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<p>所信演説の現場から:昼は大学、夜はキャバクラ「期待するだけ無駄」格差に苦しむ女性 | 毎日新聞</p><p>昼は大学、夜はキャバクラ…「親ガチャ腑に落ちた」 「生活保護世帯が大学進学するには世帯抜けないとダメなの、この世のバグなんよな」 過労で倒れた女性のツイートは多くの反響を呼びました。女性に会って詳しく話を聞きました。</p><p>「親ガチャ」という言葉がある。カプセル入りの玩具「ガチャガチャ」や、中身がランダムで決まるオンラインゲームのアイテムのように、子は親を選べず、家庭環境次第で人生が決まってしまう――。そんな意味を持ち、インターネットを中心に広がる。岸田文雄首相は就任直後の所信表明演説で「格差やそれがもたらす分断が大</p><p>きくなっているとの指摘がある」と述べた。生まれた時の境遇から抜け出そうともがく若い世代の声を聞きたくて、「親ガチャという言葉を初めて聞いた時、腑(ふ)に落ちた」という女性に会いに行った。 貧困から抜け出したくて ピンク色の小さなリュックから取り出した学生証には、あどけない表情の自分が写っていた。京都府出身の女性(21)が、給付型奨学金を受けながら通った国立大学に休学届を出して、もう1年以上になる。 「家庭的に恵まれた側じゃなかったから、子どもの頃から『なんで私だけ?』と思うことが多かった」。高校時代によく足を運んだという鴨川のほとりで、女性は振り返った。 生活保護を受給する母子家庭で育った。母は体調を崩しがちで、料理や掃除ができない。自宅に調理器具はほとんどなく、家庭の味といえばコンビニ弁当だった。小学生の時、友達の家に遊びに行って「なんでこんなにきれいなんやろ」と驚いた。 このままでは、たぶん母と同じような貧困から抜け出せないだろう。そう気づいてから必死で勉強した。高校は、学費が免除される特待生に選ばれた私立の女子校に通った。子どもの頃からネット交流サービス(SNS)に自作のイラストを載せるのが好きで、絵画で賞をもらった経験もある。好きなことを生かしたいと、芸術系の大学を志した。 「行くのはいいけど学費は自分で出してね」と母は言った。費用がかかるため、受験したのは1校のみ。「滑り止めがあれば精神的な余裕があるけれど、私はギリギリだった」。2020年春、地元を離れて北陸地方の大学に入学した。 月額6万7000円ほどの給付型奨学金を受けることはできたが、足りない学費に加えて、生活費も自分でまかなわなければならない。やり繰りが厳しいうえに、高校生の弟の学費も合わせて月数万円の実家への仕送りが重荷になった。飲食店でアルバイトを始めたが、新型コロナウイルスの感染拡大で、店はほどなく休業に追い込まれた。他の店も休業が相次ぎ、次のバイト先を見つけられなかった。 母「進学さえしなかったら」 生活保護を受給する母子家庭での生い立ちなどについて話した女性=2022年6月16日午後1時半、川平愛撮影 生活保護世帯の子どもが大学に進学する場合、原則として受給の対象から外れる「世帯分離」という仕組みがある。大学に通いながらの生活は、憲法が保障し、生活保護の対象となる「最低限度の生活」には当たらないという考えからだ。生活保護費は世帯の人数で決まるため、家族が受け取る総額は1人分減った。母は「大学進学さえしなかったら、このままでいられたのに」と繰り返した。知らないうちに奨学金の振込口座からお金が引き出されていたこともあった。 生活がままならず、追い込まれた末に、キャバクラ店でのバイトを始めた。抵抗はあったが、他に学費を稼ぐすべがなかった。当時、コロナ禍で困窮して夜の世界に飛び込む人が増えていると話題になっていた。「自分もその一人なんやな」と感じた。 入学以来オンライン授業が続いていたが、半年後の20年秋になると、対面授業に重点が移った。昼は大学に通って授業を受け、夜は働きに出る毎日。空き時間にリポートを作成した。忙しくて食事を取れなかったり、生活費節約のため食費を削ったりしていると、次第に体が食べ物を受け付けなくなり、体重は30キロ台に落ちた。ある日、大学で倒れた。 血液検査をすると、幾つも異常が見つかった。過労と摂食障害だった。寒さが厳しくなる頃には「限界だ」と思うようになった。 「この世のバグ」つぶやきに共感 京都に戻って治療を受けながら、生活を立て直していた21年5月。「儚(はかない)」というアカウント名のツイッターでつぶやいた。 「生活保護世帯が大学進学するには世帯抜けないとダメなの、この世のバグなんよな」 昨年実施した文部科学省の調査によると、大学や短大の進学率は58・9%。専門学校や高専を含むと83・8%に上る。これだけの割合が高校卒業後も進学するほど時代は変化したのに、生活保護世帯の子どもたちは学び続けづらい現状に、違和感を持った。つぶやきには9000以上の「いいね」が付いた。「声を上げてくれてありがとう」。そんなコメントもあった。 岸田首相が所信表明演説で格差に触れたことを取材で伝えても、「そうなんですか……」と女性の反応は薄かった。政治に期待することを聞くと、淡々と言った。 「子どもの頃、うちの家庭の状況を親戚や周囲も知っていたのに、積極的に関わろうとしてくれた人はいなかった。近かった人でもそうなのに、政治家とは育った環境が違いすぎて、私のような人の思いなんて分からないと思う。大人や政治に期待するだけ、無駄だと思ってる」 政治はこの声に応えられるだろうか。【椋田佳代】</p>