名古屋大学(愛知県名古屋市、杉山直総長)は6月29日、博士課程に進学する学生への支援を拡充すると発表した。財源は、国の補助金に加えて、名古屋大学が独自に確保した約3億円があてられる。
1人あたり82万円から173万円に
同大学大学院に在籍する博士前期課程約3800人、博士後期課程約2300人のうち大学院に進学するための経済負担が比較的小さい社会人を除く、前期課程約3600人、後期課程約1400人が対象。従来制度では、前期課程で授業料を減免される学生は26%だったが新制度により35%の学生が授業料を減免される。
博士後期課程では、従来、42%の学生が授業料の減免を受け、82%の学生が経済的支援を受けていた。これが、授業料減免の学生は91%になり、118%の学生が経済的支援(制度の重複あり)を受けられる計算となる。博士課程の学生1人あたりの授業料や生活費の支援額は、従来の年間82万円から173万円と2倍以上に増やす。さらに、博士後期課程の優秀な学生に対して、経済支援として月額18万円、研究支援として年25万円を支給する新たな支援プログラムもスタートする。
名古屋大学が、博士課程に進学する学生への支援を拡充する背景には、日本の大学の研究力が近年、著しく低下していることへの危機感があるとみられる。
論文数、世界3→10位へ転落
研究力を示す指標の一つに、「注目度の高い論文数」がある。引用された論文の総数では、日本はアメリカ、中国、ドイツに次ぐ世界4位だ。
しかし、引用された回数が各年の各分野で上位10%に入る「Top10%補正論文数」では様相が異なる。日本は、1990年代まではアメリカ、イギリスに次ぐ世界3位だった。だが、2000年代に入る頃から低下し始め、2018年は世界10位だった。
また、国際的な科学雑誌「ネイチャー」は、2017年に「過去5年間で日本人の論文が8.3%も減少した」と指摘している。
さらに、研究者の年齢構成も「シニア化」の一途を辿っている。大学の教員の中で、25歳から39歳の割合が1986年度は39.0%だった。2001年には29.4%、2019年には22.0%と、年々、その割合は低下している。若手研究者の割合の低下と、「Top10%補正論文数」の減少は相関している。
中国の研究費は2000年の約20倍
文部科学省によると、大学の研究開発費は、アメリカでは、1990年代半ばは約4兆円だったが、2019年には約7兆円に伸びている。中国は1990年代半ばまで大学の研究費は“ほぼない”ような状態だったが、2019年は4兆円に迫っている。
対して、日本は1990年代半ばから2019年に至るまでほぼ横ばいで、2兆円ほどだ。先進国の中で唯一、20年以上に渡って物価が上がっていない日本は、研究の分野でも世界から取り残されている。
国全体での研究開発費も同様だ。文部科学省「科学技術・学術政策研究所(NISTEP)」によると、2000年を「1」とした時の各国の研究開発費を見てみると、2017年の日本の研究開発費は1.2だった。アメリカは2.0、ドイツも2.0、イギリスは1.9で、韓国は5.7、中国に至っては19.7だった。
“負のスパイラル”脱却なるか
日本の大学の研究開発費が低迷している背景には、2004年の「国立大学の法人化」があると指摘されている。法人化によって、国から大学に支払われる運営費交付金は減少の一途を辿った。大学は自ら稼ぐことを国から求められ、支出も削減しなければならない。かといって、大学経営に直接影響を及ぼす、大学職員を減らすわけにはいかない。そのため、短期的には結果が出ない基礎研究を中心に研究開発費はどんどん削減されている。
その結果、日本の大学の研究力や世界に対する影響力はこの20年ほどで著しく低下した。いずれの主要国も、研究費の多くを企業が占めているが、その企業で研究できるだけの専門知識を持つ人材が、大学院進学の経済的負担の大きさで減っている。
今回、若手研究者を強力に支援していくという姿勢を打ち出した名古屋大学に続く大学は現れるか。そして、名古屋大学の取り組みが、日本の大学が“負のスパイラル”から抜け出すことのきっかけとなるか。また、名古屋大学の取り組みは本来であれば国が行わなければならないという意見もあるだろう。折しも、参院選の真っただ中にある。次の選挙からは、「日本の研究力をどうするか」というテーマで、NHKは政策アンケートを取ってみてもいいのではないか。