開幕した「世界水泳ブタペスト2022」。日本からは、2021年の東京五輪で2冠を達成した大橋悠依をはじめ、本多灯、瀬戸大也ら18名の選手が出場する。
なかでも注目は、代表最年長の入江陵介(32歳)。実に7度目となる世界水泳でどんな泳ぎを見せてくれるのか、期待が高まる。
そんな入江に大会開幕前、リオ五輪金メダリスト・萩野公介がインタビュー。数々の栄光と挫折を経て、今なお彼が「泳ぎ続ける理由」に迫った。
◆「今も忘れられない」10年前の“ベストレース”
萩野:「自分と入江さんが初めてお会いした時のこと、入江さん覚えていますか?」
入江:「初めて会った時はイメージがないけど、めちゃくちゃ覚えているのは、2012年のロンドン五輪で一緒に代表に入って、萩野が高校生でメダルを獲った時のインパクト。部屋のグループも一緒だったし、それが一番記憶にあるかな」
選手村で同部屋だったという2012年のロンドン五輪。
当時高校3年生の萩野は、400m個人メドレーで日本男子として史上初のメダルを獲得。一方、当時22歳の入江は200m背泳ぎと男子メドレーリレーで銀、100m背泳ぎで銅メダルを獲得した。
萩野:「やっぱり日本代表の中で一番の思い出は、男子メドレーリレー。観客席から見ていたので、今も鳥肌が立つぐらい、今までで見たレースの中で一番感動しました。泳いでいる側としてはどうでしたか?」
入江:「確かに自分の中でもベストレースを選ぶとしたら、個人種目よりもやっぱりロンドン五輪の男子400mメドレーリレー。表彰台や終わった後の瞬間が今も忘れられない」
競泳最終日に行われた男子400mメドレーリレー決勝。萩野も客席から見守った。
1泳の入江は、得意の後半で一気にスパートをかける。メダルを獲得した個人種目のタイムを上回り2位で北島康介につなぐと、3泳の松田丈志、アンカーの藤井拓郎が踏ん張り、過去最高成績となる銀メダルを獲得した。
入江:「すべてを記憶しているし、レース前の僕以外の3人の選手の表情も鮮明に覚えている。タッチして銀メダルが決まった後に観客席を見たら、観客たちが飛び跳ねていて、選手やコーチ、スタッフの人たちがよろこんでいるのを見て、自分自身“チーム”というものを初めて感じた瞬間だったんじゃないかな」
◆「自分自身のためだけだったら辞めている」
ロンドン五輪で3つのメダルを獲得し、名実ともに日本のエースとなった入江。しかしその後は、世界の表彰台から遠ざかる。
リオ五輪では100m背泳ぎで7位、200m背泳ぎで8位に。レース後、「正直もう自分は賞味期限切れた人間なのかな」と自らの限界を口にし、引退も考えた。
萩野:「泳ぐことに対する考え方が少しずつ変わっていったと思うんですけど、どうですか?」
入江:「やっぱり昔のほうが純粋に楽しんでいたと思う。もう歳も歳だし、引退を常に意識する部分はある。若い時は4年後のオリンピックに向けてどうしていくか考えていたけれど、歳を重ねるごとにそこまで先を見られないというか」
葛藤を抱えながらも、2021年、4度目のオリンピック出場を果たした入江。
大混戦となった男子400mメドレーリレー決勝では、3年ぶりに日本記録を更新し6位に。大会後、引退を発表した萩野とは対照的に現役続行を決断した。ここに“分岐点”があった。
萩野:「自分は東京五輪で引退という決断をしましたが、入江さんは泳ぐ決断をされました。その理由は何ですか?」
入江:「(東京五輪は)本当に大きな区切りにできた大会だった。でもメドレーリレーはメダルまであと1秒もないぐらいで、後輩たちからしっかりメダルを取りたいという思いを聞いたりして、彼らに伝えるものがあるだけ伝えていきたいと思った」
萩野:「やはりそれが今の入江さんが泳ぐ意味につながっているんですか?」
入江:「もう今は自分自身のためだけではない。自分自身のためだけだったらとうに辞めている。
いろいろな経験をして、いろいろなどん底も味わって、悩みや調子が悪いとかすべて1周している自分がいる。だからこそ心に余裕があるし、結果だけを求めないし、周りを見られるようになったと思う。失敗や大変なことがあってよかったなと思わない?」
萩野:「僕も本当にそう思います」
入江:「どん底というか、本当に競泳が嫌いになるぐらいまでやったからこそ、戻ってきた時に一歩違うところから競泳を見えるようになった。心のスペースができたのかな」
◆「楽しむことを忘れないでいたい」
さまざまな経験を経て、新たな境地にたどりついた入江。
今シーズンはウエイトトレーニングに力を入れ、肉体的にも進化。100mに専念して臨んだ 4月の日本選手権では、決勝で今シーズンの世界最速タイムをマークした。(大会時点)
そして、ついに7度目となる世界水泳に挑む。
入江:「久しぶりの世界大会で、東京五輪の時よりも今のタイムはいいので、すごくワクワクしている」
萩野:「そういうワクワクした入江さんが世界のトップの選手たちと競い合う姿を見るのが、いちファンとしてものすごく楽しみです」
入江:「いやぁ、うれしい。レース前になったらきっと不安とかいろいろなことが押し寄せてくるけれど、やっぱり何よりも楽しむことを忘れないでいたいと思います」