MORIZO(モリゾー)こと豊田章男社長、そして元WRCドライバーでもあるヤリ-マティ・ラトバラ(現WRT代表)の参戦が話題になった、今年のトヨタのS耐富士24時間(ENEOS スーパー耐久シリーズ2022 Powered by Hankook第2戦『NAPAC 富士 SUPER TEC 24時間レース』)参戦。32号車ORC ROOKIE GR Corolla H2 concept(佐々木雅弘/MORIZO/石浦宏明/小倉康宏/ヤリ-マティ・ラトバラ/勝田範彦)は、クラス6位、総合52位でフィニッシュすることになったが、その順位以上に今回注目されたのが、2年目の水素エンジンの進化と今後の開発に関するトヨタの発表内容だった。
まずは今年の32号車GRカローラだが、昨年と比べてパフォーマンスの面では富士スピードウェイの予選で最速タイムが1分58秒台と、昨年よりも約5秒速くなり、周回数も昨年の358周から今年は478周と周回数を大きく伸ばすことになった。タイムアップの要因として一番大きいのが水素エンジンの進化で、出力としては昨年から20パーセント、トルクは30パーセント向上してるとのこと。先日発表された今秋に予約限定発売を予定しているGRカローラ・モリゾウエディションのガソリンエンジン、最高出力224kW(304PS)/6500pm、最大トルク400Nm(40.8kgf・m)/3250~4600rpmと同等のパフォーマンスだという。
昨年のクルマとの車重の違いなどは明らかにされなかったが、空力面や足回りでもレーシング車両としての進化も見逃せない。新型GRカローラの開発チーフエンジニアでもあり、32号車の開発を務めるGR車両開発部主査の坂本尚之氏が、今回のマシンの進化について話す。
「クルマとしては去年1年間、開発し続けてきた出力アップ、トルクアップがしっかり結果に出てきた。出力を上げつつ周回数を稼ぐということができて、これまで取り組んできたことが確認できて非常にうれしく思っています」
「クルマのエクステリア(外観)の面では新型GRカローラのパーツを今回結構、投入してきています。当然、レーシングカー用に改造してるところはあるのですけど、具体的にはフロントバンパー、リヤバンパーにフロントフェンダー、ボンネットフードも変わりました。リヤドアに付いているオーバーフェンダー、そしてそこに付いているモールもGRカローラのものをベースに作ってます」
坂本エンジニアの話にあるように、大きく外観を変えることになった今回の32号車。昨年に比べて車重も10kg以上は軽くなっているという。これまではあくまで市販車のカローラスポーツをベースにレーシング用にオーバーフェンダーにした部分があり、空力的には良くない部分も多かったというが、GRカローラベースになったことで、空力面で大きく改善されたという。
「今回のクルマは(量産の)GRカローラよりもワイドなのですが、空力面でのつながり、空気の流れが良くなっているので、コーナリングの安定性を変えずにトップスピードで7km/hぐらいの効果がありました。去年の最高足は210km/h前後で、スリップに入ると213km/hでしたが、今年は練習走行で223km/hの最高速が出ていました。風向きの影響もあるので単純に10km/hアップしたわけではないですけど、今年はエンジンと空力の面で7km/hぐらいは速くなったと思っています」
市販車のGRカローラの構想段階から4年にわたって開発に関わり、水素エンジンのレーシングカーでもステアリングを握るスーパーGTでお馴染みの石浦宏明も、2年目の水素エンジンのパフォーマンス、そしてレーシングカーとしての進化を実感している。
「もうピットから出て行く加速の段階で、去年との違いを感じています。それに、たとえばギア比も去年のままだとレブリミットに当たってしまうのでシフトアップしなきゃいけなくなって、それだったらレブリミット自体を上げちゃおうみたいな(苦笑)。回転数も去年よりも多く回しています。それでも壊れないですし水素エンジン自体、トルクがすごくあるので、あまりシフト回数も多くなくて済みます。3〜6速で1周を走れるので、もう去年と全然走り方は違いますね」
「去年はどちらかというと楽しくは走れるけども、ストレートとかラップタイムでいうと、若干ST5クラス(ヤリス、ヴィッツ、FITやデミオなど排気量1500cc以下クラス)よりちょっと遅いぐらいで、走っていても『クルマも重くてちょっと辛いなあ』みたいな感じだったのですけど、今年は出力が上がったのでクルマの重さをあまり感じなくなりましたね。やはり富士で1周2分を切ってくると、レーシングカーという感覚になってきますよね」と、昨年との違いを話す。
実際、今回の富士スピードウェイのトヨタ交通安全センター、通称『モビリタ』のフラットコースでメディア向けに、水素エンジンのGRヤリス試作車『GRヤリスH2』を試乗する機会があったが、たしかに低回転域のトルクは太く、大きなバッテリーを搭載するEV車(電気自動車)のような重さを感じることはまったくなかった。
そしてやはり、内燃エンジンを使用したサウンドはガソリン車とほとんど変わらず、引き続きワクワク感や興奮感が味わえたのはうれしい限り。まだレーシング用のエンジン仕様とのことでパーシャル時の安定性が不安定だったが、市販化にあたってはそのあたりの燃焼技術、そして制御面は問題なく解決するだろう。なにより、既存の内燃エンジン技術を使用することができることは、これまでの日本のエンジン技術の優位性をキープすることにもつながり、世界的に強力な競争力となる。
とはいえ、気になる今後の水素エンジン車の市販化、量産化に当たっては、予選後に開催された会見でGAZOO Racing Company President 佐藤恒治氏が「現在は富士登山でたとえると4合目あたり」と話したように、実際にはまだまだ課題は多く、先は長い。
●トヨタが発表した市販化に向けてのロードマップ(パワートレイン)
1合目 燃焼開発、要素技術開発
2合目 性能開発、機会信頼性課題出し
3合目 燃費開発
4合目 排気開発
5合目 機能信頼性
6合目 タンク小型化
●ロードマップ(車両パッケージ)
7合目 実証評価
8合目 ドライバビリティ作り込み
9合目 NV(Noise・Vibration/振動・騒音)作り込み
今回、このなかで注目されるのは、パワートレイン面での最終段階にあたるロードマップの6合目にあたる『タンク小型化』で、これまでの圧縮気体水素に変わって液体水素を導入する意向を明らかにしたこと。
宇宙ロケットにも使用される液体水素は、摂氏マイナス235度まで冷却することで体積を気体の800分の1まで圧縮することができる。タンクの小型化、航続距離の延長という実用的な市販化への大きな鍵を握ることになることは間違いない。だが、常に車体にある液体水素をマイナス235度にキープする必要があり、密閉性に加え使用する部品も金属だけでなく、特殊な樹脂パーツの開発が必要になるなど現状からのブレイクスルーには多くの課題があり、トヨタは技術的な開発パートーナーの協力を広く求めている。
●トヨタの車載用液体水素システムのイメージ動画(外部リンク)
そして、市販化にあたってはパフォーマンスと安全性といった技術的な側面だけでなく、街中での給水素ができる環境作り、そして車検や整備など関連作業の法整備、そして『水素は爆発するから危険』というイメージを払拭することが必要になる。2年めのスーパー耐富士24時間で水素エンジン車は、たしかな進化と可能性をアピールする走りを見せた。そして、『走る実験室』といわれるモータースポーツで今後導入されるであろう、液体水素車での安全性とその走りも引き続き見守って行きたい。