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株主総会シーズンは最終盤を迎え、総会で新たな取締役が選任され、新体制が発足している。

今年4月に発足した東京証券取引所のプライム市場に上場する企業は取締役の3分の1以上が社外であることが求められ、従来の「2人以上」から基準が高くなった。これに先立ち、会社法が改正され、2021年からは上場、非上場を問わず、資本金が5億円以上か負債総額が200億円以上ある「大会社」や、株式の譲渡制限がない会社などには1人以上の社外取締役の設置が義務付けられた。

存在感が高まっている社外取締役の大きな役割は、何と言っても経営を監督し、トップの暴走を食い止めることにある。果たして日本の社外取締役は株主などからの負託に応えられているのだろうか。

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トヨタと日立の社外取締役兼務に批判

菅原郁郎氏(トヨタ自動車公式サイトより)

いま、産業界で最も注目されている社外取締役の1人は、今月22日に開催された日立製作所の定時株主総会で同社社外取締役に選任された元経済産業省事務次官の菅原郁郎氏だろう。注目の理由は、氏はすでにトヨタ自動車の社外取締役の任にあり、それに日立での役職が加わったことで、日本を代表する巨大製造業2社の社外取締役を兼任するからだ。この人事に対し、中央官庁や産業界からは「利益相反と指摘されるリスクもあるのでは」といった批判が出ている。

日立製作所は中核子会社「日立アステモ」を傘下に抱えている。21年1月、日立オートモティブシステムズと、ホンダ系列のサプライヤーであるケーヒン、ショーワ、日信工業の3社が経営統合して発足した会社で、売上規模は約1兆6000億円ある。

出資比率は日立製作所が66.6%、ホンダが33.4%となっており、経営の主導権は日立側が握る。日立はかつて日産自動車系の電子部品メーカーであるユニシアジェックスを買収、その事業は日立アステモが引き継いだ。このため、同社は日産やホンダとの関係が深く、国内での大きなライバルは、トヨタ自動車が筆頭株主であるデンソーやアイシンだ。

そのデンソーにはトヨタ社長の豊田章男氏、アイシンには氏の側近の1人でトヨタ執行役員「番頭」の肩書を持つ小林耕士氏がそれぞれ取締役に就いている。トヨタグループの一員であるデンソーやアイシンは、開発した最先端の技術を真っ先にトヨタに提案するのが「暗黙の掟」。役員、幹部の人事交流もあることなどから経営の方向性はトヨタとほぼ一体化している。

菅原氏は、こうして競合関係にあるトヨタグループと非トヨタグループ両方の部品戦略に関与できる地位を得たことになり、それが利益相反につながる可能性があるとの指摘を受けているのだ。

監督と執行が分離されていれば利益相反にならないとの見方がある一方で、トヨタと日立といえば、経産省とは関係が深い企業。その両社の社外取締役を元事務次官が堂々と兼任する人事は非常に目立つため、実質天下りでないかと批判されることも同省は嫌っている。

そもそも社外取締役普及の推進の旗を振ってきたのは、同省産業組織課。企業統治に詳しい弁護士の中には「天下りポストを増やす意図があったと見られても仕方ない」という声もあるほどだ。

「アルバイト」より「猛獣」を飼え!

確かに日本の大企業の社外取締役に就いている顔ぶれを見ていくと元高級官僚が多い。それに加え、女性と大学教授だ。筆者が知っている、それなりのポストを得ている企業の女性幹部の中には「定年退職後はお気軽に社外取締役のアルバイトでもしたいわ」と言っている人もいる。

「アルバイト感覚」というのは、冗談交じりに言っているように見えて、いま社外取締役を務めている人の多くに共通する本音ではないだろうか。本気で経営を監督したり、助言を送ったりしようと考えている人はまずいないと見ていい。もちろん、そんなお気軽な気分で引き受けてはいないとか、社外取締役制度を批判すること自体、時代遅れだと反論する人もいるだろうが。

ただ、筆者は日頃の取材を通じて、日本はここ何年か社外取締役制度を拡大普及させながら、それが一向に業績向上やガバナンス改革に結びついていないようにも感じている。その要因の一つが、「アルバイト感覚」に思えてならないのだ。

