安倍晋三元首相は亡くなる直前、親権問題に切り込んでいた。
第2回では、キーパーソンである自民党議員を何人か呼び出し、「弁護士会や法務省にすり寄っているのか」と質問したり、左派活動家との付き合いについて問い質したりしていたことを記した。
最後回は親権問題の本丸ともいえる判検交流について、安倍氏が問題意識を持ち、変えようとしていたかについて記す。(3回シリーズの3回目)
連日報道される共同親権
ここまでたびたび紹介してきたが、6月20日、『離婚後の共同親権を提案へ 法務省、法制審部会に 8月にも試案』という見出しのスクープ記事が毎日新聞の第一面に大きく掲載された。
「共同親権を前提に、両者が監護者になる『離婚後の共同監護』も選択肢として示される見通し」という記述のほか、「家庭内暴力(DV)や激しいいがみ合いが続く父母が共同親権を選ぶと、子に関わる重要な決定ができなくなるとの懸念もある。家族を巡る価値観は多様であることを踏まえ、単独親権のみの現行制度を維持する案も議論」とも記されており、あたかも、法務省法制審部会の議論が親権制度を決定するかのような記述になっていた。
翌21日には『自民が古川法相に離婚後の共同親権・共同監護を提言』(産経新聞)など、自民の「家族法制のあり方検討プロジェクトチーム」が法務大臣に提言を手渡したことが各紙で報道された。
産経新聞の記事は次の通り。
「(提言では)離婚後の父母が共に親権や子供の身の回りの世話や教育をする『監護権』を持つ『共同親権・共同監護』制度を導入するよう求めた。ドメスティックバイオレンス(DV)や児童虐待がある場合に対応した規律を設けることも訴えた」と記されており、単独親権のことは触れられておらず、その分、提言の意図が明確であった。
なお、古川法相に提言書を手渡したのは山田美樹、熊田裕通、三谷英弘、柴山昌彦、谷川とむの5氏であった。
2つの案がなぜ1日違いで掲載されたのか。
自民案のベースとなった民間法制審案を支持する先述の関係者は次の通り話した。
「6月20日、毎日新聞だけに、1面トップのスクープとしてあの記事が出たのは、法務省がリークしたからですよ。というのも『21日、古川法相に自民党(≒民間法制審)の提言書を提出する』ということが、その前の週の時点で決まっていたんです。で、その動きを察知した法務省が毎日新聞にリークして先手を打ったということなんです」
自民案を潰すため、法務省の法制審部会案こそが唯一の案であるかのような印象を与えたい――そう思った法務省の担当者が卑怯にも毎日新聞にリーク、自民案が新聞に掲載される1日前に記事にさせたのだ。
法制審議会に参加している有識者たち
私はこれまで、別居親と同居親、双方からたくさんの話しを聞いてきた。
そのうち、調停や審判、裁判という弁護士や裁判所、つまり司法が関わったケースに関しては、「家庭裁判所にかかわったがために大変な思いをした」という感想を持った人がほとんど。「長く時間とお金を費やしたのに、月1度2時間の面会のみ。しかも監視付きだなんてあり得ない」と家裁を憎む別居親、裁判所で疲弊し相手方との関係を悪化させ「二度と相手に会わせたくない」と思う同居親。双方が大変な経験をしてしまうのだ。
無駄に時間とお金ばかり費やした上に、ひどい判断をされたということで、家裁の裁判官や相手弁護士、そして相手に対して、恨みや怒りの感情を募らせている人がいかに多いことか。
もしこれが、諸外国のように、共同親権・共同監護制にして、離婚時に共同監護の取決めを義務付けるように変われば、相手と揉めたとしても、子どもは別れた親との絆を保つことでできる。
当事者たちの幸せを考えると、欧米並みの制度に日本も切り替えるべきだ。親子の絆は別れても保っているのが当たり前という、離婚を描いた欧米の映画を見ていると、そう思わざるを得ない。
しかし法務省は現状維持にこだわっている。上に挙げたように、法務省法制審部会案を毎日新聞にリークして、自民案に支持が広がることを阻止しようとしている。こうした狡猾なやり方はリークという情報操作だけに限らない。
