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この連載の目的は、今世界で起きている国際問題を、国際政治学の理論やフレームワークで説明することである。理論やフレームワークは、今起きている国際問題の複雑な情報を構造化し、論理的に思考する一助となる。第4回は、バイデン大統領や安倍元首相の発言で注目されている台湾を取り上げる。

バイデン氏(Skidmore /flickr)、台湾大統領府サイト

台湾を巡る日米トップの発言

安倍元首相は4月に、アメリカは「戦略的曖昧さ」政策を放棄し、中国の侵略から台湾を守ることを明確にする時期に来ていると、アメリカの新聞やシンクタンクに論考を発表した。アメリカが揺るぎない軍事的優位を保ち、中国が軍事力でアメリカを大きく引き離していた時代には、「戦略的曖昧さ」は極めて有効に機能したが、もはやそうではなくなっていると主張している。また、岸田首相も台湾を念頭に「ウクライナはあすの東アジアかもしれない」と発言しており、中国外務省は「日本は台湾問題でとやかく言う資格はない」と激しく反発している。

さらに日米首脳会談後の岸田首相との共同記者会見で、バイデン大統領は、中国が台湾を武力で奪おうとした場合、アメリカは介入するのかと問われ、「そうだ、それが我々の約束だ」と答えた。記者会見後、ホワイトハウスの高官はバイデン氏の発言について「我々の台湾政策に変更はない」と説明したが、バイデン氏は昨年の8月と10月にもアメリカは台湾防衛の義務があると発言している。

米中それぞれの台湾の位置づけ

アメリカにとって、台湾はインド太平洋地域における重要なパートナーである。 台湾とは外交関係を結んでいないが、非公式な関係を構築している。アメリカは長年にわたり、中国政府は一つであるという中国の立場を外交的に認める「一つの中国」政策をとっている。

一方で中国は、「祖国の完全統一という歴史的課題は必ず果たされなければならないし、必ず果たされるだろう」という主張を繰り返している。中国が台湾に対して行っている軍事的威圧や台湾との外交関係を維持しようとする国々への経済的威圧を考えると、習近平率いる中国は、現状維持以上の状況を求めているのは明らかである。

「戦略的曖昧さ」と「戦略的明確さ」

avdeev007/iStock

台湾に対する中国の武力侵攻を抑止するアメリカの政策のフレームワークとして、「戦略的曖昧さ」と「戦略的明確さ」がある。アメリカが台湾有事の際に、どのように対処するかを曖昧にすることを「戦略的曖昧さ」、明確にすることを「戦略的明確さ」と呼んでいる。

アメリカの「戦略的曖昧さ」は、中国と台湾の両者の現状維持行動への抑止を意図している。まず、中国の指導者が、台湾攻撃時の米軍介入の範囲と規模がわからない場合、最悪のケースを想定するため、それが紛争を抑止することになる。また、台湾が独立を宣言した場合も同様で、アメリカがどの程度支援するのかが不明であれば、台湾の独立への動きは抑止される。そして、台湾の独立が抑止されれば、中国も武力行使をしづらくなる。

他方で、「戦略的明確さ」を支持するグループは、「戦略的曖昧さ」では、自己主張が強く、リスクを許容し、能力を高めつつある中国を抑止することはできないと主張する。戦争のリスクを減らす最善の方法は、アメリカが台湾への攻撃に対して、厳しい経済制裁や軍事力を含むあらゆる手段を用いて対応することを中国に明示することで、抑止力を高める狙いがある。

しかし、ハーバード大学と国立台湾大学による世論調査によると、「戦略的明確さ」をアメリカが台湾に約束した場合、台湾の独立を求める意思も強くなると判明している。つまり「戦略的明確さ」により、台湾の独立への機運が強まると、それを理由に中国が武力行使を開始するというリスクもある。この他にも、米国の「戦略的明確さ」への移行は、中国の指導者に、米国が体制を整えるまで時間が限られているため、今すぐ台湾を奪取しなければならないという認識を植え付けることにもなるだろう。

「戦略的明確さ」に舵切るアメリカ

アメリカは「戦略的曖昧さ」の維持を公言しつつ、「戦略的明確さ」を追求する政策を実行している。例えば、5月26日にブリンケン国務長官は、対中政策の演説之中で、アメリカと台湾は「力強い非公式関係」のみで充分であり、台湾政策に変更はないと強調した。他方で、アメリカ政府は、2021年に台湾政府関係者と米国政府関係者のやり取りに関する制限をほぼ全て撤廃するガイドラインを発表している。例えば、台湾軍将校が米政府高官との会談で軍服を着用し、台湾国旗を掲揚することも認められるようになった。

このような「戦略的曖昧さ」と「戦略的明確さ」の相反する政策の同時実行は、「戦略的曖昧さ」から「戦略的明確さ」への移行期に、中国への抑止力を高めようとする合理的な行動であるように見える。つまり、アメリカは中国の膨張する脅威や同盟国からの「戦略的明確さ」を求める声を考慮して、「戦略的明確さ」に舵を切ろうとしている。しかし「戦略的明確さ」を宣言するためには、西太平洋におけるアメリカの中国に対する軍事的優位性や、宣言しても当面は台湾が独立を試みないといった条件が満たされなければならない

現在、アメリカはインド太平洋重視の外交政策を進め、同盟国と共同作戦を行う能力を高めている最中であるが、軍事バランス的にまだ充分ではないと判断しているのだろう。今後中国よりも西太平洋における自国及び同盟国の軍事力が上回ったという確信を持てば、「戦略的明確さ」を宣言する可能性がある。

IPEF設立に向けたオンライン会合で記念撮影に応じるバイデン大統領、岸田首相、インド・モディ首相の3首脳(写真:ロイター/アフロ)

どの戦略採るにも結局は…

中国がインド太平洋地域での覇権を確立すべく、軍事的・経済的な活動を活発化させる中で、中国による台湾の武力統一を防ぐことができるかは、未だかつてないほど重大な地域の安全保障課題になりつつある。

「戦略的曖昧さ」及び「戦略的明確さ」にはそれぞれの抑止の論理があり、どちらかが絶対に最善の結果を約束しているわけではない。だが、どちらの戦略を採るにしても、重要な論点は中国による台湾の武力再統一を阻止できるかということだ。

米国が「戦略的明確さ」を宣言するためには、米国の西太平洋における軍事力のみならず、台湾有事の際の日本の後方支援能力も充分に確保されなければならない。米国の政策変更は日本の安全保障政策にも大きな影響を与えるだろう。