アレクサンダー・ロッシといえば、記念すべき第100回インディ500のウイナーだ。あの奇跡的な優勝は彼のデビューイヤーに記録された。
ロッシはデビュー2シーズン目に歴史ある難コースのワトキンス・グレンでブッチギリの優勝を飾った。そして、あくる2018年にはロングビーチ、ミド・オハイオ、ポコノで優勝。チャンピオンになるのは時間の問題と見えていた。
ところが、2019年のロングビーチでの2連勝を飾り、シーズン半ばのロードアメリカで勝った後にロッシの勢いはピタッと止まった。
その理由は判然としていないが、精神面が不安定になってしまった……という指摘されていた。コルトン・ハータの台頭でロッシのアンドレッティ・オートスポート内でのナンバーワンとしての地位が揺らぎ、パフォーマンスに悪影響が及ぼされたという説だ。
勝てなくなると、さらに負のスパイラルに陥ってしまい、ロッシは次々と不運に襲われるようになった。マシントラブルはなぜかロッシに集中し、巻き添えを喰ってのアクシデントにも何度も遭った。その結果、ロッシは2020年、2021年と2シーズン続けて一度も勝つことができなかった。
2022年も勝てないレースが積み重ねていったロッシは、シーズン9戦目のミド・オハイオで問題を起こす。
新チームメイトのロマン・グロージャンとレース中に接触して彼をコースから押し出し、その後にはルーキーチームメイトのデブリン・デフランチェスコを弾き飛ばした。レース後のロッシは、「レーシングアクシデントだった」と強弁したが、“たがが外れてしまっていた”ようにしか見えなかった。
そんなロッシが2019年6月以来となる勝利を飾った。7月の最終週、インディアナポリスモータースピードウェイ・ロードコースで行われた2022年シーズン第13戦でのことだ。
予選2番手だった彼は9番手スタートの“宿敵”ハータにパスされたが、この日はハータの方にトラブルが遅いかかった。トップに立ったロッシは独走体制を確立。
クリスチャン・ルンガー(レイホール・レターマン・ラニガン・レーシング)、ウィル・パワー(チーム・ペンスキー)に大差をつけてゴールした。
レース終盤には少々危ういシーンもあった。バックマーカーのジミー・ジョンソン(チップ・ガナッシ・レーシング)、ダルトン・ケレット(AJ・フォイト・エンタープライゼス)が次々に彼の前に立ちはだかったのだ。
ラップタイムが2秒近くも遅い彼らは本来なら道を譲るべきだが、プッシュ・トゥ・パスを防御的に使ってまでリードラップに踏みとどまろうとしていた。ロッシとルンガーとの差が瞬く間に縮まり、ロッシの走りに焦りや憤りが現れた。
“無理にパスしに行ってアクシデントにならなければいいが……”と心配されたが、ロッシは彼らを抜き去り、再び2位以下との差を広げてゴールへ突き進んだ。
アンドレッティ・オートスポートのオーナーであるマイケル・アンドレッティはロッシの能力を高く評価し、全面的にバックアップしてきた。
ロッシがチーム入りして今年が7年目になるが、彼は6月初旬、アンドレッティ・オートスポートからの離脱と、来シーズンからのアロウ・マクラーレンSP入り(複数年契約)を発表した。マイケルは残留を要望していたようだが、ロッシは新天地で新しい挑戦を開始する道を選んだ。
インディ500の翌週のデトロイトで進路を発表すると、そのレースでロッシは2位フィニッシュし、続くロードアメリカでも3位でゴールして2レース連続で表彰台に上った。
“つきものが落ちた”かのような活躍ぶりで、シーズンがもう終盤に入ってからだが、インディアナポリス・ロードコースで優勝が達成された。
チーム移籍を発表して以来、ロッシの頭の中には、「アンドレッティ・オートスポート在籍中にもう一度勝ちたい」という強い思いがあった。
それを実現したインディアナポリスでのロッシは、彼らしいはにかみながらの笑顔をたたえていた。これでアンドレッティへの恩返しが叶っただけでなく、アロウ・マクラーレンSPへの移籍も堂々とできる。迎えるマクラーレンにとっても歓迎すべき勝利だ。
資金力があり、F1でも実績を持つチームとしてのプライドを持つマクラーレンは、インディカーの世界でもこの1、2年で急速に力を伸ばしている。
そうしたチーム力を背景にロッシが再びチャンピオン候補としてのパフォーマンスを取り戻す可能性はある。下降線を辿っているアンドレッティ・オートスポート残留よりも近未来は明るいかもしれない。
ただし、マクラーレンでのロッシにとってのチームメイトは、アンドレッティ時代と同じかそれ以上に手強い。パト・オワードはいまや完全にマクラーレンのインディカープロジェクトにおけるエースに成長している。
ハータと同等のスピードを持ち、レースのうまさでハータを上回っているオワードは、エンジニアたちとの関係性も3シーズンを過ごしてきているのでロッシに対して分がある。
ロッシはアンドレッティ時代の大半でコンビを組んでいたエンジニアを引き連れてマクラーレンに移るのだろうか? そうでない場合は、新しい担当エンジニアとのコミュニケーションも時間をかけて深めていく必要がある。
2023年のアロウ・マクラーレンSPは3台体制に拡大される。彼らはインディ500でしか3カー体制を経験したことがない。フルシーズンをうまく戦えるかどうか……がまずは問題になる。
そして、オワード、ロッシの組む3人目のドライバーが誰になるのかが現時点で明らかになっていない。アレックス・パロウのチップ・ガナッシ・レーシングとの契約問題がこじれれば、彼は2023年にはインディカーで走れないこととなるかもしれない。
そうなった場合にはこの2シーズンをマクラーレンで戦ってきているフェリックス・ローゼンクヴィストが残留することになるのかもしれない。ローゼンクヴィストはマクラーレンと来シーズンの契約を結んでいるが、参戦するカテゴリーは未定だ。
ローゼンクヴィストがベストの選択のようにも見えるが、マクラーレンにはパロウがダメならリナス・ヴィーケイを取りに行く……との噂もある。
チームメイトとの相性が悪ければ、お互いのパフォーマンスが低下させられる。良好なライバル関係を保ち、双方をレベルアップさせる状況が望ましい。ロッシはアンドレッティ時代以上にチームプレイヤーとして働いていく必要があるだろう。
マクラーレンがロッシに最も期待しているのは、インディ500での勝利だ。
オワードはこの2年で3位、2位フィニッシュをしてきているが、斬るか斬られるかの真剣勝負を本当に経験してきたかというと、そうでもない。伝統ある一戦ではゴール前の真剣勝負が他のレースとは比べものにならないテンションとなるため、それを経験し、勝利を掴み取れるドライバーは限られている。
そのリストに名を連ねている現役ドライバーは、エリオ・カストロネべス、佐藤琢磨、シモン・パジェノー、ファン・パブロ・モントーヤ、スコット・ディクソン、そしてロッシぐらいなのだ。