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 2022年6月13~17日にかけて、世界最大級の防衛・安全保障展示会「ユーロサトリ2022」がフランス・パリで開催されました。本稿ではそのユーロサトリ2022を取材して「世界の紛争地でトヨタ車が多く活躍する理由があらためてよくわかりました」と語る、元陸上自衛隊員の安全保障ジャーナリスト、照井資規氏にレポートをお願いしました。

文、写真/照井資規(元陸上自衛官)、TOYOTA

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国際情勢や戦争の「回答」が得られる国際展示会

「我々には日本のトヨタと、コマツと、義肢が必要であることを伝えてほしい」。

 上記は、筆者が世界最大規模の航空陸上防衛国際展示会「Eurosatory2022(ユーロサトリ)」を取材中に、幾名ものロシア・ウクライナ戦争に関わる軍の関係者から要望されたことだ。

「Eurosatory(ユーロサトリ)」は2年に1度、6月にフランス共和国のパリ・ノール・ヴィルパント展示場にて開かれる屋内・屋外に渡る展示会で、筆者は2014年から毎年訪れており、2016年以降は認定ジャーナリストを務めている。

 2020年はコロナ禍により開催されなかったため、今回は4年ぶりの開催だ。4年も経てば平時ですら戦争の様相が変わる。後追いではなく先んじて変化を捉えるために、今、Eurosatoryを見ておくことは極めて重要だ。

エジプト「イーグル」社が架装した車両

 Eurosatory2018までは、上記写真のようなトヨタ自動車のランドクルーザーの車体をベースにした装甲車両、戦闘車両の(部品でなく車両そのものの)展示が目立ったが、2022は、ベンツなどが民間に普及している車両を装甲車化する提案や、足回りだけを展示する大きな変化が見られた。

ベンツの展示(写真左)とトルコCUKUROVA社の展示(同右)

 これらは世界がトヨタに求めたことのあとを追うもので、特に熱心なのはトルコだ。また、2022からはコマツの建設機械や、日本製義肢について、展示企業や軍の関係者から訊かれるようになった。これは実際に戦争を経験することで必要になったからだ。

 平和な状態では矛盾は目立たないが故に、必要のないところに巨額の予算を費やしたり、科学を捻じ曲げて伝えることで新たな市場を作り、利潤を追求することもできる。しかし、実際に戦ってみればすべてに明確な回答が出るもので、これがために「戦争をしてはならない」と思っていても、人類は戦争をやめることができない。

 Eurosatory2022の取材で得られたものは、問題解決の「解答」ではなく、疑問に対して判明した「回答」だ。2022がこれまでと決定的に違うのは、実際に戦って判明した「回答の展示会」であるということ。出展企業の売り込み熱心な「誇張」は目立ったものの、平時の展示で散見される「現実との乖離」はむしろ少なく、実態に則したものだった。

「戦争と自動車」トヨタから世界が得た回答

 世界の紛争地帯や先進国以外の軍隊や警察では、まるで制式装備であるかのように、ランドクルーザーなどのトヨタ社製車体を改造した特殊車両をよく目にする。

 筆者は2017年から2019年にかけて、JICAの海外安全・救命教育や日本企業進出のための安全調査などで、中央アジア、東南アジア、南米、アフリカ大陸の発展途上国14か国をまわったが、どこに行っても日本人(の安全保障関係者)とわかれば「I love TOYOTA!」と声をかけられた。

フランスBSE Ambulances社 展示ブースにて掲示されていたもの

 上記写真はEurosatory2022のフランスの出展企業が掲示していたものだが、リベリアでは似たような改造を施されたランドクルーザーが国連、赤十字、現地の病院、UNHCRのいずれでも運用されていたほどだ。

装甲車、戦闘車の「壊れる部分」「壊れない部分」

 トヨタのクルマは故障が少ない。そのいっぽうで、軍隊での使用は平時の使用ではあり得ないほどの酷使であり、爆弾の破片、銃弾により壊れることが前提である。そのため(「故障が少ない」という前提条件をクリアしてなお)、

1/壊れても短時間で直せること
2/部品の供給が途絶えないこと
3/整備士の養成を最少で済ませられること

が求められる。

 こうした条件で、ランドクルーザーが最適となる。

 意外に思われるかもしれないが、軍隊にとっての車体の壊れる部分とは、エンジン、車輪など「駆動系」と「足回り」のことだ。シャシーの上に載っている「車体」のことではない。装甲化された車体が戦闘以外で壊れることは滅多にないし、砲弾などで車体が破壊された時は、乗員も含めて車両そのものが失われた時だ。このため、先進国以外の軍隊では、民間に広く流通しているRV車に防弾坂を取り付けたほうが、修理もしやすくランニングコストも最少で済み、国内のどの整備工場に持ち込んでも直すことができる。

 専門の整備士を育成する必要もないことは、戦闘員以外の人員を養わなくて済むため、軍隊としても大助かりだ。

 ならば、ということで、冒頭のエジプト、イーグル社のように、トヨタ自動車から足回りだけを売ってもらい、自前で製造した装甲化した車体を載せて軍隊に納品するビジネスが生まれる。

