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参院選は1日、折り返しに入った。歴史的な大激戦となった東京選挙区(改選6)だが、当選枠はほぼ固まりつつある。

報道機関や自民党の情勢調査によれば、今週前半時点では、自民・朝日健太郎氏、立民・蓮舫氏が優勢。自民新人の生稲晃子氏は知名度と組織票のバランスをうまく取り、公明・竹谷とし子氏と共産・山添拓氏は組織票を手堅くまとめて堅調に戦っている。そして残り1つの枠はれいわの山本太郎氏が高い知名度と求心力で、40代を中心に政権批判票を取り込んでいる。

当選ラインを超えているのはこの6人までで、維新新人の海老澤由紀氏、ファースト・荒木千陽氏、立民・松尾明弘氏、無所属の乙武洋匡氏、社民・服部良一氏らが懸命に追いかけているという情勢のようだ。

出るのか「小池マジック」

しかし首都の選挙には他県以上に巨大な存在ともいうべき「魔物」が住んでいる。無党派層だ。自民調査では約25%もおり、投票先の態度未定層も約3割もいる。さらにここにきて早すぎる梅雨明けからの酷暑到来で、電力危機が表面化。万一、大規模停電のような不測の事態でもあれば、ここまでの「楽勝」ムードの陣営にも影が射すのは確かだ。

自民のある都議が「とても油断できない」と思い起こすのは昨年7月の都議選の終盤の出来事だ。都議選は都民ファーストの会が劣勢で、報道機関の情勢調査などからも自民が大勝すると中盤までは予想されていた。

しかし選挙直前に過労を理由に入院した小池百合子知事が終盤に登場し、流れは一変。投票箱の蓋を開けてみれば、自民は第1党に戻ったものの、公明と合わせても目標の過半数に届かず、都ファはわずか2議席差で第2党に踏みとどまり、「小池マジック」健在を鮮烈に印象づけた。

選挙日数でいえば今回の参院選は18日間と、都議選(9日間)の倍の期間だ。“中距離走”の都議選ですら情勢は様変わりしただけに、“フルマラソン”の参院選では最後の最後まで気を抜けまい。与野党で40年選挙実務を手掛けてきたベテラン秘書は公示日の少し前、競馬にたとえ「小池さんが荒木氏に馬乗りになって鞭を入れて最終コーナーを突進してくるのが目に浮かぶ」と語る。確かにこれまで数々の選挙でサプライズを駆使してきた小池氏だけに他陣営が戦々恐々になるのは必然だ。

荒木氏の街頭演説に駆けつけた小池氏(6月25日、写真:つのだよしお/アフロ)

実際、小池氏は明らかに空中戦で仕掛けをしている。選挙戦になるとテレビや新聞は候補者の露出を均等にするので陣営側はネット以外の空中戦では工夫が必要だが、ここで小池氏は“都知事特権”を行使している。

今週に入り、小池氏は6月28日、東京都が大株主である東京電力の株主総会に出席し、電力の安定供給や再生可能エネルギーの利用最大化などを定款に入れるよう株主提案した。その翌日には「育休」に代わる愛称として「育業」を発表するなど都政でのニュースづくりに余念がない。自身は候補者でなく、都知事としての公務であればメディアは報道せざるを得ない。だがお茶の間の有権者には小池氏の勇姿が露出するという“からくり”だ。

もちろん「育業」発表は愛称を公募し、採用したワードの発表タイミングが偶然に重なったのかもしれない。しかし東電への出席は歴代の都知事として初めてのことであり、目下、自身が推進している新規住宅の太陽光パネル義務化のプロモーションも相まって政治的な意図があるのは明らかだ。

2年前の都知事選の前には、コロナ対策の情報発信で街頭ビジョンなどで大々的に露出して大勝での再選につなげた小池氏のことだ。この程度の“都知事特権”を使うことくらいは朝飯前だし、他陣営も想定内のことだ。

都知事特権、自民「力の源泉」奪取

しかし、今度の小池マジックがこれまでと様相を異にしている点がある。どぶ板選挙の発揮だ。前出の自民都議が「自民の票田に明らかに手を突っ込んできている」と指摘するのは、都知事として補助金対象となる組織団体ににらみを効かせていることだ。

2016年12月、第1回の団体ヒアリングで要望書を受け取る小池氏(東京都サイトより)

小池都政誕生後、自民都政からの転換を決定づけた出来事がある。都独自の慣例だった「復活枠200億円」の廃止だ。それまでは毎年、秋口になると都の予算原案が発表された後、復活予算として200億円の財源が確保。長らく与党会派だった都議会自民の要望を反映し、自民支持の組織団体への補助金などにあてがわれてきた。都議会自民としては政治力を存分に発揮できた仕組みだったが、「ふるい政治をあたらしく」を掲げ、都知事選で自民系候補を打ち破った小池氏は、この力の源泉を絶つ。

そして「復活枠」の代わりにできたのが小池氏自ら行う予算ヒアリングだ。初年度は60団体に対して要望を聞き取った。なんのことはない。その力の源泉を自らに付け替えたに過ぎなかった。

昨年11月のヒアリングに出席した団体を見ると、歯科医師会やトラック協会、東京都商工会連合会や商店街振興組合連合会、都石油商業組合、都建設業協会など、いずれも自民党の票田とされる顔ぶれなのは偶然には思えない。東京都の令和2年度の予算資料によれば、同年度の予算で補助金の対象となったのは887事業、1兆5,553億円。ヒアリングに出た団体はそれらの一部に過ぎないが、選挙に際して、小池知事や都民ファの都議がこれらの団体の幹部に働きかけを行えば、当然のことながら団体側は補助金のことが思い浮かぶだろう。

変質した小池流

実際その政治的な効果はてきめんだ。ある自民都議は都議選を振り返り、「団体の人たちに支持をお願いすると、会合に出席だけはしているが、票に繋がっていない」と語る。都民ファへの寝返り行動を露骨にこそしていないようだが、小池氏が補助金を差配する立場にあって、少なくともどっちつかずの状態にしばりおく効果はある。小池都政が誕生してまもなく6年。「ふるい政治をあたらしい」どころか「あたらしくてふるい政治」に変質している。

「あたらしくてふるい」小池流はもう一つある。都議選で国民民主が荒木氏に推薦を出したことで、国民の支持基盤である連合の選挙部隊が荒木陣営に乗り込み、都民ファとの混成チームとなっている。「連合の人たちは電話がけをはじめ、朝から夜まで本当によく頑張っている」と陣営関係者。昨年の衆院選で国民は東京比例で30万票を集めた。20万票以上を連合の基礎票として計算すれば、知名度で劣る荒木氏の地固めになる。

一方で前出の荒木陣営関係者は「思ったより伸び悩んでいる」とも漏らす。実際、小池氏が東電株主総会に出席して再エネ導入を訴えるパフォーマンスは不発気味だし、連合の中核の一つ、電力総連は原発再稼働を重視している点から、彼らを余計に刺激しかねない綱渡り的手法でもある。

いずれにせよ、自民プラス民主流の伝統的な選挙手法の内実を、パフォーマンスのヴェールに覆い隠した“あたらしくてふるい”小池マジックがどんな展開を見せるのか、後半戦の見所になりそうだ。