米国務省のソン・キム北朝鮮担当特別代表は6月7日、緊急の記者会見を行い、「北朝鮮はいつでも核実験できる体制にある」と述べ、「1週間以内に実験の可能性もある」と見通したが、これまで実験は行われていない。
第6回核実験は5年前の2017年9月に行われ、結果、北朝鮮には厳しい制裁が課せられた。次に核実験を行えば、さらにそれ以上の制裁になることは間違いない。
北朝鮮は、本当に第7回目の核実験を実施できるのか。諸条件を考えると、どうも難しい。
それでも行われていない核実験
ソン・キム氏は、2ヶ月前の4月7日にも、「4月15日に金日成主席の生誕110年を迎える北朝鮮で、核実験かミサイル発射を行う可能性がありうる」と述べていた。「可能性がありうる」との弱々しい言葉だが、各国メディアは大きく報じた。だが、この時も核実験はなかった。「実験できる体制にある」「実験の可能性もある」との発言は、責任回避のための留保をつけた発言と受け取られても仕方がないだろう。
なぜ、アメリカは核実験の可能性を繰り返し指摘するのか。「北朝鮮の豊渓里核実験場で、坑道の掘削作業や人の出入りが確認され、機材が運び込まれた」というのが、「核実験近し」とする理由だとソン・キム氏は述べている。米国の偵察衛星の監視により、北朝鮮の核実験準備が完了したと判断したという。
米シンクタンクの戦略国際問題研究所(CSIS)が6月16日に明らかにした、商業衛星の画像分析でも、第三坑道での作業は終了し、第四坑道でも新たな建設作業が進められている、という。つまり、核実験の新たな坑道が完成したので、いつでも実験できるというのだ。
ところが、アメリカの専門家は今年3月に、核実験用の坑道の復旧作業と建築完成には、まだ数か月かかると指摘していた。当初の見通しとのズレが気になる。
アメリカが慌てる理由とは?
また、ホワイトハウスのサリバン補佐官は、6月8日に「北朝鮮の核実験の可能性が続いている状況を注視している」と語り、「実験に踏み切れば、断固たる対応をとる。軍事的圧力を強める」と、強調している。むしろアメリカの方が北朝鮮よりも前のめりな印象を隠せない。なぜか。
米政府のこの慌てぶりは、ウクライナ戦争を許したバイデン政権への風当たりが強いためだ。
バイデン大統領が、「米兵をウクライナに派遣しない」と早々と宣言したことが、プーチン大統領に戦争を決断させた、との批判が激しい。そのうえ、もし北朝鮮の核実験を許せば、さらなる批判は免れない。22年11月の中間選挙で、民主党が敗北する要素にもなり得る。このため、北朝鮮が「核実験する」と、まるで「オオカミおじさん」のように何度も言及している、というのが実態ではないか。
核実験をカードにしたい北朝鮮
その意図は、ウクライナ戦争で使ったのと同じ手法だ。北朝鮮に対し「実験が可能な状況に至っていることを、こちらは知っているぞ」と警告し、阻止する作戦だ。だが、ここで気を付けなければならないのは、北朝鮮は米国に発見させるために、偵察衛星の通る時間を計算して、わざと作業を見せる芝居をしている可能性だ。
考えても見てほしい。本当に密かに行うつもりなら、いくら衛星が発達しているとはいえ、米国に見つかるような真似はしない。ではなぜ、北朝鮮はあえて「核実験が近い」と思わせる行動をとるのか。
その答えは、「取引」である。米国と中国は、必ず「核実験中止」を呼びかけてくる。北朝鮮としてはその際に「中止する代わりに、我々が得られる代償は何かあるのか」と、取引のカードにしたいのだ。さらに、どのような追加制裁を準備しているのか、米国の手の内を見極めようとしている。
北朝鮮国内は「三つ巴」状態
より複雑なのは、北朝鮮の内部事情だ。平壌の事情を知る人物は、軍と外務省、金正恩総書記の三つ巴の駆け引きがあるという。
金正恩総書記の指示がなければ、核実験場の復旧はできない。それなら、指導者は核実験をするつもりなのかと言えば、そうは言いきれない。
北朝鮮軍部は、核兵器の小型化や最新鋭化のために、核実験を求める。在来兵器が旧式で、戦闘に耐えないからだ。核実験すれば、強力な安保理制裁が待っている。その際、核実験に反対してきた中露が北朝鮮を支援してくれるのか、はっきりしない。
核実験をすれば、石油輸入が全面ストップする。第6回の核実験では、石油の輸入量は60万トンに制限された。日本の自衛隊でさえ、年間150万トンの石油を使うのに、戦争を予定する北朝鮮軍が60万トンでは、軍の維持はほぼ不可能だ。ゼロになれば、通常兵力を維持できない。中露の協力で、密輸の「瀬取り」をして、なんとか最低限の量を確保している。
第7回目の核実験をすれば、米国は石油全面禁輸の制裁を、国連安保理に提案すると中国に伝えている。もし石油全面禁輸になれば、北朝鮮軍は演習もできなくなる。
中露に「北朝鮮擁護」の余裕なし
中露はこれまで、核実験を対象にした安保理制裁決議に、拒否権を発動しなかった。拒否権を発動しなければ、核実験を認めることになる。これは、5大国だけが核兵器を保有できる核拡散防止条約(NPT)体制の崩壊を意味する。
さらに、ロシアはウクライナ戦争での拒否権発動を、国連で非難されている。そのうえ北朝鮮のために拒否権を使うつもりは、さらさらないだろう。
一方、もし核実験しなければ、金正恩の軍に対する威信が揺らぐことも間違いない。「米帝国主義を恐れて核実験しない、弱腰だ」と思われる。軍部は核実験したい、外務省は抑えて米国との駆け引きに使いたい、金正恩は自分の威信と国家の継続に頭を痛める。まさに国内は三つ巴の戦いだ。
金正恩はとりあえず、軍の要求に応じる姿勢を示すため、実験場の坑道修復と建設を行った。この困った状況で、中国が「ストッパー」として介入するのを、期待しているのではないか。中国が核実験に強硬に反対していると言えば、不満だが軍部も従わざるを得ない。
北朝鮮は、第7回目の核実験を実行するのか。北朝鮮の指導部と軍首脳たちが、激しい討論を重ねている真っ最中だろう。