一体フェラーリはルクレールの勝利を何レース奪ってしまったのだろうか? これまでにルクレール自身のミスで逃した勝利もあったとはいえ、本来ならば、チャンピオンシップをリードしていてもおかしくなかったはずだ。勝負事に“たられば”は存在しない……。だから現実のフェラーリのポジションは選手権2位である。しかもかなり離された2位なわけだが、さてルクレールは優勝できるのか、また優勝する鍵は何か? 元F1メカニックの津川哲夫が解説する。
文/津川哲夫
写真/Ferrari,Mercedes,Redbull,Haas,McLaren
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ハンガリーでも最速マシンのフェラーリ。しかしタイヤ戦略でまたもやルクレールは優勝できず
F1シーズン前半最終戦ハンガリーグランプリ。ミッキーマウスといわれる中低速コーナーで組み上げられたテクニカルサーキットだ。今シーズン、開幕戦からの仕上がりを見れば、卓越したコーナーリングを誇示し、高いパフォーマンスを見せてきた深紅のフェラーリに大きなアドバンテージがあった。
実際天候に翻弄された土曜日の予選では、ルクレールとサインツは安定した速さを見せ、サインツが2番手、ルクレールは3番手の位置を確保。チャンピオンシップのライバル、レッドブルのフェルスタッペンがトラブルでQ3をまともに走れず、フェラーリは余裕のポジションを得ていた。
余裕でラッセルを抜いたルクレールはそのまま逃げ切れるはずだった
ポールポジションはなんとラッセル、苦しんできた前半戦の最後でやっとメルセデスらしい仕上がりを見せてきた。しかしフェラーリを脅かす存在とまでは思われてはいなかった。F1-75のアップデート以後、大いに乗れてきたサインツは予選2番手、このハンガロリンクに限ってはセカンドグリッドはターン1・ターン2までのスタートダッシュにとってかなり有利になることが多い。そして3番手はルクレール、フェルスタッペンが10番手スタートなのでゆとりのレース展開が予想されていた……。しかし今シーズンのフェラーリ、予想を覆すのがもはや定番で、今回もその例から漏れはしなかった。
シーズン出だしではレッドブルを襲った“信頼性の欠如”のおかげでフェラーリはマシーナリー以上のアドバンテージを得ていた。また倒さねばならないもう一つのライバル、メルセデスは今シーズン出だしからW13のコンセプトがまとまらず、ポーポシング・バウンシングで大きな影響を受けてしまい低迷を続け、フェラーリの敵ではなかった……。
しかし結果は……。ハンガリーではそのメルセデスにポールポジションを許し、かつレースでは2戦連続でメルセデスの2−3位を許してしまっている。フェラーリは表彰台に届きもしなかった。
過去、不振によるリーダーの解雇はフェラーリでは日常茶飯事
フェラーリF1-75は最速マシンであることは味方もライバルも認め、ルクレールの速さも、サインツの攻撃的な強さも誰もが認めるところなのに……、勝てない。こうなってくると誰が見てもチームの不備、チームの失策、等々全ての矛先はフェラーリチームとマネージメントに向けられる。
そしてこれはイタリア的、フェラーリ的責任問題に発展する。現実に矢面に立たされているのがビノット代表だ。現在チーム・リーダーとして彼の資質がイタリア的批判の的になっている。不振によるリーダーの解雇などフェラーリでは日常茶飯事だが、多くの場合その後を継ぐ者が成功を収めた話は聞かない。
現在のフェラーリの技術的なレベルは非常に高いことはF1-75が証明している。事実アップデートでも確実にポテンシャルをあげているのだ。非常に出来の良いF1-75は出だしから完成形に近く、完成形故にその後の伸び代の幅に多少の危惧はあったものの、アップデートでその危惧を払拭して見せた。したがってこのマシンを創造したエンジニアリング・チームの優秀性もまた証明されているわけだ。
チームの要の揺らぎ、チーム内の意思疎通の乱れ……と言うよりも疎通の無さといっても言い過ぎではないかもしれない。レース中のピットとドライバーの疎通の乱れがそんなフェラーリの状況を端的に表している。
ルクレールの堪忍袋が切れるのは時間の問題か?
今回のレースでサインツはピットを信頼していなかった。性格上意思をハッキリ示すサインツはピットの指示に従わなかった。そして、ルクレールはフェラーリの秘蔵っ子、自分がフェラーリを背負って立つエースであることの自覚から、チームへのそして数多くの問題と不満に対しても口をつぐみ、フェラーリ的フェラーリマンを貫いている。……しかし、優勝を何度も逃しているこの状況でいつまでもつのだろう。
この不満の堆積がいずれルクレールの堪忍袋の限界に到達する可能性は大きい。果たしてその緒が切れて、不満の全てが吹き出したとき、フェラーリとルクレールの関係はどうなってゆくのだろうか?
プロストが、アロンソが、ベッテルが、ライコネンが通ってきた道をルクレールも通るのだろうか? それとも新時代の跳ね馬のエースはイタリアンレッドのフェラーリの色を塗り替えることができるのだろうか?
勝利は全てを変える力を持っている。したがってルクレールは今後、勝利を重ねればチームへの信頼感が戻り、チームもガラリと雰囲気が変わるはず、これはF1だけでなくチーム競技のネイチャーだ。それには後半戦、チャンピオンに届かずとも、勝ち続けることが最良の薬。果たしてフェラーリとルクレール、その妙薬を得ることができるのだろうか……。
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津川哲夫
1949年生まれ、東京都出身。1976年に日本初開催となった富士スピードウェイでのF1を観戦。そして、F1メカニックを志し、単身渡英。
1978年にはサーティスのメカニックとなり、以後数々のチームを渡り歩いた。ベネトン在籍時代の1990年をもってF1メカニックを引退。日本人F1メカニックのパイオニアとして道を切り開いた。
F1メカニック引退後は、F1ジャーナリストに転身。各種メディアを通じてF1の魅力を発信している。ブログ「哲じいの車輪くらぶ」、 YouTubeチャンネル「津川哲夫のF1グランプリボーイズ」などがある。
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