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 電車の先頭車両からの「前面展望」を“かぶりつき”などといって鉄道ファンは楽しんでいる。子供の頃はもちろん、機会があれば大人になってからでも“かぶりつき”は楽しいもの。横から見る車窓とは一味違う線路の様子や、運転士の所作はとてもおもしろい。“かぶりつき”でまず目に入ってくるのが信号機。道路の信号とは異なり縦に表示されているうえ、ライトの個数も2つだったり5つだったり、道路とはだいぶ異なるのに気づくはずだ。さらには、路線によっては信号そのものが見当たらないケースもある。信号なしでどうやって電車を動かしているのだろうか。ひと味違う鉄道信号に少しだけ迫ってみよう。

電車が通過し、出発信号機は赤に変わっている。旅客と貨物で線路が分かれるケースでは区別のための表示があるケースも。この場合、上は電車用出発信号機で、左下は貨物線の第二場内信号機

文・写真/服部朗宏

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色で制限速度を示す。鉄道の信号の意味は道路の信号とどう違う?

 道路の信号の意味は教習所で習った通り、青は直進・左折・右折が可能、黄色は停止位置で安全に停止することができない場合を除き、停止位置を越えての進行禁止、赤は停止位置を越えての進行禁止という意味だ。

 鉄道の信号は、道路よりもかなり複雑な意味を現すのだ。道路信号は停止位置を越えよよいかどうかが重要となるが、鉄道信号の考え方は若干異なる。鉄道では、列車が正面衝突したり追突したりしないように駅の部分と本線部分を区切り、さらに本線を一定の距離でいくつかの区間に分割しておき(これを閉塞区間という)、その閉塞区間内には一列車しか進入できないように交通整理をする。あるいは駅内へ進行してよいかどうかを信号の赤・黄・青の点灯方法によってで表示している。

鉄道の信号は色灯の点灯方法によって制限速度を示す機能も持つ。成田スカイアクセスで見られる「高速進行」の現示は青2つ。一般の線区では130km/hが最高速度だが、この区間では160km/hで走行可能

 駅に入る手前に設置するのが「場内信号機」、駅を出発するときに使うのが「出発信号機」、閉塞区間の境目に設置するのが「閉塞信号機」と呼ばれている。そして、それぞれの信号が青なら信号機を越えて既定の速度で進行してよく、赤なら信号機の手前で停止しなければならない。ひとつの閉塞区間には1列車しか入れない決まりなので、列車が青信号を通過したら直ちに信号機は赤を表示して、後続列車が同じ区間に進入することを防ぐ仕組みとなっている。

道路用信号とは異なる、鉄道信号ならではの「信号現示」とは?

 本数の少ないローカル線なら青の「進行」、赤の「停止」だけで用が足りるが、本数が増えると次の閉塞区間に「ゆっくり入る」モードが必要になる。止まったり動いたりを頻繁に繰り返すことが苦手な鉄道の特性を考えてのことだ。

 そこで、黄色の「注意」ができたのだが、道路の黄色は安全に停止できない場合を除き停止するのが原則なのに対して、鉄道の「注意」は次の閉塞区間に停止信号があることを予告するとともに、既定の速度(一般的に25km/h)以下で進行できるという意味。つまり黄色では止まらなくてもよいのが大きな違いだ。

 青・黄・赤の3種類の場合、青区間に列車が入ったときに当該信号は赤となり、列車が次の閉塞に進むと赤だった信号は黄色に変わる。その後列車がさらに次の閉塞に進むと信号は青に戻る。青→赤→黄→青の順番であり、道路の青→黄→赤→青と順番も違っている。

 現在では、多くの列車を走らせるために都会ではさらに細かく閉塞を分けたり、駅構内でも場内信号機を増やしたりして対処している。東京都心部では次々と到着する電車をさばくために、場内信号機が第一場内から第五場内(つまり駅内の区間を5つに区分)まであるのも珍しくなく、朝夕のラッシュ時には前の電車の最後部がはっきり見えるくらいまで間隔を詰めて、電車が「渋滞」しているシーンも普通のことだ。

 その後、主な信号機には「進行」、「注意」、「停止」以外に、進行と注意の間に「減速」、注意と停止の間に「警戒」が加わった。「減速」(次の信号機が警戒または注意)は青と黄色を同時に点灯させ、「警戒」(次の信号が停止)は黄色2つを点灯させる。

左は3灯式の出発信号機の「進行」現示。中央は4灯式の「減速」現示。4灯式は4種類を現示でき、「減速」が表示できるものと「警戒」が表示できるものとで配列が異なり、これは上から黄・赤・黄・青の配列4灯式の「減速」現示。青と黄色が同時に点灯するのは道路信号にはなく、鉄道ならでは。右の5灯式の配列は上から黄・黄・赤・黄・青となっていて、「進行(青1)」「減速(青と黄)」「注意(黄1)」「警戒(黄2)」「停止(赤1)」の5種類を現示できる

 信号の表示を現示というが、これらの複数の色灯が同時に点灯する現示方法も道路にはないもので、初めてみると珍しい。減速と警戒の制限速度は現在では会社により異なるが、国鉄時代は減速が65km/hまたは75km/h、警戒が25km/hだった。現在では、さらに成田スカイアクセスで導入されている進行の上位で160km/hで進行する青2灯の「高速進行」や、京浜急行電鉄で見られる青と黄色の同時点滅「抑速」(進行と減速の間で105km/h以下)を含めると合計7種類もの現示が存在する。

「出発進行!」は運転士の単なる掛け声ではない。その意味とは?

