2022年6月12日、フランス、サルトサーキットでWEC第3戦、ル・マン24時間レースが行われた。
トヨタの5連覇、さらに昨年同様1-2フィニッシュで幕を閉じた2022年のル・マンは、今年からWECに参戦している平川亮の健闘が光ったレースでもあった。
寡黙な若きサムライ、平川亮のル・マンでの戦いを段純恵氏がレポートする。
文/段純恵、写真/TOYOTA
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■ル・マン24時間2022 トヨタ盤石の5連覇
トヨタが盤石(に見える体制の構築には様々な苦労があったが、それはまた別の稿で)の1-2フィニッシュで5連覇を飾った今年のル・マン24時間レース。その表彰台で起きたあるシーンに筆者は思わず「シェーっ!」とはしたない声を上げてしまった。
優勝した8号車のセバスチャン・ブエミ、平川亮、ブレンドン・ハートレーが中央の台に上がった時、トヨタの最年長ドライバーであるブエミがすぐ隣の平川をやおら抱きしめ、若き同僚の頬に熱いキスを贈ったのである。
驚いたのは「コロナ禍なのに」といったしょーもない了見ではなく、ブエミが沸き上がった思いを人目も憚らず相手にぶつけるタイプとは知らなかったからだ。
もちろん彼が『熱い』ドライバーであることは知っていた。WECで念願のドライバーズ選手権を獲得した翌年、カーナンバー1を背負って臨んだ2015年のル・マンでトヨタは大苦戦。当時のマシンが実はドライバーにとって超乗り辛かったと言えば理由は想像できるだろう。
総合8番手で最後のステアリングを任されたブエミは無線で何度も「この状況は将来のためにあるんだ! ここからが新しいスタートなんだ!」とチームにむけて叫んでいたという。
トヨタのWEC活動を黎明期から支えてきた最後のドライバーであるブエミが、盟友・中嶋一貴に替わるドライバーとして日本から送り込まれた平川にどういう印象を抱いたか。それまでにも日本の若手が何度かテストやル・マンで走ったが、ブエミに限らずチームの面々に強い印象を残すには至らなかった。
F1でもWECでも世界選手権クラスのトップチームでは、親会社の国籍に関係なく、スタッフは多国籍が当たり前だ。そんな職場で働きを認められるには、実力、コミュニケーション能力、そして人柄がモノを言う。
特にドライバーの場合、困難にぶつかってもそれを乗り越える鋼のメンタルが必須で、流暢な英語よりも、どんなに厳しくとも物事に正面から向き合う勇気こそが求められる。
■初参戦の無口な若武者がル・マンを制した
筆者が初めて平川に会ったのは2016年WEC開幕戦、同業の先輩に誘われて行った同時開催のヨーロピアン・ルマンシリーズのパドックでだった。
言葉数の少ない真剣な表情の若者の第一印象を正直に言えば「クラい子やなぁ」だった。ただその言葉の端々に思考の確かさと誠実さが感じられ、かなりの頭脳の持ち主という印象が強く残った。
その翌年スーパーGTの現場で話をしていたトヨタとライバル関係にあるメーカーのエンジニアが「あいつはいいよ」と指差した先を、前年シルバーストンで少し話をした若者が歩いていた。それが史上最年少でその年のSGT王者に輝いた平川だったことは言うまでもない。
2021年秋、WECで中嶋の後任話が持ち上がった時、平川も内心の動揺はあったが、ほどなくそれは闘争心に変わったという。
「決まるまでがプレッシャーでした。中嶋さんの後任はなかなか重いものがあるし、それにレースもチームのレベルも高い。そこに自分が対応できるのかどうか。
でも自分ではなく自分を認めてくださった方々の判断を信じて、スポンサーやファンのためにもしっかり結果を出していこう、自分が世界で活躍できることをみせていくことが日本の若手ドライバーの目標になるだろうし、日本人への評価にもつながる。
そう考えてから、思い切ってやってやろうと気持ちが切り替わりました」。
開幕前のアラゴンやポールリカール、そしてセブリングで行われたテストの時から、平川の走りにチームの誰もが一目置いた。
速さはあるけど大きなミスはない。路面状態に関わらずラップタイムを淡々と刻み、不測の事態が目の前で起きても素早く正しい判断をする。
使用言語が英語に替わっても言葉数は変わらないが、GR010HYBRIDという複雑なマシンの理解に努力を惜しまず、欧州各国の複雑な事情を勉強しそれぞれの国民性を推し量りながらも、日本人としてのアイデンティティを感じさせる平川の佇まいに、スタッフはかつて短期間チームで走った日本の若者とは異なる『若きサムライ』の姿を見た。
■若きサムライの闘いは続く
それでも本番、特に24時間レースとなればテストとも通常の6時間レースとも違う険しい壁がある。それを誰よりも知っているのが2016年の残り3分の悲劇を身をもって経験したブエミだ。
8号車は今季初戦のセブリング6時間で2位となったが、ル・マンの前哨戦である第2戦スパではレース序盤に起きた電圧を変えるコンバーターのトラブルで、平川が走る前にリタイアしている。
自分やハートレーと比べ圧倒的に走行距離が少ない平川が、この気難しいマシンで、いつどんな形で厄災に襲われるかわからない24時間の長丁場を乗り切れるのか。そんな懸念がブエミの頭を一瞬でもよぎっていたとしたら、それは見事に覆されることとなった。
沈みゆく太陽の光が眼に刺さる夕方も、漆黒の闇が広がる夜中も、疲労のピークが様々なトラブルを引き起こしがちな二日目も、平川はノーミスの堂々たる走りを披露。
自分の任務をきっちりやり遂げ僚友にバトンをつなぎ、トヨタの5連覇と自身のル・マン初制覇を引き寄せた28歳のサムライの仕事ぶりを誰よりも理解していたからこそ、ブエミは心からの賞賛を表彰台の上で平川に伝えたのだろう。
「正直、まだ夢が叶ったという実感がありません」と本人が言うように、表彰台での平川は感情を激しく爆発させるでもなく、その笑顔はスーパーフォーミュラでの優勝とさして変わらないように見えた。
実際のところ、時間と共に『ル・マン勝者』としての実感が胸のうちに広がったとしても、浮かれ喜ぶ平川の姿を筆者はどうにも想像できない。
ハートは熱く、頭脳はクール。
スーパーフォーミュラで走るチームインパルの星野一義監督がそう評する若きサムライの闘いはまだ道半ば。手にしたことのないスーパーフォーミュラの、そしてWECの年間タイトルをつかんだ時、平川がどんな笑顔を見せるのか、とても楽しみだ。
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