ではどうすれば、社外取締役が機能するのか、を考えてみたい。結論から言えば、現役バリバリの経営者が社外取締役を兼ねればいい。中でも歯に衣着せぬ発言をするタイプが望ましい。ただ、そうした経営者は忙しく、時間の制約もあるからだろうが、日本では社外取締役に就いているケースがなかなか見当たらない。

筆者がこう主張するのは、強面の現役経営者が社外取締役を兼任することで、取締役会が健全な緊張感に包まれると同時に、社外取締役自身も新たな視点を学ぶことができる効果があり、双方に利点があると考えるからだ。

ソフトバンクグループ・孫正義会長(写真:つのだよしお/アフロ)

日本ではこれまでソフトバンクグループ(SBG)が「猛獣」を社外取締役で受け入れてきた。SBGの主な歴代社外取締役を見ていくと、日本マクドナルド社長だった藤田田氏、元マッキンゼーの大前研一氏、セブンイレブンジャパン会長だった鈴木敏文氏、日本電産会長の永守重信氏、ファーストリテイリング会長兼社長の柳井正氏ら錚々たる顔ぶれだ。みな、本質論をずばりと忌憚なく発言するタイプでもある。

浮き沈み激しいSBGがこれまでしたたかに生き残れてきたのは、孫正義氏が一癖も二癖もありそうな社外取締役を上手に活用して取締役会の議論を活発化させていたことと無縁ではない気がする。

ある時、筆者は永守氏にSBGの社外取締役時代の話を聞いたことがある。「投資家としての孫氏の目利き力はすごいが、自分とは考え方が違う。半導体設計会社のアーム買収の際には買収価格が高すぎるので反対したが、その成否は歴史が決めること」と語っていた。

多彩な経営者がいてこそ活性化

孫、永守両氏とも日本では珍しくM&A戦略に長けた経営者である。裸一貫で起業し、M&A戦略を駆使しながらSBGと日本電産を世界的企業に育ててきた。

ただ手法は違う。今やSBGが投資会社化したことからも分かるように、孫氏は博打的に投資を行う。言葉は悪いが、「下手な鉄砲も数打てば当たる」的な投資を得意としている。現に孫氏はこれまで数多く投資し、成功したのは米ヤフーと中国アリババへの投資くらいだと言われる。2000年に行ったアリババへの約20億円の投資が、一時は10兆円を超える資産に化けたほどだ。

日本電産・永守重信会長(写真:ロイター/アフロ)

これに対し、永守氏も創業以来70社近く買収して事業規模を拡大させてきた。その手法は、たとえば、売上高が1000億円規模の時は、その半分程度の500億円程度の会社を買収し、そこを鍛えて1000億円の売上高に伸ばしてトータルで2000億円の会社にするというやり方だ。

特に永守氏が狙う企業は、潜在能力がありながら経営力の弱さから収益を出せない会社である。買収後は、こうした会社に永守氏自身が乗り込み、ハンズオンで経営手法を伝授し、復活させる。潜在能力のある会社を安く買うことに永守氏は長けている。このため、のれん代償却にも苦しまない。ここが孫氏と大きく違う点だろう。孫氏は流れに乗りそうだと思えば一気に勝負に出て、潮目が悪いと一気に引く。ハンズオンでもなく、買収した企業に自身が乗り込むこともない。いわば孫氏は狩猟型で永守氏は農耕型なのかもしれない。

孫氏のような経営手法もありだし、永守氏のやり方もありだと思う。両氏の経営手法の巧拙を論じてもあまり意味がない。個性豊かな様々なタイプの経営者がいてこそ日本の産業界は盛り上がり、それが経済成長につながる。

繰り返すが、歯に衣着せぬ発言で本質を突き、人間としても豪快な名物経営者が他の会社の社外取締役を務めることで、企業のガバナンス改革は進み、会社は発展する可能性が高まる。ただ、日本には豪快な経営者が少なくなってしまったことも事実であり、だから社外取締役のポストが官僚の天下り先になり果ててしまったという一面がある。