 ドアが閉まっていよいよ発進、という時に運転士が「出発進行!」と指をさして声がけ(指差喚呼)するシーン。子供も含めて誰でも知っているだろう。ただ、本当の意味はあまり知られていない。列車が駅を出発する際の“さあ、出発だ。気を引き締めて行くぞ!!”という掛け声ではない。

 ここまでお読みになった皆さんには想像がつくだろうが、「出発進行!」は「出発信号機が進行を現示しているのを確認した」という意味だ。だから、注意の黄色で出発するときは「出発注意!」となるし、警戒現示で駅に入る時は「場内警戒!」(場内信号が警戒現示である)となる。駅がたくさんある一部の鉄道では、閉そく信号機を出発信号機の代用とするところもあり、「出発相当進行!」という掛け声が聞かれる。また、進行可能速度を車内に現示する車内信号式では、そもそも出発信号機を通常は使用しないので「出発進行!」という掛け声は使わず、単に「進行!」だったり、表示されている速度を「信号50!」というように確認する。鉄道の信号機の種類は多いので、そのほかにもさまざまな掛け声が各社で決まっている。先頭車両の運転席背後に乗車していると、こうした運転士の掛け声(喚呼)が聞こえてくる。

赤・黄・青の色灯式だけではない鉄道信号機のさまざまな種類

 鉄道は信号機の種類も豊富だ。明治以来使われている一番原始的なものは「腕木式」といい、駅の係員がワイヤーを使って手動で大きな矢羽根を動かす。矢羽根がまっすぐ横向きなら「停止」で、斜め下向きなら「進行」。矢羽根が見えない夜は矢羽根のしっぽに青と赤の色ガラスが付いているのでそこに電灯を当てて青色と赤色を現示する。さすがにこのタイプで現役はほぼ絶滅状態で、青森県の津軽鉄道津軽五所川原駅と金木駅で使われているだけになった。

腕木式信号機の矢羽根と反対側には青と赤の色ガラスがあり、夜間はランプからガラス越しに青や赤の光を出して信号を現示する

 そのほかの信号機は道路と同じく色付きのランプを点灯させるが、青と赤だけの2灯式から、複雑な表示が可能な6灯式まで5種類ある。いずれもランプは縦並び。そのほか、先の信号が見えないカーブ手前などに設置する「中継信号機」や、入換専用の「入換信号機」などがある。中継信号機の多くは白のランプ3つで、縦並び3つが進行、横並び3つが停止、斜め3つが減速・注意・警戒を予告している。入換信号は駅から車庫や留置線に回送電車が入る時などにしようされていて、おにぎり型の白色2灯タイプが一般的。横並び2つが停止、斜め2つが進行だ。

カーブで前方の信号機が見えない場合などに使われるのが黒い円板に白3灯の中継信号機。斜めの現示は進行(進入)可という意味で、前方の駅3・4番線への場内信号機が「警戒(黄2灯)を現示していて、手前の列車は徐行で駅に入れることを示している先の主信号機が青=進行現示の場合中継信号機は縦1列の表示、赤=停止現示の場合は横1列の表示となる

 いっぽうで、いわゆる信号機がない路線も現在では多くある。東京ならJR山手線・京浜東北線や東京メトロの一部が代表例。この場合は「車内信号式」といい、運転室内の速度計近く(円形なら外周部)に数字ランプや矢印などの表示があり、進行してよい速度を示すことで電車を進めたり止めたりする。50km/hの位置に表示があれば50km/h以下で進行可能ということだ。前に電車が詰まってれば自動的に表示の速度が下がり、最終的には停止を現示する。山手線・京浜東北線の速度調節は現時点では運転士が手動で行うが、東京メトロ丸ノ内線や有楽町線、南北線、副都心線などは速度調整も自動で行う。運転士は出発の時にボタンを押すだけで、後は停車まで全自動だ(ATOという)。運転士が乗らないゆりかもめなどの新交通システムでは、出発から停止まですべて遠隔自動操作なので、当然信号機も必要ない。

道路信号だが電車専用。路面電車の走る区間で見ることができる

 最後に、道路信号であって鉄道信号ではないが、電車専用という信号も紹介しておこう。

 路面電車用の黄色矢印信号だ。教習所でも習ったはずだが、路面電車が無い地域では完全に忘れている人も多いことだろう。実際に、他地域から来たドライバーが黄色矢印で進行してしまい事故になったりなりかけるケースがある。路面電車といっても地域により実態は様ざま。広島では数車体をつないだ長い電車が走っているし、京阪電鉄の浜大津駅付近では京都から直通してくる4両編成の大きな電車がゴロゴロと道路を走る姿が見られる。これらの大きな電車も道路を走る区間に道路の信号があれば、それに従わなければならない。

黄色の矢印付き道路信号機のアップ。黄色矢印は路面電車専用のため路面電車のない町には存在しない。そのためレンタカーなどが青矢印と見間違って事故を起こすケースをたまに聞く
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