2022年6月13日、日産は軽EV「サクラ」が受注1万1000台を突破した、と発表(姉妹車である三菱eKクロスEVは3400台)。同車は、6月16日より販売開始された。馬力規制がある軽自動車とは思えない加速力を持つ。
なぜ軽自動車の64馬力規制(以下、64ps)があるにも関わらず、ここまで加速力を高くすることができたのだろうか? またなぜ2022年現在まで64psという馬力規制が軽自動車にあるのか? について解説。
さらに、今のうちに乗っておきたいエンジンを楽しむ軽自動車3台を紹介する。
文/高根英幸、写真/NISSAN、DAIHATSU、HONDA
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同じ64馬力とは思えないサクラの加速から分かるEVならではの走り
日産サクラの走りの良さが、いち早く試乗したマスコミに評判だ。同じ64馬力(ps)なのに、この加速力の違いは何だ! という驚きの声がいくつも聞かれる。しかしそれはモーターのもつ特性を理解すれば、誰でも納得がいくものだ。
停車時にも発進に備えてアイドリング(概ね750rpm前後)しなければならないエンジンに対し、モーターは静止した状態から発進できる。つまり、エンジンは発進時に駆動系に徐々に駆動力を伝えなくてはスムーズに発進できない(乗員が不快なだけでなく、駆動系に大きな負担がかかる)のに対し、モーターは駆動系を直結した状態でゼロ発進できるのだ。
複雑な動弁系とスパークプラグの点火時期を制御して、燃焼効率の高い回転数域で最大トルクを発生するエンジンに対し、磁力の吸着と反発を利用するモーターは静止から幅広い回転数域で最大トルクを発生する。
クラッチレスの直結構造とゼロ回転での最大トルク、この2つの特性が組み合わされることで、EVは発進時に強力なトルクでスタートダッシュを決められるのだ。そう、肝心なのは馬力ではなくトルクなのである。しかし一般的に注目されるのは出力、いわゆる馬力だ。馬力と呼ぶものの実際にはそれは仕事量であり、効率を表すものでしかない。
F1マシンを頂点とするエンジンが高回転化を目指してきたのも、高回転にするほど1秒間の燃焼回数が多くなる=仕事量が増えるからだ。
サクラのカタログスペックを見ると、最大トルクを発生するのは0~2502rpmとなっている。これが何を意味するのかというと、静止状態から最大トルクを発生するだけでなく、そのまま2502rpmまで維持できるということ。
しかも2502rpmを超えるとトルクが低下してしまうのではなく、64psという馬力を超えてしまうため、あえてトルクを落として(具体的には電力供給を絞って)、64psをキープしたままモーターの回転数を高めるようにトルクを調整するのである。
そう、出力というのはトルクと回転数による仕事量だから、出力を調整して特性を自在に作り上げるのはモーターであれば、そんな芸当は造作もない(実際にドライバーの加速要求に対して、どうトルクを出すかの方が難しい)ことなのだ。
そういった意味では軽EVにとって、64psという馬力規制はあまり意味のないものであるとも言える。そもそも、この馬力規制は何のために導入され、現在まで続いているのだろうか。
軽自動車の馬力規制が生まれた背景といまだになくならない理由
軽自動車にはボディサイズや排気量だけでなく、エンジン出力や最高速度などにも制限が加えられている。ボディサイズやエンジン排気量は、本格的に軽自動車の普及となった1960年代から徐々に拡大されてきたが、2000年まで高速道路での最高速度が80km/hに制限されていたため、スピードリミッターは120km/h(2000年以降は140km/h)で働くようになっていた。
エンジンの出力制限が導入されたのは、1987年にスズキがアルトワークスを発売して、ミラターボTR-XXと馬力競争になる恐れがあったため、当時の64psを上限とした自主規制が導入されたのだ。それでも充分にパワフルで、しかも耐久性などのマージンが充分にあるため、少しブースト圧を上げてやると簡単にパワーが上がり、強烈な速さを発揮したものだ。
