<p>「左利き用トランプあります」海外からも客◆身近な不便に応えた店主の思い【時事ドットコム取材班】 :時事ドットコム</p><p>相模原市に、左利きの人向けの商品を数多く取り扱っている文具店があります。海外から客が訪れることもあるといいますが、日本人の多くは右利き。左利き向けに力を入れる理由はどこにあるのでしょうか。「自身は両利き」という店主に聞きました。 【特集】はこちら⇒</p><p>相模原市に、左利きの人向けの商品を数多く取り扱っている文具店がある。棚に並んだ商品はおよそ100種類。評判を聞いて海外から客が訪れることもあるというが、日本人の多くは右利きな上、そうそう買い替える品物とも思えない。左利き向けに力を入れる理由はどこにあるのだろうか。「自身は両利き」という店主に聞いた。(時事ドットコム編集部 谷山絹香)</p><p>左利き用グッズを集めたコーナーは、入り口のすぐ近くにあった。定番のはさみやカッターはもちろん、左利きの人が注ぎやすいように持ち手が左側に付いた急須や、注ぎ口が右側にあるお玉、刃が一般的なものと逆に付いた草刈り鎌、果てはトランプまで並んでいる。 はさみだけでも、工作用から裁縫用、医療用などさまざまだ。マドラーは右利き用と何が違うのかよく分からなかったが、反時計回りにかき混ぜる左利きの人が使いやすいよう工夫されているのだという。急須は、脳卒中などで右半身が不自由になった人の家族が買っていくこともあるそうだ。 サンプル品も多く展示されており、買い物客は手に取って使い勝手を確認することができる。「やっぱり触ってみないと、物の不便さや使いやすさは分からない。100分説明するより1秒触ってもらった方が早い」と浦上さん。「触って体験できるところは、世界で探してもうちぐらいじゃないかな」と話す。 きっかけは弟のけが 店内に左利き用グッズコーナーが設置されたのは1995年。左利きの弟が紙工作で右利き用カッターを使い、誤って手を切ってしまったことがきっかけだ。店で左利き用カッターを売っているのに、息子に与えていなかったー。店主だった母の幾久子さんが、自分を責めると同時に「左利きの文房具を欲しがっている人は、実はいっぱいいるんじゃないか」と考え、コーナーを常設したのだという。 海外客も 「急須が使いにくい」「扇子をうまく開けない」。利用客やインターネット上の声を受け、2000年、日用品も取り扱い始めた。その後、英語で左を意味する「レフト」にちなみ、0・2・10が並ぶ2月10日を「左利きグッズの日」として「日本記念日協会」(長野県佐久市)に申請・認定を受けるなどして左利き用品の認知度を高めていった。 すると、「あそこで左利き用のカッターやはさみが売っている」と口コミが広がり、全国から問い合わせが来るように。メディアに取り上げられ、テレビ番組で一瞬だけ映った草刈り鎌を見た人が店に電話をかけてきたこともあった。新型コロナウイルスの感染拡大前は中国やドイツなどからも買い物客が訪れ、ブラジルから来た家族はカッターや急須、はさみなどをまとめ買いし、「ブラジルでは左利きの道具はほとんどない。ネットで左利きの道具を調べているうちに、この店にたどり着いた」などと話したという。 右利き9割 博報堂生活総合研究所の「生活定点」調査(2020年)によると、首都圏や阪神圏に住む20~69歳の男女2597人に、利き腕はどちらかを尋ねた結果、「生まれつき右利きだ」と回答した人が89.0%を占めた。調査は2000年から2年ごとに実施されており、他の年の調査でも「生まれつき右利きだ」は89~91%台で推移している。 多数派に合わせた「右利き仕様」は日常生活でよく見掛ける。駅の自動改札のICカードをタッチする部分は右側だし、自動販売機の小銭投入口も右側だ。小・中学校の窓が黒板に向かって左側にあるのは、右利きの児童・生徒がノートを取る際、文字が手の影になるのを避けるためとされている。 右利きが幅を利かせた世の中で、左利き用グッズはどの程度売れているのだろうか。浦上さんによると、決して大きな売り上げがあるわけではないという。「まとめて買う人は多くいるが、それでも平均すると1週間に数個。生産数も少なく、いつの間にか廃番になってしまっていることもよくある」のが実情だそうだ。 受け継ぐ思い それでも左利き用にこだわる浦上さん。子どものころは「文房具屋なんてかっこ悪い」と思っていたといい、大学を出てサラリーマンになった。3代目を継いだのは、約20年前に母幾久子さんのがんが判明したためだ。 「相手が欲しいものをただ売るのではなく、困ったときにどうすればいいか、解決できる人になりなさい」。10年以上にわたる闘病の末、61歳で亡くなった母の言葉を胸に店を守り続けてきた。左利き用のマドラーは、友人のバーテンダーが買って以来、1本も売れていないというが、「こういうものにも左利きが関係あるということは、商品がないと分からない。欲しいものは検索して選べるが、頭にないものは検索できない。その気付きの場を提供したい」と話す。 定規の目盛りを左右から振ったり、トランプの数字やマークをカードの四隅に記したり、小さなことで不自由を解消できる。長年の経験で培った知恵を生かし、障害の有無などにかかわらず使用できる「ユニバーサルデザイン」の商品を開発する企業にアドバイスをすることもある。「誰もが自由に使えて利便性の高いものにするというのが一つの目的」といい、月1回程度、中学校や高校などからの依頼で「左利きとSDGs(国連の持続可能な開発目標)」をテーマに授業も行っている。 22年6月、コロナの影響や人手不足などで実店舗のシャッターを閉めたが、来訪客には販売を継続しており、営業をやめたわけではない。今後、ネット上の仮想空間「メタバース」で3D化した左利き用グッズを紹介するなど、次のステップに踏み出すための準備を進めるという。(2022年7月21日掲載)</p>