 軍隊とは本来「自己完結の組織」である。修理も整備も自前でできるべきである。これまでは、そうした顧客の特性に応じて、企業は「特別な車体」を売り、「特別な部品供給」で継続した利益をあげ、ハイテク化に伴う教育と整備まで請け負ってきた。アメリカの軍需産業では特に顕著だ。

 しかし近年では、トヨタの民用車体を使うという真逆の発想が先進国の軍隊にまで受け入れられ、ベンツまで追随するようになった。

 民間に流通している車両であれば、軍隊が新たに操縦手や整備士を専用に養成する必要がない。交換部品が多く流通していれば、軍として備蓄や保管する必要も少なく、専用の整備工場を建設せずにすむため、戦い続けるうえでも便利だ。

装甲車、戦闘車は化石燃料でなければ運用できない

 Eurosatory2022では、EV(電気自動車)の展示は皆無に等しかった。戦場にはEV車を運用できる環境などないからだ。戦闘部隊の車両すべてをEVとした場合、作戦地域に発電所を建設することになるが、そんなことはとてもできないし、発電所が破壊されればEV車は短時間のうちに動かなくなる。

 また「戦い続ける面」でも、大量の畜電池の供給に依存するEV車は不適切だ。先進国の軍隊に内燃機関とモーターを組み合わせたハイブリッドの軍用車両化の傾向が見られる程度で、それ以外はすべて化石燃料で動く車両だ。

 この点で言えば、日本政府の経済・財政運営の指針「骨太の方針」にある「2035年までに新車販売で電動車100%」という記述に、自動車業界トップの豊田章男社長(自工会会長)が圧力をかけてこの記述を「いわゆる電動車」とし、EV、FCV(燃料電池自動車)だけでなく、PHV(プラグインハイブリッド自動車)及びHV(ハイブリッド自動車)を含ませたのは、国土防衛の観点から「大正解」といえる。

 国内の自動車の大半をEVとしてしまっては、戦闘車両が動かないばかりか大規模自然災害への対応力まで低下してしまう。

「戦争と建設機械」コマツから世界が得た回答

 世界の紛争地で活躍する日本製品に、トヨタと並んで建設機械の小松製作所(コマツ)がある。トヨタもコマツも、自衛隊の装甲車両の主要メーカーではないが、紛争地とそれに関係する諸外国では両メーカー製品は圧倒的な人気を誇っている。

 コマツはかつて96式装輪装甲車やLAV(軽装甲機動車)など自衛隊の特殊車両の開発・製造を手がけてきたが、現在は生産の継続と保守のみである。ところが、これまで述べてきたように世界中ではトヨタ自動車の足回りは装甲車に用いられ、建設機械ではコマツが大人気である。これはなぜか。

ラインメタル社の軍用建設機械

 戦争になれば大量の土木工事とそれに伴う建設機械が必要になる。塹壕を掘るのはもちろんのこと、防護力強化のために戦車ですら車体を地面に掘った穴の中に入れる。

 ロシアによる侵攻が開始されてからは戦術核兵器(中性子爆弾)の使用が危惧され、戦場において地面を掘ることがますます重要になった。これまでの原子爆弾、水素爆弾であれば戦車や装甲車はそれなりに防護力を発揮するが、中性子線をそれらの装甲では防護できない。

 中性子線の遮蔽には水分を含んだ大量の土が必要となるため、地面に穴を掘って埋めて防護するのだ。

 コマツの世界的な大成功は、政情不安定の国にも土木工事用の建設機械をリースできるようにしたことにある。海外ユーザーからのリース料金が支払われない時は、リモートコントロールによって建設機械を動かなくしてしまう。この方法により、発展途上国や紛争地帯での土木工事用のハイテク建設機械導入ハードルが大いに引き下げられた。

 軍用の土木・建設機械といっても、民間のものに装甲板を取り付けたり遠隔操作できるようにする程度の改造を施したものだ。まずは土木・建設機械を持たないことには土俵にすら立てない。世界にとってコマツはそのことを実感させてくれたのだ。

(この項、続きます。明日公開予定)

筆者:照井資規
 1995年HTB(北海道テレビ放送)にて報道番組制作に携わり、阪神淡路大震災、地下鉄サリン事件、函館ハイジャック事件を現場取材の視点から見続ける。
同年陸上自衛隊に入隊、陸曹まで普通科隊員として対戦車戦闘に精通、師団指揮システム陸曹となり自衛隊内のネットワーク整備に関わる。幹部任官時に衛生科に職種変更。岩手駐屯地勤務時に衛生小隊長として発災直後から災害派遣に従事、救助活動、医療支援の指揮を執る。陸上自衛隊富士学校普通科部と衛生学校の両方で研究員を務めた唯一の幹部であるため、現代戦闘と戦傷病医療に精通する。2015年退官後、一般社団法人アジア事態対処医療協議会(TACMEDA:タックメダ)を立ちあげ、医療従事者にはテロ対策・有事医療・集団災害医学について教育、自衛官や警察官には世界最新の戦闘外傷救護・技術を伝えている。一般人向けには心肺停止から致命的大出血までを含めた総合的救命教育を提供し、高齢者の救命教育にも力を入れている。教育活動は国内のみならず世界中に及ぶ。

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