ロサンジェルス空港から118マイル(約190km)ほど北、モハヴェ砂漠を超えた小さな町に「ヴィンテージV12’s」はある。ここは第二次大戦機が搭載したエンジンのレストアやオーバーホールを専門に行う工房だ。
ここに所属する佐藤雄一氏は、80年前に製造された往年のレシプロエンジンを、飛行可能な状態に蘇らせる「唯一の日本人レストア職人」だ。メッサーシュミットが搭載したダイムラーベンツ社製のDB601や605、フォッケウルフのBMW801、零戦の栄二一型など、あらゆるエンジンを佐藤は手掛けるが、今回は佐藤氏に伺った、ロールスロイス社が開発した「マーリン」のオーバーホールに関してご紹介したい。
文/鈴木喜生、写真/佐藤雄一、藤森 篤
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随一の人気を誇る「マスタング」と「マーリン」エンジン
ロールスロイス社が開発した航空用エンジン「マーリン」は、英国のスピットファイアやホーカーハリケーンが搭載したことで知られている。その後、このエンジンは米国のパッカード社によってライセンス生産され、米陸軍の主力戦闘機マスタングにも搭載されることになり、その名声を不動のものとした。
第二次大戦の戦勝国であるアメリカには、当時の機体やエンジンが数多く現存し、飛行可能な機体も多い。特にマーリンを搭載したマスタングの残存機は多く、同機は全米で頻繁に開催されるエアショーの花形でもある。毎年9月にネヴァダ州で開催される「リノ・エアレース」では、機体やエンジンの改造が許された「アンリミテッド・クラス」が設定されているが、そこにエントリーするマスタングには、カリカリにチューンナップされたマーリンが搭載されている。
また、空だけではなく、ホッドロッドやスピードボートにもマーリンは搭載されてきた。つまり、ピストンエンジンとしてこれほどパワー効率が良く、扱いやすく、交換パーツのストックが豊富なエンジンは、他にないということだろう。
こうした理由からマーリンの需要はいまだ高く、オーバーホールも必要とされる。その要望に応じているのが、佐藤氏の所属する「ヴィンテージV12’s」なのだ。
レストアエンジンの王道「マーリン」の再生作業
筆者が「ヴィンテージV12’s」を取材した際、主に4つの作業場でオーバーホールが行われていたが、マーリンの部屋がもっとも広く、そこには全バラ状態の同基がズラリと並んでいた。
「P-51マスタングやスピットファイアなどを個人所有するオーナーさんや航空博物館からの依頼で、年間15~20基ほどのマーリンのオーバーホールをこなしています」
佐藤氏に同工房を案内いただきながら、マーリン再生の「難易度」を伺うと、「まず前提として、本家ロールスロイス社と米国パッカード社のマーリンでは、ボルトやナット類の規格が、USインチとブリティッシュ・スタンダードと異なるんです。そのため同じマーリンであっても、工具が2種類必要になります」
佐藤氏の工房にオーバーホールの依頼がくるマーリンのうち、80%がパッカード製で、残り20%がロールスロイス製。しかし、英国のブリティシュス・タンダード工具は残存するものが少なく、その確保に苦労するという。時には佐藤氏自身が工具を製作することもある。
通常オーバーホールは、3人のメカニックにより進められる。ヘッド周辺、クランクケースとコンロッド周辺、スーパーチャージャー周辺と、それぞれに分業体制が敷かれ、組み立てからテストまで約2カ月を要するという。
「概してマーリンは、ダイムラーベンツ社製のDBエンジンシリーズのようにトリッキーな組み立てをする部分はありません。組み立て方法、手順もごく自然な印象です。米国のパッカード製は、独自にパーツ設計をやり直しているので、本家ロールスロイス製より過給機周辺の整備性は優れていますね」とも解説してくれた。
こうした解説を半日ほど伺ったのだが、その詳細は当サイトの【画像ギャラリー】でご紹介しているので、ぜひご一読いただきたい(文・写真/佐藤雄一著「傑作戦闘機とレシプロエンジン」より)。
「リノ・エアレースで使用されるチューニングされたマーリンサウンドは、一味違って素晴らしいですよ。マーリンは、まさしくレストア大戦機の王道をいくエンジンだと思います」
「零戦三二型」の再生と日本人レストア職人が手掛ける「栄発動機」レストア作業
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投稿 往年の名エンジンを日本人職人が再生! ロールスロイス「マーリン」のレストア工場 は 自動車情報誌「ベストカー」 に最初に表示されました。