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自称果樹園の誕生と、その住人たち

 そんなわけで、すぐに不要な緑がはびこる土地をどう料理するかという問題が残った。家族は、ログハウスを建てて仕事部屋にすれば?とそそのかしたが、そんな空間を持ったら、ますます仕事に手がつかなくなる。たぶん、1日中、酒を片手に緑を眺めているだろう。夏になったら、野生化したハーブを摘んでモヒートを拵えるだろうし、冬にはわざと窓を開けてホットバターラムに目を細めるはずだ(笑)。まさに世捨て人。あぶない…あぶない。

 そこで、果樹を植えることになった。多少の雑草も目をつぶることができて、野菜のように頻繁に手入れする必要もない。近くの梨園の主人によれば、むしろ下草を伸ばして、夏の厳しい日差しから根を守り、乾燥を防ぐこともあるという。願ったりかなったりではないか。
 実は、それまでも敷地の端に植えた柿や梅が、収穫の感動や、新鮮な果実を味わう悦びを与えてくれた。だから、さらに種類を増やせば季節ごとに異なった実りをもたらし、いろいろな甘みや酸味、香りや渋みを楽しませてくれるだろうと、ほくそ笑んだのである。作業が楽になるは、季節ごとに安全なフルーツが手に入るは……やらない手はない。

 植えるのは、手当たり次第の思いつきだった。花屋やホームセンターで、“おおっ!”と思ったら連れて帰る。これが実ったら楽しいだろうなぁ…枝からもいで食べてみたいなぁ…動機は単純なものだった。
 育てやすいか、手入れはどうするか…専門誌で調べることも、誰かに尋ねることもせず、黙って苗を抱え、キャッシャーに運び、クルマに積み込んだ。こういう時、ステーションワゴンは強い味方だった。野菜と違って、果樹の苗はそこそこ大きいものもある。その頃には、シトロエンからメルセデスのEクラスに変わっていて、全長は少し短くなったけれど、やはり収納スペースは広大で、苗の向きや角度を気にせず、ひょいひょい載せられたし、荷室の床面が低いから降ろすのも楽だった。とはいえ、そんな相棒でも、1度だけ辛い想いをさせたことがあって、それは場を改めて振り返ろうと思う。

肥料や腐葉土の2,3袋は朝飯前。農協の倉庫に横づけして、フォークリフトで、農家用の大袋をいくつも運んでもらったことも…(笑)
長尺モノを呑み込んでくれるのも助かった。これはかなり長い農業用シートで、寸法を考えず買ってしまったが、なんとか収めてくれた

 そして、電動の下草刈り機や大量の肥料、枝の支柱、収穫のための籠、作業の合間にひと休みするフォールディングチェア…XMがそうだったように、何でも呑みこんでくれた。敷地の脇に停めてリヤゲートを上げておくと、なんでも任せろよ…と笑っているようで、このクルマがパートナーであることに改めて感謝した。

 ひとつだけ気をつけたのは、育った時の姿を思い浮かべて植えることだ。野菜と違って、何年もの間、成長を続ける。もちろん剪定はするものの、幹を伸ばし、枝を広げ、葉が茂った時の状態を考えておかないと、畑の中の動線が悪くなったり、密集して病害なども出やすくなったりする。手のひらに乗るような苗が数年後に背丈をはるかに超え、その陰で昼寝ができるほどの繁茂を見せることも珍しくはない。野菜も満足に育てられない輩が、そんなことを気にかけるのは、マンション住まいの頃、後先考えず庭に樹木を植えて往生したからだ。

 そんなわけで、気がつけば、柚子、イチジク、プラム、ブルーベリー、花柚、温州ミカン、レモン、オリーブ、月桂樹、さくらんぼ、花梨、梅、柿…と賑やかになっていた。敷地の真ん中あたりが空いていたので、業者に頼んで棚を作り、そこにはゴールドキウイを伸ばすことにした。ブドウも考えたけれど、以前自宅にブドウ棚を作ったら、毛虫だらけになってひどい目に遭ったのを思い出した。

 そうそう…あとひとつ。野菜の頃と同じく農薬は可能な限り使わない。可能な限り…というのは、その年の天候によって突然害虫がとんでもない増え方をすることがあるからだ。放っておくと木があっという間に丸坊主になってしまうこともあるので、そんな時は最小限施した。とはいえ、普段は、賑やかな野鳥たちやカマキリが毛虫相手にいい仕事をしてくれたり、テントウムシやトカゲがこまめに見張ってくれたりして、害虫の類を適度に抑えてくれる。この“適度”というのが見事なもので、害虫といえども全滅にはしない。生き物のバランスを保つためのシステムにというのは実によくできている。農薬を使うと、味方である彼らの存在さえ危うくしてしまうし、果実を口にする私たちにもいいことはない。

葉の陰で獲物を待つ、果樹園のゴルゴ13。いい仕事してくれます
アブラムシの幼虫を食べるテントウムシの仲間もここで生まれ、ここで育つ

 おかげで、夏にはセミがうるさいほどで、樹液にはカナブンやコクワガタが集まり、足元をアオダイショウも通り過ぎる。そして、冬に葉が落ちるとあちらこちらにカマキリの卵が現れ、こんな住宅地でもモズのはやにえを見ることができる。

夏の朝、あちらこちらでセミの抜け殻を目にする。賑やかな夏は彼らのおかげ
時には、いちじくの実をヤツらに先取りされちゃうんだけど、それも果実が安全な証拠なので、まぁいいか…(笑)
いろいろな果樹を植えたので生き物が寄ってくるようになったけれど、いちじくを好む昆虫は特に多い。クワガタの仲間はしょっちゅう遊びにくる、大きくなったゴールドキウイの陰にニイニイゼミが…
はやにえ。野鳥のモズの習性で、捕まえた獲物を木の枝などに刺しておく。これはコオロギ

 だが、始めてみると、果樹もうまくいかないことが多かった。自宅の手入れを頼んでいる庭師に、15年ほどかけた柚子を庭から移植してもらったのに、2年も経たずに枯れてしまったし、ブルーベリーは何度植えてもすぐに弱った。隣接する土地の所有者が強い除草剤を境界付近に撒いたために、美味しい実をたくさんもたらしてくれたプラムがあっという間に立ち枯れたこともある。

 苗がなかなか成長せず、徐々に元気がなくなって枯れてしまったり、花が咲くのに実らなかったり…そんなことは珍しくなかった。一方で、枯れてしまったのに、同じ種類の別の苗をもう1度植えると見事な成長を見せることもあって、そのあたりは素人に不可解だった。
 私たちと同じで個体差ってやつなのかもしれないが、そんなことを繰り返していると、苗代もバカにならない。しかし、所詮遊びであり、余暇の手慰めなのだから採算云々は気にしなかった。楽しいか、楽しくないか…嬉しくなるか、ならないか…それだけだ。
 こうして果樹との四季が始まったわけだけれど、こっちは「長」が付くぐうたらで、胸を張って果樹園と呼べるような代物ではないから、その前に“自称”を付けることにした。(笑)。

【筆者の紹介】
三浦 修
BXやXMのワゴンを乗り継いで、現在はEクラスのワゴンをパートナーに、晴耕雨読なぐうたら生活。月刊誌編集長を経て、編集執筆や企画で糊口をしのぐ典型的活字中毒者。

【ひねもすのたりワゴン生活】
旅、キャンプ、釣り、果樹園…相棒のステーションワゴンとのんびり暮らすあれやこれやを綴ったエッセイ。