家族法の改正案をつくる法務省法制審家族法制部会に集められた委員のリストを見るとその傾向はよくわかる。これを審議している24人のうち、法務省に出向してきた裁判官が2人、法務省に出向していない現役の裁判官が2人。合計4人の裁判官が参加しているのだ。
裁判官は、所与の法律を運用して、民事や刑事の裁判を行うのだ。なのに今回、法律を改正する会議に参加している。これはある意味、風営法の改正の会議の参加する委員の中に、それを阻止しようとする風俗店の経営者がある程度の人数、混じっているようなものだ。これではドラスティックな改正などできるはずがない。
三権分立と矛盾する判検交流
法制審議会家族法制部会のメンバー24人のうち4人が裁判官という偏りを作り出しているのは、判検交流という交流制度によるものだ。
おそらく誰もが、三権分立という原則を聞いたことがあるだろう。
力の濫用を防ぎ、国民の政治的自由を保障するため、国家権力を立法・司法・行政の相互に独立する3機関に委ねようとする原理(広辞苑第七版)
裁判官のいるのは裁判所、つまり司法だ。また法務省は行政である。
判検交流は戦後、専門家の不足を補う目的で始められたものだが、裁判の公正性だけでなく、三権分立の原則からも明らかに問題である。その結果、司法と行政が利害関係を持ち、癒着が起きている可能性がある。
法務省からすると裁判所と利害関係を持つことで国賠を有利に進められたり、法務省が立法過程に参加した法律に対し裁判所が違憲立法審査権を行使し無効にすることを防げたりすることが可能になる。裁判所にとっても、立法過程に参加することで、自分たちが有利になる法律をあらかじめ作れる可能性があるのだ。つまり、法務省と裁判所、どちらにとってもおいしい話なのだ。いわば、司法と行政の双方が法曹利権を濫用しているという、事態がすでにあるのだ。
この問題について詳しい関係者は言及する。
「2020年に行政に出向している裁判官は159人。家族法を所管する法務省民事局幹部のほぼ全てが裁判官です。また、法務省法制審家族法制部会のメンバーを選考した法務省司法法制部の部長は裁判所から出向している裁判官。今の民事局長です。裁判官は、自分達の意向に沿って議論をする者を法制審の委員に選び、かつ、自分達も委員になる。そして、法制審から出てきた答申を法務省民事局にいる裁判官が法案にする。裁判官が全てを意のままに操ることができる仕組みになっています。
これは絶対あってはいけない仕組みです。裁判官は別の人が作った法律に基づいて判断するのが鉄則なのに、自分が法律を作ったり、改正したりして、自分で決める訳ですから、三権分立上、あきらかに問題があるんですよ」
今回の家族法の改正に関しての審議において、裁判の運用を変えなくても済む、実質的な現状維持案が法務省法制審から出てくるのは、まさに判検交流という制度が、遠因になっていると言えるのではないか。
安倍氏がメスを入れようとした矢先……
先にも紹介した6月17日の安倍事務所での安倍氏と弁護士の面会に時を戻す。
民間法制審関係者が安倍晋三元首相の事務所を訪れたとき、安倍氏はこの点においても、大いに問題視していた。
安倍氏に面会した関係者は言う。
「法制審部会の名簿を安倍元首相にお見せしました。すると『この中のどの人が裁判所からの出向者なの?どれが裁判官?』って、法制審の委員リストを見ながら、チェックしていました。
その上で、『これは何とかしなきゃいかんね。まずはとにかく法務省に言いましょう。問題だと思っていることを』『こんなことをやってるんだったら判検交流を止めるぞ』と。『ゆくゆくは判検交流、実際に何とかしなきゃいかんね』とも言っていました」
その関係者は、安倍氏との別れ際に、心情を吐露した。
「『総理とお会いするということですので、緊張していました』と言ったらニコッと笑ってくださった。そのことが、すごく印象に残っています……」
家族法だけに限らない、あらゆる立法過程に法曹利権が絡んでいる現状を、三権分立を犯す法務省と裁判官たちの癒着に対し、安倍氏は憂い、メスを入れようとしていた。司法改革について本腰を入れようとしていた矢先に彼は凶弾に斃(たお)れたのだった。
安倍晋三元首相のご冥福をお祈りします。
(おわり)