東京オリンピック開催にあわせて行ったハンガーストライキから1年。ヴィンセント・フィショさん(40)が妻との間で争っていた離婚訴訟の判決が7日、下された。
東京家裁の出した判断は、長男(6)、長女(4)の親権者を彼らと同居する妻とする、従来通りの判決であった。今年に入り、共同親権の法制化の動きが加速していただけに、画期的な判決が期待されていたが、そうはならなかった。
DV訴える妻の主張「完全崩壊」
主文。原告と被告とを離婚する。原告と被告の間の長男および長女の親権者をいずれも母である原告と定める。
東京家裁141号法廷。
裁判長はヴィンセント・フィショさんに判決を言い渡した。傍聴席にはヴィンセントを応援する支援者(主に連れ去り被害者)やフランス大使館職員らも駆けつけており、閉廷後、法廷から出てきた彼らは、一様に残念そうにしていた。一方、妻側は弁護士も含め、反応はなし。と言うのも、原告である彼女たちは、裁判そのものに欠席していたからだ。
判決が出た後で行われた会見で、ヴィンセントさんの代理人、上野晃弁護士はこの裁判について解説した。上野弁護士が強調したのが、裁判所のDVに関し、どう事実認定されるかであった。
『首をつかんで投げ飛ばし、背中を背中を2回蹴りつけた』という奥さんの主張。裁判所はこれを事実として認めませんでした。よって「DVがあったが故に逃げて連れていかざるを得なかった」という奥さんの主張が完全に崩れました。
妻への逮捕状の影響は?
この判決で注目したかったのは、フランス政府が、ヴィンセントさんの妻に出した、逮捕状の影響であった。というのもハンスト終了後、母国フランスの裁判所はヴィンセントさんの妻を国際指名手配していたのだ。
その理由は、「妻が子どもたちを連れ去って男性に会わせないのは略取容疑などに当たる」というものだ。西欧諸国の人と日本人による国際結婚が破綻し、日本人の親が子供を連れて帰国したことで問題になることが多い。しかしヴィンセントさんの妻のように、逮捕状が出て国際指名手配されることは稀だ。
このように国際指名手配されてもなお、夫に子供たちを会わせない妻と、DVの事実はなく「年間半分は妻に子を会わせる」という融和的な提案をしているヴィンセントさん。まったく会わせない妻より、ヴィンセントさんのほうが、親権者として相応しいのではないか。
ところが、裁判所はなぜか妻を親権者にした。
「連れて行った先で2人を育てていて、その子らの監護状況について特段の問題は見られない。だから原告が子どもたちの親権者として適格である」
いわゆる継続性の原則を適用したのだ。
なお、フランス政府から出た逮捕状に関して、裁判所は開きなおった。
「逮捕状は出ているけれども、逮捕はされていない。しかし養育ができているのだから問題ない」と。
その上で、今後の養育について、裁判所は2人に判断を委ねている。
「奥さんがヴィンセントさんと子供たちとの面会を妨害しているのは問題」としながらも、面会交流をするよう働きかけることはせず、「ヴィンセントさんと子供を交流させていくための努力は奥さんがすればいい」としか見解を述べていないのだ。まったく無責任すぎる。
子どもの権利「日本はリスペクトない」
判決についてヴィンセントさんは次の通り、コメントしている。
今日、裁判に負けたのは私だけではなくて、私の2人の子供たちもです。彼らは父親なしに育たなければなりませんし、フランスの市民権も失ってしまいました。195の国で指名手配になっている母親のもとで育たなければなりません。
ヴィンセントさんは、この問題を自分たちのことだけだと捉えていない。もっと俯瞰的な目で捉えている。
100人を超えるフランス人の子供たちが、日本において誘拐被害に遭っていて、私と同じ状態に置かれています。日本にいる100万人以上の子どもたちも同様です。彼らも負けたと考えてもいい。私はそう思います。
さらに彼は、子供の連れ去りについての見解を述べた。
子どもの権利という国際的に保障されたものに対して、日本は何らのリスペクトも払っていない。私は横田めぐみさんの親になったような気持ちになっています。私は自分の残された人生において、子供に会う権利を奪われたまま生きなければならない。
本来ならば、当然あるべき子供を育てる権利や、親に育てられる権利が、同居親の意思や都合によって、侵害されている。こうした状況は、一刻も早く是正されるべきではないか。今後、ヴィンセントさんは上訴するという。
「共同親権」導入議論への影響は?
この判決を受けて、今後、共同親権化の動きとどうリンクしていくのか。それについての見解を上野弁護士に引き続き伺った。
というのも今まさに、法務省の法制審議会や自民党の法務部会でのプロジェクトチームなどで、新しい共同親権に向けた話し合いや議論が行われているのだ。
今年6月、共同親権の法制化が一気に現実化した。先月には、「法務省は、家族法制の見直しを議論している法制審議会(法相の諮問機関)の部会に、離婚した父母双方を親権者にできる「離婚後の共同親権」の導入を提案する方針を固め、民法改正の中間試案を8月をめどに取りまとめる」(毎日新聞6月20日)という報道があった。
翌21日、自民党法務部会「家族法制のあり方検討プロジェクトチーム」が家族法制のあり方について提言をまとめ、古川法務大臣に申し入れをした。法制審の選択的共同親権案と自民党法務部会の原則共同親権案は対称的なものだ。そのように、親権の制度設計を巡り、法務省と自民党法務部会がぶつかりあっている中、下されたのが今回の判決であったのだ。
上野弁護士はいう。
法務省の法制審議会と自民党の案とがある意味ガチンコで意見の対立が見られています。法務省の法制審は、連れ去りを今後も子供の連れ去りを、いわゆる子連れ別居として許容していこうという、そういう考え方のもとで、今、議論を方向づけていこうという状態なんです。この法務省の方向づけとこの裁判所の判決は見事に足並みを揃えたものでした。
この判決の中身を、自民党のプロジェクトチームに報告します。裁判所がこういう宣言をしたということを。法制審の横暴を禁止する立法が必要です。