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「制脳権」の争いとも言われる情報戦で飛び交う「ディスインフォメーション」に、日本はどう備えればいいのか。笹川平和財団安全保障研究グループ研究員で、サイバー安全保障に関する政策提言の取りまとめにも参画した長迫智子さんへのインタビュー、最終回は、陰謀論がどう作られていくのか、「認知領域の戦い」にどう向き合うべきか論じます。(3回シリーズの3回目)

「ネットで真実」は単なる「逆張り」

――外国勢力がディスインフォメーションによって揺さぶりをかけようとしているのは私たちの脳であり、認知領域です。ということは、個人がリテラシーを持てば、相手の工作を無効化できる可能性もある。しかし一方で、これまで「情報リテラシーを備えよ」という文脈で、「メディアの情報であっても鵜呑みにするな」「様々な情報源に当たるべきだ」と言ってきたことが、「オールドメディアは信用できない」「メディアの逆こそが正しい」とする人たちを生んでしまったのではないか、とも思うのですが。

長迫智子(ながさこ・ともこ)公益財団法人笹川平和財団安全保障研究グループ研究員
東京大学大学院人文社会系研究科修士課程(宗教学)および情報セキュリティ大学院大学情報セキュリティ研究科修士課程(情報学)修了。2019年9月より現職。近著に「【インド太平洋地域のディスインフォメーション研究シリーズ Vol.1】オーストラリアはディスインフォメーション(偽情報)にどう対処しているのか?」『笹川平和財団国際情報ネットワーク分析IINA』(2022年5月)、「情報戦は地政学ーロシアの偽情報戦略を解く」『外交』Vol.73 (May/Jun. 2022)など。

【長迫】 「マスコミではなく、ネットにこそ真実がある」とか「メディアは不都合な真実に触れない」という発想は、いわゆる「逆張り」にハマっているだけ、と指摘すべきではないでしょうか。「人の行く裏に道あり花の山」とばかりに、報道の逆を行くことで、他の人がたどり着けない真実をつかむことができる、という発想は、実際にはリテラシーとは無関係です。

欧米などでは、情報発信元の確認などのほかに、ロジカルシンキングや、論理の誤謬のパターンなどを学ぶ教育がなされています。「この人が言っているのは『藁人形論法(相手の主張を捻じ曲げたうえ、それを叩く手法)』だな」などと客観的に分析することで、矛盾がある情報に安易に飛びつくことを多少なりとも、防げるようになります。

「陰謀論」が生まれる土壌とは

――「新聞なんて嘘しか書いてない」とか「まだテレビの情報なんて信じてるの?」というポーズが「分かってる感」を出せるような風潮も、ネット文化にはありましたよね。これも、行き過ぎたことでいわゆる「陰謀論」の土壌になっているように思います。

【長迫】優越感や自己顕示欲の問題ですね。「他の人が知らないことを知っている」「それを発信することで『いいね』がもらえる」という体験が、自己承認欲求を満たすことに繋がります。これも先んじて「こうしたディスインフォメーションが出回っています」と指摘できるようになれば、誰かがその情報を出してきても「もう反論されています」「ディスインフォ認定された情報です」と否定できる。そうなれば、発信者は承認欲求を満たせなくなりますから、やはり周知することが重要です。そもそも、一般人が知り得る情報でなぜ優越感を得られるのか、不思議ですが。

DS論者とカルト信者の類似性

――彼らの物言いからは、「自分たちだけが真実を知っている」といった選民思想的なものを感じることもあります。また米大統領選の時の「トランプ信者」はまさに信者化していて、「それを信じることそのものが正義、疑うものは悪」といった様相でした。

【長迫】これは研究会で取り上げてはいないので、あくまでも個人の所感ですが、いわゆるDS論(ディープステート=DS、影の政府)などの陰謀論を強く信じてしまうのは、カルト宗教の信仰に陥る構造とかなり類似性があると思います。カルトのような信仰もしくは共同体に引き込まれる人は、自分自身の人間関係や家庭環境に問題があり、救いを求める中で、その世界観にどっぷりはまってしまう。そして同じ世界観を共有できる人との間で連帯し、家族や近しい人たちと意見が合わなくなっていく。

特に2020年の米大統領選で問題になったQアノンは、スピリチュアル団体やネオペイガニズム(復興異教主義)との接近、終末論的思想の採用など、カルト宗教団体の様相を呈してきています。彼らは選挙結果に不満を持ち、米連邦議会の議事堂に突入して死者まで出すに至りました。単にネット上で陰謀論を信じる仲間とやり取りしているだけならまだしも、現実の「救済」や「変革」を目指して行動を起こすところまで行ってしまったことは、宗教テロの構造に近づいていると言っても過言ではありません。

トランプ支持者らによる議事堂選挙事件(Tyler Merbler/flickr:CC BY 2.0

頭ごなしの批判が逆効果に

――そこまで行ってしまうと、救い出すのは至難の業ですね。

【長迫】はい。しかし「そんな馬鹿なことを信じるなんて」などと頭ごなしに否定しても、頑なになって余計にその世界に閉じこもってしまいますから、カルトからの救出と同じく、受容して、根気強くコミュニケーションをとることがまずは必要です。ご家族など身近な方の場合は、いきなり強く否定するのではなく、おいしいものを食べたり、楽しい会話を交わしたり、陰謀論以外のことで関心を共有するということがむしろ大事かもしれません。

――「今はその話題しか興味がない」とばかりに連続でYouTubeを見ているうちにハマったりしますからね……。

【長迫】まさに認知行動療法(相手の物の見方に働き掛けて、心理的負担を軽減する)的な手段で解決を図るのも一つの手ではないでしょうか。

認知領域の戦いに特効薬はない

――ロシアや中国など、ディスインフォメーションで他国に影響を与えようとする国は、その国にもともとある分断を利用する、と指摘されています。すると、それを利用されないように国内の分断に何らかの手当てをしていく、ということも必要でしょうか。

【長迫】そうですね。「分断を利用される」ということが分かっていれば、ネット上で意見や立場の異なる人に対してレッテル張りをしたり攻撃的になったりするような行動を控える、という対処はできるのではないでしょうか。

また、先ほど、カルトにハマる人と陰謀論者の類似点を挙げましたが、相手の意見を頭ごなしに否定することで、分断もより深まっていきます。意見の異なる人とのやり取りにおいては、あくまでも「議論をして妥協できる着地点を模索しているのであり、相手にレッテルを貼り論破するのが目的ではない」という姿勢が重要です。

コロナにおける反ワクチン派、DS論を展開する人、親ロシア的言説を振りまく人は重なっている、という指摘もあります。より広い視点では、我々がどのようなナラティブに弱く、どういう分断を利用されやすいのか、NATOやEU、アメリカなどの報告書を参考にしながら、情報環境の棚卸や、リスク分析をしておくことも必要です。

言論の自由があるからこそ、対処が難しいのが「ディスインフォメーション」の問題ですから、この問題を短期的に解決できる特効薬はありません。長い時間をかけて、地道な取り組みを続けるしかないのではないでしょうか。(おわり)