報道各社が5日夕、岸田首相が10日にも内閣改造と党役員人事に着手すると速報した。当初は9月前半に行うことが予定されていたが、安倍元首相の国葬を巡る賛否や、統一教会問題で、自民党に対する風当たりが強まるばかりだった。
しかし、今週に入り、アメリカのペロシ下院議長の台湾訪問で東アジアの軍事的緊張が一気に高まった。この機を逆手に捉えるように、改造人事を前倒しに断行することで、岸田首相は主導権を取り返したい思いだろう。
実は「機を見るに敏」な岸田首相
いま政権与党には確かに強い逆風が吹いているように見えるが、国政選は衆院を解散しない限り向こう3年近くはない。そもそも政党別支持率でも「自民一強」で、あとは野党がどんぐりの背比べ状態。しかも「自民党と統一教会」の問題はよくよく考えると、自民党全体の問題というよりは実質、清和会(安倍派)の問題だ。
冷静に見回せば、岸田首相にとっては今の状況は致命的なピンチではない。岸田首相が開成高校在学中に熱中した野球に例えれば、参院選後のプレイボールで1イニングを終えたところ。“私立自民高校”という甲子園常連校にエラーが重なって、弱小県立高校に2点先制された程度のことかもしれない。
野球には「流れ」というものがある。最近のスポーツ科学でもまだ厳密に解明しきれていないが、野球記者時代、年間百数十試合を見てきた筆者の経験で言えば、一つの好プレー、あるいは逆に一つのミスで潮目は変わる。まさに電光石火とも言える人事は、“岸田監督”が勝負に出た、ここまでの2点を相手に取られてなお二死満塁というところで、ペロシ訪台という「攻守交代」の流れを見出したのかもしれない。
安倍元首相も認めていた政局勘
安倍元首相は生前、岸田首相について「ああ見えて政局勘が鋭い」と周辺に評していたとの報道もある。故人になった今となっては実際にそう言ったかは確認しようがないが、筆者自身も自民党関係者から「意外に人事が上手い」という評判は聞いたことがあり、的外れではなさそうだ。
実際、昨秋の総裁選出馬に際しても、当時権勢を振るっていた二階幹事長を外す党改革案をぶち上げ、その後の流れを作った「二階外し」はまさにそうだった。安倍政権の影の司令塔だった今井尚哉元首相秘書官によるアドバイスではないかという説もあるが、そうだとしても「手柄」は決断した総大将のものになる。
またベンチャー経営者の間では岸田氏を経営者になぞらえた場合、一代の起業家というよりは「大企業の典型的なサラリーマン上がりの生え抜き社長」(近年上場したベンチャー企業社長)と評されることが少なくない。サラリーマン社長は、確かに革新的なことはやらないが、出世競争を勝ち抜き、内部の組織構造を熟知している。「人事だけは天才的なサラリーマン社長は多い」(同)という指摘もある。
人事は政局、政策2つの視点
さて、人事のポイントだが、すでに松野官房長官、麻生副総裁と茂木幹事長の留任は既定路線とされている。政局、政策2つの視点で見るところではないだろうか。
政局的な視点でいえば、安倍元首相が後ろ盾となり、保守層支持の受け皿にしていた高市政調会長の処遇をどうするか。そして統一教会問題で評判だだ下がりの安倍派からの入閣組を減らすなどして安倍派の勢いを削ぐ挙に出るのか。安倍派の中でも文科相、経産相と大臣を歴任し、一定の実績を残した萩生田光一氏は引き続き要職に据えるのか。
そして巷間取り沙汰されてきた、菅前首相を副総理などで処遇するのか。
一方、政策的には、今回の人事繰り上げのきっかけであろう台湾問題を対処すべく、外交・安全保障対策の強化をどう手当てするのか。昨年の岸田政権発足2か月後の昨年12月、読売新聞の連載記事では、林芳正氏の外相選任について、安倍氏と麻生氏が難色を示した際、岸田首相は麻生氏に「1年たって駄目なら、その時はすぱっと交代させますから」と言って説得したとされる。
林氏を巡っては対中外交での“弱腰”ぶりが保守層でいつも槍玉にあがるが、ここで別の要職に“栄転”という形をとりつつ、中国に対してもう少しタフネゴシエーターになれる人材を持ってくるのか(※追記あり)。
次官人事を巡って一悶着があった防衛相の人事も注目だ。ここは体調が思わしくない安倍元首相の実弟、岸信夫氏は統一教会問題もあって外れる可能性が高い。後任は緊急事態ということで、防衛相経験者の小野寺五典氏ら「即戦力」を据えるのだろうか。
週末間際にいきなり動き出した岸田首相の反転攻勢。マスコミ的にも国会が閉じて来週にかけてメディアは人事・組閣の報道一色だろう。野党はまたこれで見せ場を失うことになりそうだ。しかし、政局的な思惑はなんであれ、「台湾有事は日本有事」という安倍元首相の遺言が現実のものとなりつつある以上、外交・安全保障については特に万全の体制を敷いてもらいたいところだ。
【追記:22:15】時事通信は林外相が続投の方向と報じた(鈴木財務相も)。もし林氏が残留するのであれば、有事に近づく対中外交が機能するのか、不安が残るのは間違いない。