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>安倍氏に限らず、その人の業績を良く思わない人がいる中で、国として「偉大だった」と評価を固めてその死を重要だと認定することには疑問が残ります。国や政府が主催し、多くの税金を投入する国葬などの公葬はもう時代に合わないのではないでしょうか。有志で執り行うのではなく、必ずしも追悼したくないという国民も公費負担という形である意味、強制的に巻き込むことには問題があります。
>さらに、安倍氏を国葬の対象とすることは、ひいては安倍政権を評価し、自民党政権を肯定することになります。そうなると、国葬を亡くなった人のために行うというより、現政権のために行うということになり得る。そこに多額の税金を投入することは「死の政治利用」とも言えます。