米国の非営利組織でトラック輸送に関する研究を行なっているATRIは、ゼロ・エミッション・トラックの環境への影響を評価・分析したレポートを公開した。
比較対象はディーゼル車(ICE)、バッテリーEVトラック(BEV)、水素燃料電池トラック(FCEV)の3タイプで、いずれもクラス8に相当する大型車だ。使用過程だけでなく、製造から廃車(リサイクル)までの生涯にわたるCO2排出量を分析した。
大型のBEVトラックでは、バッテリーの製造や使用する電気の発電方法などにより、生涯のCO2排出量はICE比で30%の低減にとどまった。
米国の電力網が化石燃料へ依存していることもあるが、バッテリー重量による積載量とのトレードオフを考えると、単純な電動化では排出量の削減幅は小さい。最もCO2排出量が少なかったFCEVには、車両価格や市販車の少なさなどの課題が残る。
トラックのCO2削減は、乗用車とは相応に状況が異なる。レポートは、再生可能燃料を使ったリニューアブル・ディーゼルなど、追加の戦略や別のアプローチを用いる必要性も指摘した。
文/トラックマガジン「フルロード」編集部、図表・写真/ATRI、Anheuser-Busch、Nikola、Hyundai
「ゼロエミッション」の環境インパクト
米国で輸送問題についての調査・研究を行なっているATRI(American Transportation Research Institute)は、2022年5月3日、大型トラック(米国で「クラス8」と呼ばれるトラクタ・トレーラ)の環境インパクトに関する分析結果を公表した。
研究は連邦政府とトラック業界のデータを用いて、各トラックタイプごとに全ライフサイクルでのCO2排出量を比較したもの。
トラックタイプは次の3つ。
・ICE(内燃機関)=ディーゼルエンジンと軽油で動くトラック
・BEV(バッテリー電気自動車)=バッテリーに蓄えた電気で動くトラック
・FCEV(燃料電池車)=水素燃料電池で動くトラック
一般的にBEVとFCEVは「ゼロ・エミッション車」とされ、局所的には走行時にCO2を排出しない。いっぽう、今回の研究は車両の製造から使用、廃棄までのすべての段階でCO2の排出量を調べたもので、「車両の全ライフサイクル」には次のようなものを含んでいる。
・トラックの製造段階
・トラックの動力となるエネルギーの製造と消費
・トラックの廃棄とリサイクル
BEVトラックの全ライフサイクルでのCO2排出量は、標準的なディーゼル車の70%となり、わずか30%の低減にとどまった。
少なくともCO2排出量においてBEVトラックのメリットが少ないのは、大部分がリチウムイオン電池の製造によるものだ。大型トラックを動かすのに必要な大量の電池は、その製造だけでディーゼル車の製造時の6倍のCO2を排出していた。
FCEVトラックの排出量はディーゼル車と比較して55.4%(44.6%の低減)となり、現状では最もCO2削減効果が高い。ただし、長距離輸送用のFCEVトラックは、ほとんど市販されていない。
ゼロ・エミッション・トラックの真実
車両コスト
ゼロ・エミッション・トラックの車両価格は実際の導入へ向けた高い障壁となっている。調査当時、米国でディーゼルエンジンの大型トラック(クラス8トラクタの新車)は、およそ13万5000ドルから15万ドル(日本円でおよそ1800万円から2000万円)で販売されていた。
いっぽう同クラスのBEVは45万5000ドル(同、6100万円)だった。
FCEVでも同じ問題が存在するはずだが、調査当時、大型のFCEVトラックの市販車はほとんどなく、水素燃料電池による推進システムが車両の全体価格の6割を占めるとして、市販価格を20万ドルから60万ドル(同、2700万円から8100万円)と推定した。
原材料とサプライチェーン
リチウムイオン電池には重要な原材料がある。バッテリーの組成にもよるが、リチウム、グラファイト、コバルト、マンガン、ニッケルなどだ。
BEV用の大型バッテリーを製造するために欠かせないこれらの素材は、米国の場合、ほぼすべてを輸入に頼っている。過去10年間、バッテリー用の鉱物資源は中国、オーストラリア、チリ、コンゴ民主共和国などから輸入していた。
充電・充填インフラ
現状では、多くの長距離トラックが駐車して充電(充填)できるようなネットワークが米国にはない。ATRIは今後、全米でのトラック充電ネットワークに関するインフラ要件と、トラックを動かすために必要な電力セクターの能力についても調査する予定だ。
