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7月20~21日の日銀の金融政策決定会合では、予想通り大規模金融緩和政策を維持することが決定された。一方、アメリカのFRB(連邦準備制度理事会)は6月に続いて7月も0.75%の大幅な金利引き上げを行い、EUのECB(欧州中央銀行)も21日、11年ぶりに政策金利を0.5%引き上げるなど、主要国の中央銀行はインフレが高進する中で金融引き締めを急いでおり、日銀だけが取り残されている。

このため日本と海外の金利差が拡大して円安が進行し、これがすでに上昇しつつある物価をさらに上昇させて企業収益や家計に大きな影響を及ぼし、国内各方面から金融政策の変更を求める声が上がっている。

日銀・黒田総裁(写真:AFP/アフロ)

アメリカが円安を黙認している

しかしその一方で、口には出さないが日銀の大規模金融緩和を内心で歓迎している人々もいる。例えば輸出企業は円安による為替差益と海外での競争力向上を享受しているし、株式投資をしている人は金融が引き締まると株価が下がるので現在の金融政策が維持される方がよいはずだ。銀行からローンを変動金利で借りている人も低金利が続く方がよいに決まっているし、財務省も声には出さないが国債の利払い費が抑えられるので大規模金融緩和の継続を望んでいるはずだ。

そして実は、アメリカ政府も日銀の大規模金融緩和と円安を歓迎していると思われる。今回の円安の急激な進行局面で不思議なことは、これだけの円安となれば日本製品の価格競争力が強くなり過ぎることに対して通常であればアメリカ商務省、USTRなどが強烈にクレームを言って来そうなものだが、沈黙していることだ。

7月12日に来日したイエレン財務長官は、鈴木財務大臣や黒田日銀総裁と会談したが、鈴木大臣との共同声明ではロシアの侵略による経済的な影響が為替相場の変動を高めているというくだりの中で「我々は、G7 及び G20 のコミットメントに沿って、引き続き、為替市場に関して緊密に協議し、為替の問題について適切に協力する」といういつものG7/G20合意が書かれただけだ。

来日したイエレン財務長官と会談する鈴木財務相(7/12 財務省サイト)

12日付のロイター通信が会談後のイエレン財務長官の発言として伝えるところによれば、会談では最近の円安を振り返ったが、為替介入や関連政策は協議しなかったとのことだ。これはつまり、イエレン長官は現在の円相場に関して日本政府に円安に歯止めをかけるように注文を付けたり、日米で円安を止めるように協力しようなどといったことを一切言わず、円安を黙認していることに他ならない。

これには二つの理由が考えられる。一つ目は今のアメリカ政府にとっては物価抑制が最重要・最優先の課題であって、アメリカの輸入物価を押し下げる効果があるドル高・円安はアメリカ政府として歓迎こそすれ、否定するようなものではないからだ。

そしてもう一つ、もっと重要な理由がある。それは赤字体質のアメリカ経済の資金繰りを回していくためには強いドルが必要だから円安は好都合ということだ。

よく知られているように、アメリカは国民が自ら生み出す価値以上のモノやサービスを消費する過剰消費体質の経済で、不足分は海外から輸入している。

このためアメリカの貿易収支や経常収支をみると、恒常的に大幅な赤字が続いているが、この赤字を埋めるためのお金は、海外の投資家にアメリカの国債、社債などを買ってもらって調達している。そしてアメリカ国債についていえば、日本がその消化に大きな役割を果たしている。アメリカ国債の保有国別ランキングを見ると、日本が1兆21百億ドルで1位、中国が98百億ドルで2位、そしてイギリスが63百億ドルで3位と続く(2022年5月現在。米財務省・FRBのデータ)。

「強いドルはアメリカの国益」

ところで、海外の投資家にアメリカ国債を積極的に買ってもらってアメリカ経済が資金繰りに行き詰まらないようにするためには、それが魅力的であり続ける必要がある。世界の投資家がアメリカ国債に投資する理由としては、市場の規模が大きくいつでもどんな金額でもすぐに売買ができること、アメリカが政治的・軍事的・経済的に安定しているので世界が混乱した時の資金の逃避先として適当なこと、そして金利と為替の観点から有利な投資先であることが挙げられる。

1999年4月、宮沢蔵相と会談するルービン財務長官(画像:米財務省 パブリック・ドメイン

特にその中でも金利と為替は重要だが、これらは常に変動するため、歴代のアメリカの財務長官は海外との金利差とドルの為替レートに常に注意を払って海外の投資家をアメリカ国債に呼び込む努力を怠らなかった。すでに1995年に当時のクリントン政権のロバート・ルービン財務長官は「強いドルはアメリカの国益に適っている」と述べているが、その後の財務長官もアメリカ・ファーストを唱えてドル安を肯定したトランプ政権の1人を除いてこの路線を踏襲している。

また少し古い話になるが、1999年1月~2月にスイスで開催されたいわゆるダボス会議で元米財務次官で経済学者のフレッド・バーグステン氏が行ったスピーチは、アメリカ政府が海外との金利差縮小に伴うドル安を嫌うことがはっきりと示されたよい例だ。

当時アメリカは経常収支赤字の拡大などで急激なドル安が進行する一方、EUでは創設されたばかりのユーロへの期待感の高まりから大幅なユーロ高が予想されており、円も前年12月の「資金運用部ショック」と呼ばれる国債市場の混乱によって長期金利が急騰し、円高が急激に進行する状況にあった。こうした中でバーグステン氏はドルを守るために、日米欧通貨当局が協調して為替市場でドル買い介入を行うことと日欧中央銀行が政策金利を引き下げることを求めたのだ。そしてこのスピーチとの関連性は不明だが、日銀はその直後の1999年2月12日から速水総裁の下で世界初のゼロ金利政策を実施した。

黒田総裁が、どこまでこうしたアメリカ側の事情を意識して大規模金融緩和を継続しているかわからないが、日銀が大規模金融緩和を続けることは、結果として強いドルを志向するアメリカにとって好都合であることは疑いない。