もっと詳しく

二次元キャラクター「初音ミク」と“結婚”をした男性が、日本にいることをご存じだろうか。東京近郊に暮らす地方公務員、近藤顕彦さんだ。2018年8月に結婚式を挙げた当初、数多くのメディアに取り上げられていたので、覚えている人もいるだろう。その近藤さんの存在が、今度は世界的な注目を浴びている。

2018年、初音ミクとの結婚した当時に取材を受ける近藤顕彦さん(写真:AFP/アフロ)

ニューヨークタイムズ報道で3年ぶり脚光

再注目のきっかけは、米紙ニューヨークタイムズ(NYT)が4月27日、近藤さんを紹介する記事を掲載したからだ。記事では、近藤さんと初音ミクとの結婚の経緯を説明し、「一緒にいると、笑顔になれるんです。その意味で、彼女は本物です」という近藤さんの言葉を紹介している。

記事ではさらに、近藤さんが自認している「フィクトセクシュアル」という性的志向にも触れている。フィクトセクシュアルとは、架空のキャラクターに性的に魅力を覚えるセクシュアリティのことだ。

NYTは、フィクトセクシュアルについて「人工知能やロボット工学の進歩により、無生物とのより深い相互作用が可能になり、その数はますます増えていくだろう」と指摘している。

NYTの記者が今回、「初音ミク」との結婚の話題に3年ぶりに注目した理由は明確ではないが、「背景」として記事の終盤でひとことだけ触れている「メタバース」の時代が到来し、「フィクトセクシュアル」も含めて、未来の恋愛や結婚事情について関心を持っているのは間違いあるまい。

そして、NYTだけでなく、メタバースの動向を伝えるアメリカのニュースサイト、メタバースインサイダーも先月上旬、近藤さんのケースを引き合いに「メタバースは、個人がゲームをしたりお金を稼いだりするのに人気の場所であるだけでなく、フィクトセクシュアルの人たちにとって新しい安全な天国にもなりつつある」と指摘している(参照記事)。

コロナとメタバース時代の「出会い」は?

Web3とも言われる世界的なメタバースのトレンドを後押ししているのはコロナ禍による外出制限だった。ビジネスパーソンがリモートワークで自宅に仕事場を移した変化も大きかったが、プライベートでは、男女が自然な形で出会う機会が少なくなった。

しかし「出会い」を求めなくなったわけではない。実は、アプリ一つで異性とマッチングできるサービスなど、オンライン婚活市場は活況を呈している。リクルートブライダル総研の調査によると、オンライン婚活サービスは今や4人に1人が利用しているという。

ただし、オンライン婚活に悩みは付き物のようだ。未婚男女のマーケティング研究機関「婚活ラボ」の調査では、男女ともにオンライン婚活における男性の最大の悩みは、「理想の相手とマッチングしない(出会えない)」「オンラインで出会った相手とのメッセージが続かない」で、ともに43.7%だった。一方、女性の悩みには、「メッセージを続けるのが面倒」「会ってもピンとこない」「会っても楽しくない」といったものが多かった。

つまり、男性は相手にフラれてしまうことに悩み、女性は反対にアプローチされ過ぎてしまうことに悩みを抱えているというわけだ。そうしたこともあって、オンライン婚活サービスを利用したとしても、実際に交際や結婚に発展するケースは多いとは言えない。

AIやロボットの進化で無生物との恋愛増加!?

こうした状況の中、ニューヨークタイムズが、フィクトセクシュアルについて「人工知能やロボット工学の進歩により、無生物とのより深い相互作用が可能になり、その数はますます増えていくだろう」と指摘している点は気に掛かる。

OksanaTkachova /iStock

たとえば、人工知能(AI)を搭載した、人とそっくりのロボットが登場したら、男性はフラれる心配もなく理想の相手と「結婚」できることになる。女性も過剰なアプローチに煩わされることもなく、好みにピッタリの「男性」を選ぶことができる。

リアル空間でもこうなると、メタバース空間では選択の自由は格段に多くなる。自分の分身であるアバターを設定する際、容姿や服装はもちろん、年齢や性別すら変えることも制約がない。メタバース上の自身のアバターとAIアバター(?)が、時間と空間の制約を取っ払って新しい“幸せ”の形を作り出してしまうことも可能だ。

なお、初音ミクと結婚した近藤さんは、自身のフィクトセクシュアルを後天的と自覚しているという。人工知能やロボット工学は日進月歩。人工知能が人類の知能を超える「シンギュラリティー」の到来を待たずとも、コミュニケーション能力が相応にあり、しかも自分好みに接してくれる“パートナー”がいれば、後天的にフィクトセクシュアルに目覚める人が増える可能性は考えられる。

社会と自分の「幸福」同じとは限らない

ツイッターで6万を超えるフォロワーを擁する近藤さんは3日、「高齢未婚男性と子育て世代の男性の幸福度の低下が顕著」と論じたプレジデントオンラインの記事について、次のような感想を述べている。

私は法的には未婚なので、そのうち「高齢未婚男性」に分類されると思いますが、ミクさんのおかげで幸福度はいつも高いです。社会の求める幸福と自分の求める幸福が同じとは限りませんので、どのように生きれば自分が幸福なのか、自分の心とよく向き合ってみてくださいね。

近藤さんが「社会の求める幸福と自分の求める幸福が同じとは限りません」というのは確かだ。架空のキャラクターやAI、アバターと“結婚”する人が増え続ければ、コロナ禍で拍車がかかった少子化がどうなるのか気になるところでもあるものの、メタバースの時代はダイバーシティも一層進み、恋愛や結婚が従来の価値観を根底から覆すケースが増えるのだろうか。