そしてスバルはレックスにスーパーチャージャーを搭載し、三菱からはDOHC5バルブヘッドを採用したミニカダンガンZZが登場、軽スポーツ車の過激っぷりはますます拍車がかかっていった。
90年代はエンジン排気量が660ccに拡大されるものの、最高出力は64psのままであった。しかし、そんなパワフルなエンジンを利用して、FRスポーツのスズキ・カプチーノやマツダ・AZ-1といった本格的なスポーツカーが登場。ホンダからは、NAながら64psを絞り出すエンジンをミッドシップ化したビートなど、走りの魅力を前面に押し出した軽スポーツが続々と登場した良い時代だった。
衝突安全性を向上させるため、ボディサイズが現行モデルと同じ全長3.4m×全幅1.48mとされたのは1998年のことだが、このときにも馬力規制は解消されていない。この頃からは海外から日本の自動車市場における参入障壁の一つとして軽自動車の優遇ぶりが指摘されるようになり、これ以上の規制撤廃は軽自動車という規格の撤廃を迫られる恐れがあったからだ。
結果として軽自動車という規格が存続する条件として、自主規制ながら64ps規制は維持されているのである。しかしエンジンではさらなる省燃費、電動化が求められている昨今、最新の軽自動車には規制撤廃の必要性はあまりなさそうだ。
今のうちに味わっておきたいエンジンを楽しむ軽自動車 3選
スズキ・カプチーノやホンダ・ビートなど90年代の軽スポーツに今なお魅せられるコアなクルマ好きもいるが、買うのも維持するのも大変な旧車は、一般のクルマ好きにはオススメすることはできない。
そこで軽EVの本格普及を前にして、エンジンの良さを味わえる軽自動車を「今のうちに味わっておくべき軽カー3選」として挙げさせてもらおう。
まずは現行モデルの日産デイズだ。つまりEVのサクラとはプラットフォームを共有するエンジン車である。サクラほどの加速力は備えていないし、EVならではの低重心な走りとも違うが、日産が初めて作った軽自動車として、とにかくしっかりと作り込まれている。
ボディ回りは基本的にはサクラに通じるものだし、エンジンはルノーと基本骨格を共有するブロックが与えられ、パワーユニット全体の剛性が非常に高い。走りの質感、エンジンの回転フィールともに軽自動車の中では非常に秀逸だと思う。
2台目はホンダN-ONE、それもやはりRSグレードを推したい。ホンダS660のミッドシップスポーツとしての走りも当然魅力的だが、実用性の乏しさは誰にでも勧められるクルマではない。であればパワーユニットを共有し、ホットハッチとして実用性と攻め込めるボディをもつN-ONEは、走りが楽しめる軽自動車の最有力候補と言ってもいい。
先代のN-ONEのRSでも充分に走りを楽しめるが、当然のことながら現行モデルの方がさらに熟成されており、なおかつよりダイレクト感ある6速MTも選択できる。
最後の1台は、先代のアルトワークスと行きたいところだが、すでに人気もあり、ここで紹介するのは少々面白みに欠ける。なので、ここは初代ダイハツ・コペンを推しておこう。
ご存知の方も多いだろうが、初代のコペンは登場当時、軽自動車としては異例なほど高価だが凝った作りがされたクルマとしてヒット作となった。
軽自動車が高くなった今では、当時のコペンの価格は大したことないと思われるかもしれないが、今ほど装備が充実していない時代だけに、クルマの基本構造からしっかりと作り込まれている。そして当時でもすでに珍しいのだが、コペンに積まれているエンジンは4気筒で鉄ブロックの強靭なパワーユニットだ。
最終モデルでもすでに10年落ちのクルマだが、現行のコペンよりも手応えが重厚で、軽自動車とは思えない乗り味は、未だに他車にはない魅力を感じさせる。以前は逆転現象で現行モデルより高いクルマが目立ったが、最近は走行距離が少なめな個体でも100万円前後で手に入るようである。初代のコペンに乗るなら、今が最後のチャンスと言えそうだ。
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