今年に入って運送業界でにわかに話題になっている「2024年問題」。
政府の働き方改革で、一般職種の大企業は2019年から、中小企業でも20年から、時間外労働の上限規制、原則360時間(労使合意の場合でも720時間)が導入され、これに遅れること5年、2024年の4月1日からはトラック運送業でも時間外労働の上限960時間が始まります。
これはもちろん、無理な運行や過重労働に起因する交通事故への反省もあってのことですが、運送会社からは「ドライバーの数を増やさなければ、これまでの業務をこなせなくなる」また、ドライバーからは「稼げなくなる」という声がしきりに出ています。
余暇の増加は歓迎すべきことですが、給料はどうなる!? この問題に現役ドライバーでありトラックジャーナリストの長野潤一が迫ります。
文/長野潤一 写真/フルロード編集部
※2022年6月発売「フルロード」第45号より
■意外に大したことない「2024年問題」
現行のドライバーの労働時間の基準は「トラック運転者の労働時間等の改善基準のポイント」(厚生労働大臣告示、以下「改善基準」)に規定されている。
よく用いられるのが、「1日の拘束時間原則13時間以内、最大でも16時間以内(15時間超は週2日まで)」である。
ただし、基本となる労働時間は一般職種と同じ1日8時間以内、週40時間以内(拘束時間は1日9時間)である。これを超える労働は時間外労働となる。
労働時間の計算には週、月、年の単位が混在し、非常に難解である。全日本トラック協会の計算方法では、1月を4・3週、月の出勤日数を22日とする。すると、基本の拘束時間が年間2328時間となる。年間の総拘束時間3516時間からこれを引くと、現行の残業上限は1188時間となる。
改正後の残業時間は960時間で、約2割減、総拘束時間は6.5%減となる(下記表参照)。
なにか大ナタを振るうかのように言われる「2024年問題」だが、総拘束時間の減少幅は意外に大したことがない。ただし、スピードを要求される長距離の生鮮品輸送では影響が出るだろう。
■現場に即していない「改善基準」
ドライバーの仕事は、長距離やコンビニ配送を中心に深夜労働が多いのだが、現行制度では「賃金の深夜割増」(深夜の残業の場合、基本時給の1.5倍)がほとんど反映されていない。
実際には、トラックドライバーの給料は、深夜だろうと昼間だろうとあまり変わらない。これが、2023年の改正後は基本時給の1.75倍(月60時間超の部分)になるという。
全日本トラック協会の試算例によると、この変更で1人あたり月6300円の時間外手当の増額になるが、本当に上がるかどうかは非常に懐疑的だ。
そもそもトラックドライバーには残業の概念があまりないからだ。しかし、人がベッドで寝ている時間に、眠い目を擦りながら危険な深夜労働をすることへの敬意や代償があってもよいと思うのだ。
「改善基準」では「拘束時間1日13時間以下」「430休憩」など、多数の規制をしているものの、深夜労働に関する制限が弱い。24時間を夜昼関係なく扱っており、深夜12時から出勤しろというのもアリ。これでは人間の生理学的に大変厳しいものとなってしまう。
かつてバブルの頃は、建設業でも徹夜の作業は2人工、3人工といって通常の2倍以上の賃金が支払われ、それなりの補償があった。
また、昔のあるドライバーは「午前2~6時の間に2時間寝れば、何日でもぶっ続けで働ける」と言っていた。こういうことを続けると危ないが、ある程度真実を突いている。
つまり、明け方前の午前2~6時は人間が最も眠たい時間帯であり、この時間帯に寝れば身体も楽である。また、この時間帯には重大事故も多い。
「改善基準」は深夜労働の規制にもう一歩踏み込むべきだと思う。「430休憩」は、連続運転時間4時間以内で30分の休憩を取りなさいというもの(分割可能)。「430」はEUの規制と同等で、米国では「8時間に30分の休憩」がある。
これについても意見は多いと思うが、一つ指摘しておくと、残業時間の規制が始まると、これまで高速代節約で下道を走っていたトラックが一気に高速に乗るようになるだろう。
すると、SA・PAの駐車マス不足にさらに拍車がかかることになるだろう。「430」を守らなければ監査でやられ、路肩に駐車すれば道交法違反。「運転手はいったいどうすればいいのか?」と思ってしまう。
■「担当車」と「乗り回し」
トラックドライバーの給与体系には、約50年前の「映画トラック野郎」の頃の慣例が今も残っている(金額は見る影もなく減ってしまったが……)。つまり、歩合制、出来高払いが今も残る。
たとえば会社に属していても、基本給は7~8万円程度で、賃金の大部分が歩合給といった具合である。従って、時間外手当や深夜割増、待ち時間の待機料の概念が発生しないのである。どんな条件でも1本(の仕事)は1本だ。
そこで乗務時間を減らされると、給料の目減りにつながる。また、1人が1台のトラックを担当する「担当車」は不利になるだろう。クルマの稼働率が下がるが、駐車場代などの固定費は変わらないからだ。
昔は、ドライバーが起きている間はずっとクルマを動かしているスタイルだった(弊害もあったが……)。今後は、担当のトラックが決まっていない「乗り回し」が増えるだろう。
しかし、これにはドライバーの抵抗感が少なくない。長距離の場合、トラックは生活の場ともなり、キャビンには私物も増えるが、「乗り回し」だとその都度全部積み替えなければならない。クルマの調子も把握できない。飾りつけもできなくなる。
自家用車とレンタカーぐらいの差がある。やはり、ドライバーの仕事を選ぶぐらいだから、飾りつけもしたいだろう。だが、働き方改革は「担当車」乗りにとっては向かい風だ。
■規制後に運賃は上がるのか?
