現行型NSXタイプS最後のモデルとなるタイプS。全世界350台限定で昨年9月、日本での割り当ては30台分だったのだが、2794万円のプライスを付けた限定車は即完売となっていた。そのタイプSを公道で試乗した松田秀士氏が、今回の試乗から見えてきたものをレポートする。
文/松田秀士、写真/ホンダ
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■最後となるNSX、タイプS
最後のNSXとなるタイプSに試乗した。ステージはサーキットではなく箱根だ。一般道のワインディング。限界性能などサーキットでないとわからない特性もあるが、逆に一般道のワインディングで気付かされることも数多い。
最終モデルとなるNSX タイプSはグローバルで350台の限定生産。そのうちの30台が日本国内向けだ。ご存じかとは思うがNSXの生産拠点は米国オハイオ州メアリーズビルにある専用工場だ。
初期開発時はアメリカホンダのスタッフに任せていたが、2018年の改良モデルからは栃木県の本田技術研究所が中心となって開発を行ってきた。この最終モデルとなるタイプSも本田技術研究所によって手が入れられている。
では、今回のお題である。「ホンダが失ったもの、失ってはならないもの」という少々シリアスなテーマ。それをNSX最終モデルのタイプSから見えるものを書いてみたい。
■やはりF1GPからの撤退が……
ここにきてモータージャーナリズムの世界では、「ホンダはホンダスピリットを失ってしまったのではないか?」といった意見がささやかれるようになった。その原因となった一番の引き金はF1GPからの撤退だろう。
私が思うのはアイルトン・セナ選手が活躍した黄金期のマクラーレン・ホンダのイメージが強すぎた。セナの亡霊をいまだにホンダは引きずっているのではないだろうか? ということ。F1復帰後、そのマクラーレンともう一度組んだが、鳴かず飛ばず。
その後レッドブル傘下のチームで開発し、ついにはレッドブルでメルセデスを駆逐。まるで根性漫画のようだが、ひとつのホンダスピリットを具現化した。
そして再び撤退。「もういいじゃないか、ひとつ総括したよね」というのが私の思い。しかし、モータージャーナリズムだけでなくホンダ社内にもあるんだろうな、やっぱり。
とにかく、どこまでも続けなくてはならないという思いが。それがやりたくて、そんなホンダが好きで入社してきた社員も多いはず。同じようにマツダにはロータリーエンジンがあった。
■冷却効率のアップで3.5LV6ターボもパワーアップ!
さて、本題といこう。外見上、タイプSの特徴はフロントマスク。エアロの開口部、特にセンターが拡大されて冷却効率のアップとエアロ整流、特にアンダーボディ(床下)への空気の流れを見直した。この効率をさらにアップするためにリアディフューザー整流版の位置や長さ、そして形状も本格的なイメージ。
冷却効率アップの目的はパワーアップした3.5LV6ツインターボユニットだ。まず、ターボ加給圧を5.6%アップし、インジェクターの燃料噴射流量を25%アップ、インタークーラーの放熱量も15%アップしている。その結果、パワーは+22psの529ps、トルクは+50Nmの600Nmを発生する。
また、フロントのツインモーターユニットを20%ローレシオ化。これによってアクセルON時の駆動のツキを上げる目的だ。ほかにもバッテリー出力(10%アップ)と使用可能容量(20%アップ)の向上によってリアモーターの出力を7psアップ。これらによってシステム最高出力は2020年モデルの581psから610psに、システム最大トルクも646Nmから667Nmに各々アップしている。
■2020年モデルよりもタイプSは明らかにパンチ力あり!
試乗では初めに2020年モデルに乗り、そのあとタイプSのステアリングを握るという比較試乗。タイプSは明らかにアクセル操作に対するピックアップがデジタルで、加速感もスムーズなうえにパンチ力がある。
エンジンサウンドに関しては吸気サウンドを引き出しながらスピーカーを使ったアクティブサウンドコントロールで高回転域のレーシーな音を聞かせている。騒音規制の観点からも、アクティブサウンドコントロールは今後重要な技術である。
このような加速レスポンスの向上に伴い、サスペンションでは磁性流動体ダンパーのプログラミング変更によって伸びを抑えることで、安定性と接地感を出しているとのこと。2020年モデルに比べて明らかに路面のアンギュレーションに対するピッチングやバウンシングが少なく、タイヤが路面に追従していることを実感した。
また、トレッドが前+10mm、後+20mmと広がっているが、これはホイールのインセットを少なくしてフェンダーと面一になるほど外に出している。この方法をとると、ロール軸が下がる方向になるので、重心との距離が長くなりロール剛性を下げることになる。
つまり、スプリングをソフトにしたのと同じ効果がある。バネレートなどは2020年モデルから変化がないとのことなので、路面への追従性はこれによるところが大きいのかもしれない。上下動が抑えられているので乗り心地もよく、ソフトになった分をダンパーで制御しているのだろう。
■コーナーへアプローチする際の安心感が段違い
また、ブレーキの初期タッチに対する減速Gの立ち上がりも早く、これならサーキットでコーナー手前ギリギリまでブレーキングを遅らせることができる。この時のノーズダイブがリニアに発生し、フロント荷重をしっかり保ちながらコーナーにターンインできる。
2020年モデルと比較して明らかに異なるのが、コーナーへアプローチする時の安心感。当日は雨が降ったり止んだりの天候で、ウェットもハーフドライもある路面。濡れた路面でコーナーへターンインすることの不安感がタイプSは少なく、コーナー進入の限界速度をつかみやすい。ステアリングから伝わるフロントタイヤのグリップ感が高いのだ。実はタイヤも2020年モデルのコンチネンタルからピレリに変更されていることも影響しているのかもしれない。
舵がよく効き、コーナー脱出ではトラクションも高く姿勢が乱れない。SH-AWDのチューニングも進化している。ウェット路面だとよく感じ取れる。このリアの落ち着きにはアンダートレイ(床下)の空気の流れによるダウンフォース増大が影響しているという。わずか60km/hレベルでも発生しているのだという。
■結局、ホンダが失ったものとは何か?
お題に戻ろう。ホンダが失ったものは何だろう? まず、S2000がいなくなり、続いてS660、そして今回のNSXだ。いわゆる後輪も駆動するスポーツモデルがなくなる。
つまり、スポーツを謳うための柱を失うことになる。それはつまりハードウェアを失うわけで、これは紛れもない事実。その事実を私はよしとは思わない。
だから失ってはならないのはソフトウェアだろう。製品モデルとしては世に出なくとも、研究開発を怠ることなく、そのソフトウェアを磨き技術を蓄積すること。この先出てくるであろう電動化モデルに期待したいと思う。
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