もっと詳しく
Image:gorillaimages/Shutterstock.com

米国立歯科・頭蓋顔面研究所(NIDCR)の神経生物学者が、音に痛みを和らげる効果があることを研究で明らかにした。脳の働きを視覚的に調べる技術を使用し、痛みに関する感受性が音によってどのように変化するのか、そのメカニズムを調べたという。

音による痛みの緩和というテーマに関しては、1960年代に歯科医のウォレス・ガードナー氏が発表した研究がある。この研究ではガードナー氏は患者の傍らで音楽を流し、麻酔などを使用せずに200本以上の抜歯を実施したと報告している。当時、ほかにも「オーディオ鎮痛」と呼ばれる手法で抜歯を実施した歯科医が8人いると、今回の研究報告には記されている。

しかしなぜ、どのようにして鎮痛効果が発生しているのかは、これまでほとんどわかっていなかった。これまでの研究で、脳のメカニズムに何らかの作用があることが示唆されていたことから、今回の研究で、脳の実際の神経回路のはたらきが詳しく調べられた。

実験ではまず、もっとも有名な、「クラシック音楽に鎮痛作用があるとする説」について調べることにした。はじめに、マウスの足に炎症を起こさせる薬を注射し、バッハの『管弦楽組曲第4番ニ長調BWV 1069 – V. Rejouissance』を聞かせながら、その音量を5dBずつ大きくし、痛みへの反応が和らぐ音量を調べた。

その結果、鎮痛効果があったのは静かな事務所と同等とされる50dBの音量で、これは実験室の周囲音より5dBだけ大きい音量だった。意外にも、大きな音よりも静かな音の方が効果があるということだ。

研究者らは、次に様々な種類の音を使って同じ試験を繰り返し、音の種類による違いを比べることにした。まずはホワイトノイズ、次に先ほどのバッハの音を操作し不況音にしたものなど、不快に感じる音を用意して試しつつ、マウスの足に刺激を加えてみた。

ところが、結果はいずれの音でもマウスには同様に50dBの時のみ鎮痛効果があることがわかったという。一方で、大音量にするとマウスは刺激に対して敏感に反応した。つまり、マウスは音の種類がどうかは関係なく、その場所よりわずかに大きい音量の際に、鎮痛作用を示したことになる。

ならば、鎮痛作用を生み出すのは脳のどの部分なのか、研究者らはこのもうひとつの疑問について調べることにした。脳の神経回路を詳しく調べるため、研究者はマウスの聴覚皮質(音を処理する脳領域)に注入した赤い蛍光色素を追跡しつつ、実験を繰り返した。すると、感覚を処理する中枢とされる視床の特定の領域で多くの蛍光がみられ、この領域と聴覚野の結合が、痛みの抑制に関与している可能性があることがわかったという。

音が脳の聴覚野にある視床に投射するニューロン(図の緑とマゼンタ)の活動を低下させることで、マウスの痛みを軽減する様子(Image:Wenjie Zhou)

また、マウスの脳に微細な電極を埋め込んで調べたところ、小さな音が聴覚皮質からの活動を減少させることも判明した。さらに、聴覚皮質と視床の間の接続部分を人工的に遮断したうえで、その特定の神経細胞に光パルスを照射してみたところ、マウスはまったく痛みを感じなくなったようにみえたという。

これらの研究で得られた成果は、動物実験で得られた知見がヒトにも当てはまるかどうかを判断するための研究の出発点になると思われる。そして最終的には、オピオイドなどに代わる、より安全な疼痛治療薬の開発につながって行くことが期待される。

ちなみに今回の研究では、鎮痛効果に音の種類は関係ないとされたが、あくまでマウスでの反応を見ただけであり、マウスよりもはるかに音楽から多くの心理的な影響を得られるヒトの場合、やはり心地よい音楽のほうが鎮痛の役割を果たす可能性もあると研究者は指摘している。