バッテリーの寿命
広く知られているように、リチウムイオン電池は充放電を繰り返すうちに少しずつだが確実に劣化して行く。バッテリーの劣化に最も大きく関係するのは充電回数だ。充電回数以外では、BEVを充電する頻度がバッテリーのライフに影響するというエビデンスがある。
バッテリー寿命のほか、ドライバーの労働時間などトラックの運行上の制約と、トラックに必要とされるエネルギー密度から、大電力の急速充電器が不可欠だ。
バッテリーのパフォーマンス
バッテリーのパフォーマンスは周囲の温度の影響を受ける。温度が低いとバッテリー内の化学反応がゆっくり進むため、充電時間が長くなったり、航続距離が短くなったりする。逆に高温の場合は、反応が早く進むことによる問題が生じる。
また高温や低温は、冷暖房の使用による電力消費の増大につながる。電気駆動のエアコンはバッテリーには大きな負担だ。冷暖房にエネルギーを使えば、当然その分の航続距離は短くなる。
地形もエネルギーとバッテリーの消費に大きな影響を与える。どんな車両タイプでも上り坂は平坦な道より多くのエネルギーを必要とするが、電気駆動は勾配がきつくなるほど電力消費が激しくなる傾向にある。
そして、バッテリーの最大の欠点は「重い」ということだ。トラックにとってこれは致命的な弱点となりうる。
BEVによる長距離輸送は、実質的にはバッテリー重量により積載量が制限されることになる。このため、ケースによってはディーゼル車と同じ重さの荷物を運ぶために、より多くのBEVトラックが必要となる。
製造時のCO2排出を考慮に入れると、輸送力を維持するためにトラック自体を増やすのならBEVトラックにCO2削減効果はない。
いわゆる「軽量カサ物」では荷室容積により積載量が決まるので、BEVトラックによる運行も可能だろう。だが、重量物の運搬では荷物の重さによって積載量が決まる。特に最大積載量付近の荷物を積むような輸送形態でBEVトラックを使用するなら、トラックの運用方法自体を見直す必要がある。
総重量に関しては、各車両タイプ毎の車両重量と、米国におけるトレーラ重量、貨物重量の平均を合計すると、ICEが6万2291ポンド(約28トン)、BEVが7万6091ポンド(約35トン)、FCEVが6万5412ポンド(約30トン)となった。
米国でインターステーツ(州間高速道路)を走行する車両の総重量規制は8万ポンド(36トン)なので、バッテリーの重さが嵩むBEVトラックには重量の余裕がほとんどないことがわかる。
欧州など一部の地域ではBEVトラックに対するエクストラ・ウェイト(積載重量の緩和)が認められているが、そうした措置が無い場合にBEVトラックで重量物を長距離輸送しようとしたら、積載量を減らす以外にない。もちろん過積載を問題外とすれば、だが……。
トラックのCO2削減のために
またATRIではICE、BEV、FCEVのそれぞれについて、CO2排出量をさらに削減するための追加戦略についても分析した。
例えば、ディーゼル車に再生可能燃料を使用した場合の排出量は、ICEを100%とした比較で32.7%となった。再生可能燃料のもう一つのメリットは、トラックやインフラ自体には変更が不要で、ほとんど追加投資が必要ないということだ。
FCEVでは、燃料となる水素を太陽光発電などにより製造した場合、同じくICE比でCO2排出量はわずか8.8%となった。いっぽうBEVは2050年の水準を想定してもICE比で51.2%となり、現状のFCEVと同程度だった。
輸送セクターとは別に電力セクターの脱炭素化が進み、電池製造に係るCO2の排出量を低減しないかぎり、BEVトラックによる排出低減は効果が薄い。
調査された3つのトラックタイプは、これからの数十年の間、CO2排出量を低減するための方策の一つとなる。電気や水素など、トラックのエネルギー源のCO2削減も進めなければならない。
輸送セクターのCO2削減は世界的な課題だが、現在の公共政策はBEVに傾いているように思う。少なくともトラック輸送においてはより優れた別のアプローチがありうることを、本研究は示している。
投稿 大型トラックを電動化してもCO2排出量は減らない!? 米国で衝撃の調査結果 は 自動車情報誌「ベストカー」 に最初に表示されました。