乗用車と同じように日本のトラックも世界各地で活躍しています。でも「所変われば品変わる」というのがトラックというもの。
たとえば、「キャンター」といえば三菱ふそうトラック・バスの小型トラックのことですが、海外では、米国の大型トラックメーカー「フレイトライナー」ブランドのキャンターがメキシコ限定で存在しています。
ちょっとややこしいけれど、このレア物のキャンターの足跡を辿ると、興味深い生い立ちが明らかになりました。
文/緒方五郎 写真/フレイトライナーメキシコ・その他
スリーダイヤを隠さないフレイトライナー車
フレイトライナーは、三菱ふそうと同じくダイムラートラック・グループの一員で、米国のクラス8市場で鉄壁のトップシェアを誇る大型トラックメーカーです。
2022年現在、米国ではクラス5以上のボンネット型の大中型トラックのみを展開しており、数少ない輸出先であるオーストラリア、ニュージーランドでは「カスケディア」などの右ハンドル車が出荷されています。
ところがメキシコでは、大型の「カスケディア」「114SD」、中型の「M2」といった本家モデルだけではなく、キャブオーバー(COE)型の「フレイトライナー360」というシリーズが設定されているのです。
この「360」シリーズを構成する1台が、三菱ふそうの北米向けキャンターをベースとした「フレイトライナー360 715(FL360 715)」です。
現行型「FL360 715」は、2019年にフルモデルチェンジされた第2世代モデルで、新設計シャシーフレームやFPT製3.0Lディーゼルエンジンを搭載するTFキャンター系となっており、日本から輸出されています。
外観は、フロントのFUSOロゴやスリーダイヤエンブレムを外した代わりに、フレイトライナーのエンブレムを前面パネルに装着し、運転席側ドアには「715」の車名バッジが貼られています。
また、キャブルーフに並ぶ橙色ランプはアイデンティフィカルランプ(3個)と車幅灯(左右一対)で、米国FMVSS規格に準じたものです。このようなエクステリアを備える「キャンター」は、世界でもメキシコ仕様のみです。
ところがインテリアは「キャンター」そのもので、ステアリングホイールには燦然とスリーダイヤが輝いています。
スリーダイヤの刻印は先代にもあったので、つまり継承されたわけですが、メキシコでは日本車に対するイメージが非常に高いので、「FL360 715」が日本製フレイトライナー車であることがポジティブに捉えられるのかもしれません。
「FL360 715」は、ワイドキャブの車両総重量(GVW)7.25t車のみ設定しています。エンジンは「4P10」型3.0Lディーゼルエンジンですが、ディーゼル触媒付きのEuro-5適合モデルと尿素SCR付きのEuro-6適合モデルを併売しています。
動力性能はどちらも最高出力147hp・最大トルク370Nmで、5速マニュアルトランスミッションとの組み合わせのみです。
ルーツは3年で消えた「スターリング」向けだった
「FL360 715」が辿ってきた足跡は意外に複雑です。メキシコ市場に初めて導入されたのは2008年2月で、なにより名称が「スターリング360」でした。そして「360」はもともと、米国・カナダ市場で06年2月から発売されていた一世代前のTEキャンター系をベースとするクラス3~5車だったのです。
まず、この「スターリング」というブランドは、ダイムラークライスラー(当時)が1996年に買収したフォードのクラス8大型トラック事業を継承するブランドとして、98年に新たに立ち上げられたものでした。
06年に設定された「スターリング360」は、ほぼ同時期に登場した「スターリング・ビュレット」(クライスラーの「ダッジ・ラム」べースのフルサイズピックアップトラック)とともに、米国のダイムラー・ブランドであるフレイトライナーやウェスタンスターとは異なる、スターリング独自のラインアップを構成していたのです。
TE系キャンターベースの「スターリング360」には、フロントにスターリングのエンブレムと、Sterlingロゴを内蔵した専用グリルが装着され、ステアリングホイールにもスターリングのエンブレムを刻印するなど、三菱ふそうの米加市場向けキャンター(当時は「FE」と呼ばれていた)に対して、ブランド差別化が行なわれていました。
ところがメキシコ市場にも投入された08年の秋、ダイムラークライスラーが「スターリング」のブランドとカナダの旧フォード工場を、09年で廃止することを発表したのです。米加市場向け「360」も、わずか3年という短いモデルライフで終わりました。
ブランドが継続されたメキシコでは大中型トラックも追加
いっぽう、フレイトライナーの大中型車とともに「スターリング360」を販売していたメキシコ市場では、廃止されることなく、ブランドを「フレイトライナー360(FL360)」に改めて展開を継続し、前述のとおり19年には、現行TF系へのフルモデルチェンジも果たしました。
かつては日本製完成車の輸入関税が高額で、輸出したところで商売にならなかったメキシコでしたが、2004年の日本・メキシコEPA(経済連携協定)締結でようやく関税が大きく引き下げられた成長市場だけに、撤退する理由もなかったのでしょう。
さらに「FL360 715」の全面改良に先立つ2017年、「FL360」が新たな展開をみせました。
本家フレイトライナーにはない大中型COEトラックとして、GVW10.5tクラスの「FL360 1017」、GVW12tクラスの「FL360 1217」、GVW25tクラス6×2の「FL360 2528」が追加されたのです。
これらの大中型FL360車は、ダイムラートラックと三菱ふそうが共同開発し、インドで生産されている新興国向け「FUSOトラック」のフレイトライナーブランド車で、それぞれ「FL360 1017」は「ふそうFA1017」に、「FL360 1217」は「ふそうFI1217」に、「FL360 2528」は「ふそうFJ2528」に相当しています。
「FUSOトラック」が非FUSOブランドで投入されるのは、インド国内向け(バーラトベンツ)とインドネシア向け(メルセデスベンツ)以外にあまり例がありません。
また、2020年をもってオリジナルCOE車(クラス8の「アーゴシー」が存在していた)の生産を終了しているフレイトライナーにとっても、唯一のCOEモデルとなるものです。
フレイトライナーブランドのインド製FUSOトラックも、エンブレム・バッジ類が「FL360 715」と同様に変更されていますが、こちらはステアリングホイールのエンブレムも差し替えられています。
ということでフレイトライナーメキシコは、いまや米国(実はフレイトライナーはメキシコ工場でカスケディアや114SD、M2を生産している)、日本、インドのトラックが、同じブランドで集結するという珍しい市場になっています。
なお、インド製大中型「FL360」の販売も徐々に拡大しているそうで、メキシコ市場で受け入れられているようです。
投稿 【世界を走る日本のトラック】ダイムラーのお家事情!? 米国の名門フレイトライナーとして販売されるメキシコのキャンターとインド製FUSO車 は 自動車情報誌「ベストカー」 に最初に表示されました。