が出てくるところにバス停が置かれた。その後周囲が宅地化された結果、あぜ道は車の通れる道路に拡幅されてそこが交差点となり、横断歩道が描かれた。結果的にバス停にバスが停車すると横断歩道にかかるような位置になってしまった。
また、バス停ができたころは未舗装道路で当然横断歩道などはなく、その後舗装されて横断歩道が後から設置されたケース、バス停設置当初は少なかった交通量が増えたため拡幅され、横断歩道が追加されたケースなども数多ある。
ではこのようなロケーションのバス停で事故が起きているかというと、このたびの国交省の調査でも警察から事故が実際に起きたケースの報告はわずかという。交通量が多い、見通しが悪いといった場所は、地元民は知っているからみんな気をつけて運転し、横断するからだ。「事情を知らない地元以外のクルマが心配」とよく言われるが、注意して運転することに地元も他所もない。
今どきバス停の移設は容易ではない
「危険なバス停」は移設が促されている。しかし移設と言っても簡単ではない。現在バス停を新設するには、道路交通法を遵守することはもちろん、警察に照会して安全な場所であることや交通等の支障にならないこと(駐車場の出入口や消火栓の近くを避けるなど)が確認されたうえで、その場所の住民・地権者の了解を得なければならない。
しかし商業化や宅地化が進むといたるところに車や人の出入口があり、その邪魔にならない場所を見つけるのは容易ではない。
加えて現在、目の前の住宅にとってバス停は、(待つ人の話し声やバスの発着で)うるさい、汚される、覗かれる“迷惑施設”なのである。むしろ合意が簡単に得られる状況ではない。移設できたと思ったら、あとから苦情が出て元の位置に戻さざるを得なくなった事例も聞いている。
また、バス停で待つ人の安全も考慮しなければならない。広いスペースが取れて安全に待てるという理由で過去に交差点の脇に置かれたバス停もあり、逆に移設しようとすると道路脇が狭くて安全に待てなくなるケースもある。
筆者の居住する市内に、バス停で安全に待ってもらえるようにと、地権者が厚意で民地をセットバックしてスペースをつくり、舗装してベンチまで置いてくれた事例がある。バスベイの敷地に民地を提供してくれたケースなども報道されているが、そのようなありがたいケースはごくまれだと言ってよい。
移設が難しいとなると、そのバス停は現在地で注意喚起するか、どうしても現在地が安全上不適切というなら廃止するしかない。しかし前述のように古くからのバス停が多いため、得てして該当するバス停は利用者が多く、簡単に廃止の決断ができないことも多いのだ。
車優先から歩行者優先の考え方への移行で安全を
バス停には歴史がある。設置までには地元住民たちのさまざまな要望や議論があり、地域や利用者に良かれと考えられて設置されたところがほとんどだ。
筆者の関わるある地域で、地元要望もあり、事業者も現有資源の中で対応可能ということで新たな道路に路線を新設しようとしたところ、片側1車線で交通量が多いので、バスベイがない限り渋滞を誘発するという理由でバス停の設置が警察から認められず、頓挫しているケースがある。
「危険なバス停」の議論も、交通量が多い、みんながスピードを出す場所だからといった、車優先の考え方が根底にあるように思える。本来大切なことは「バス停があるからこそ注意して運転する」歩行者優先の安全意識を徹底することではないのだろうか。
2019年だったか、あるテレビのワイドショー番組で「危険なバス停」を採り上げたいのでコメンテーターで出演してもらえないかという打診があった。
打ち合わせのやり取りで、これまで述べてきたようなことをつらつら申し上げたところ、だんだん相手が無口になり、結果として「じゃ、いいですぅ」ということになった。
おそらくこのようなバス停は危険なので早急に対策をすべきといったコメントを得たかったのだろう。すべてがそうだとは言わないが、最初から意図的な結論ありきの報道のあり方にも問題があったのではないかと思う。
投稿 一時報道が過熱した“危険なバス停”は本当にキケンなのか は 自動車情報誌「ベストカー」 に最初に表示されました。