総労働時間の規制によってトラック輸送の供給量が減少すれば、経済の理論上は、需要と供給のバランスからトラック運賃は上がるはずだ。そうすれば、運転手の時給も上昇し、労働時間が短くなっても以前と変わらない手取りが得られ、好循環になるはずだ。
だが実際に、そう上手くはいかないだろう。運賃は、いずれ遠い将来には上がるかも知れないが、すぐには上がらないだろう。そのタイムラグに、ドライバーが「稼げなくなる」と言っている理由がある。
なぜ、すぐに運賃は上らないのか。トラック運送会社は全国に約5万7000社もある。そのほとんどが中小企業だ。中には残業時間の短縮を守らず、運賃もダンピングする運送会社が出て来るだろう。
ルールに従わない会社は国交省の監査で指摘され、車両の使用停止や営業停止といった行政処分を受ける。会社名もホームページで公開される。しかし、企業数が多過ぎて監査が追いつかないのである。
ところで、今年になって「米流通大手ウォールマートのドライバーの年収が11万ドル(約1400万円)に跳ね上がった」というニュースが入って来た。
アメリカのトラックドライバーはそんなに高給なのか?フルロード本誌でもおなじみ、USAトラックドライバーのPUNKさんに聞いてみた。
そうしたらいろいろ調べてくれて、「職種により4~8万ドル(5百万~1千万円)ぐらい」だと教えてくれた。日本から見れば羨ましい年収だ。
日米でこんなに違う原因を考えてみるに、日本では他の産業も手取り月収16万円などと安い。平成以降の日本は、工場が海外に移転、産業の空洞化で労働力がさほど要らない社会になり、労働の価値が相対的に下がった。
他産業の賃金が上がらなければ、トラックドライバーの賃金の上昇も考えにくい。
■乗り切る方法を考えよう
最後に労働時間短縮を乗り切る方法を箇条書きにした。それぞれの長所・短所を考えてみたい。
①モーダルシフト(鉄道輸送、フェリートレーラの利用)これは、もう以前から進められている。転換可能なものについては既に進んでいる。
②ツーマン運行やフェリー乗船(休息時間も移動できる)ツーマン運行では「430休憩」の休憩時間が省け、スピード化できる。反面、気疲れも。長距離フェリーはETC高速料金割引開始後低調だったが、今後脚光。
③中継輸送(トレーラ=台車交換、単車=乗務員交代)長距離だが、毎日家に帰れる。渋滞による遅れなどでの待ち時間が課題。
④荷役と運転の分業化(海コン方式、スワップボディ)荷役分の労働時間が短縮され、ドライバーは長距離の運転が可能に。ただし、荷役に新たな人件費が発生。
⑤翌日配達の削減(翌々着の貨物を別のトラック便で輸送)現在の宅配便は、関東~関西翌日配達など、早さを売りにしている。しかし、中元歳暮、通販など必ずしも翌着を必要としない荷物も多く含まれる。翌々日配達の荷物を分ければ、運行時間に余裕ができ、中継輸送の運用もしやすくなる。郵便では既に近距離でも翌々日配達を導入。深夜労働削減のため。
この他、待ち時間の削減(トラック予約受付システム)、着荷主の長時間待機を規制、ホワイト物流推進(荒天時の計画的運休)、手積みの削減(パレット化)、再配達削減(宅配)などが挙げられる。
かつてのトラック運転手といえば、農閑期の出稼ぎ先などで、ただがむしゃらに働くといった時代もあった。それが現代では、ある程度の余暇が得られるようになった。
人は家族を養うためや自己実現のために働く。充実した余暇の過ごし方を見つけることも、現代のドライバーには必要なのかも知れない。
ただ、改正後の労働基準でもまだ、一般職種にくらべ休日が少な過ぎる。給与の水準も上げねばならない。現代のドライバーの環境は、ドラレコ・デジタコ・労働基準によるデジタル監視社会になってしまった。
労働時短の本来の目的である、安全で活力ある職場を取り戻すことも重要なのかも知れない。
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