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アメリカのペロシ下院議長の台湾訪問の翌4日、中国は台湾近海に向けて、11発の弾道ミサイルを発射し、うち5発が日本のEEZ(排他的経済水域)に初めて着弾。東アジアの軍事情勢が一気に緊迫してきた。今後の中国の軍事的動向を占う上で、ぜひ注目したいのが新型空母「福建」の存在だ。

「福建」は去る6月17日に進水した。設計がソ連海軍の空母をベースにした物から米海軍の原子力空母(以下米海軍空母)を模した物へと、大きく設計が変わっている。この「福建」が米海軍と肩を並べるために必要な原子力空母への道となるだろう。

(文・蓮見皇志郎、監修・部谷直亮、構成・SAKISIRU編集部)

上海で行われた「福建」の進水式(写真:新華社/アフロ)

これまでの空母よりどこが進化?

前級の空母「山東」はソ連海軍の空母をベースに建造しており、ソ連のコンセプトにある延長線上にある空母だ。性能は推定で基準排水量55000トン、全長309メートル、横幅76メートル、艦載機は44機だ。艦載機としてロシアの第4世代戦闘機のSu-33をベースに中国が開発したJ-15S、フランスの中型ヘリのAS365をライセンス生産したZ-9C、中国が独自開発した早期警戒ヘリコプターZ-18Jを搭載する。

なによりも、発艦方式はスキージャンプ式で、距離を稼ぐための急斜面の台に大量の燃料を消費するため、搭載量か航続距離を犠牲にしなければならない。なので、艦載機はフル装備で発艦できなかった。

一方、今回、進水した新型空母「福建」は米海軍空母と外見が類似しており、ソ連海軍のコンセプトから脱したものとなった。性能は推定で基準排水量72000トン、全長320メートル、横幅76メートル、艦載機は60機以上だ(航空自衛隊の戦闘機数は290機ほど)。艦載機として現在中国が独自開発している第5世代ステルス戦闘機J-35、J-15Sのレーダーを改良して電磁式カタパルトに対応したJ-15T、中国が独自開発した大型ヘリZ-20F、中国が独自開発した早期警戒機KJ-600を艦載するのではないかと筆者は推測している。

発艦方式は電磁式カタパルト式で、発艦に必要なエネルギーは空母が供給してくれるため、艦載機はフル装備で発艦できるようになった。(参考までにカタパルトがどんなものか、以下の米軍空母の画像を引用する)

カタパルトで発信する米空母艦載のF14(U.S. Navy photo by Photographer’s Mate 3rd Class Mark J. Rebilas:public domain)

これは船体の大型化、艦載機数が増えたといった量的な発展だけではなく、

  1. 早期警戒ヘリと比べてレーダーが大きい早期警戒機を艦載することにより探知能力が向上する点
  2. これまでの空母では不可能であった艦載機がフル装備で発艦できる点
  3. 武装の国産化が進んだ点

といった質的な進化を遂げている。

空母「福建」建造の目的

空母「福建」の建造の目的は直接的な意味での戦力強化というよりも、主に中国海軍悲願の原子力空母設計のための技術検証と、カタパルト運用能力取得の2つの色彩が濃いと考えられる。

原子力空母には大量の重油を置くタンクや煙突が必要ではない。その分、

  1. 艦載機や倉庫のスペースを広くできる
  2. 燃料負担が少ない
  3. 莫大な電力を提供することにより電子機器を豊富に搭載することができる

というメリットを持つ。米海軍空母のような長期間作戦行動が可能な空母が欲しい中国海軍にとってうってつけだ。原子力空母運用の技術検証を「福建」では行いたかったのだ。

ここでどうして「福建」を原子力空母ではなく通常動力として建造したのか――との疑問があるだろう。これは時間・建造数の点から米海軍に比して空母設計の経験が少ない、つまり、中国海軍は現段階での原子力空母の建造はリスクが高いと判断したためだと考えられる。

なお中国は調査目的の原子力砕氷船の建造もしており、これは原子力空母建造のためのノウハウ取得を目的としていると推測される。

次に電磁式カタパルトは従来と比べ、機体の大きさごとに発艦に最適なエネルギーを供給できるのでパイロットの負荷を在来式よりも少なくできるというメリットがある。

この電磁式カタパルトは2017年に就役した米海軍空母「ジェネラル・R・フォード」が世界で初めて搭載したが、米海軍ですら完全な戦力化には至っていない。中国海軍はカタパルトの搭載自体が初めての試みであり、未知数な部分も多いはずだ。それでも今回装備化したのは本命の原子力空母の早期戦力化に備えて搭乗員が慣れる事と、カタパルトに対応した艦載機開発、実戦に使用できる電磁式カタパルト開発のためのデータ集めだといえるだろう。

また電磁式カタパルトのデメリットとして大電力を消費するため、通常動力空母は発艦能力の制限を強いられ、実戦での運用能力は米海軍の原子力空母と比較した際、低いと推測される。つまり通常動力空母で電磁式カタパルトを運用することは戦闘能力を低下させること意味している。このことからも試験的な要素が強いと考えられる。

米中のパワーバランス変化も

bymuratdeniz /iStock

近年、中国海軍艦艇は飛躍的に性能を伸ばしており、特に「福建」は先進的な電磁式カタパルトを搭載している、船体規模が大型化している等、大きく性能を伸ばしている。

これまでの米海軍空母は、船体規模・艦載機数・艦載機の性能・発艦能力・探知能力等が中国海軍空母に優位であったが、「福建」は艦載機数・艦載機の性能・探知能力が米海軍空母と互角になる嚆矢になるだろう。そして「福建」のデータを集めて建造される中国軍の原子力空母は、米海軍空母と船体規模・発艦能力の面でも互角になるだろう。

現在、米海軍は空母を太平洋に2~3隻ほど配備している。中国海軍が原子力空母を3隻以上の建造と配備に成功すれば、米海軍は質的優位が脅かされる中、数的有利も失う。そうなれば、米中軍事パワーバランスが大きく変わるだろう。

それは日本の運命や防衛力構想にも深刻な問題になりかねない。それは中国の軍事的冒険への誘惑を高め、米軍の来援可能性も下げかねず、日本は米軍が来るまで持ち堪えられるか危うくするからだ。