マツダの次世代を担うFRラージ戦略の尖兵として華々しく今年デビューしたCX-60。その最高グレードにはマツダ車として歴代最高となる600万円超えのグレードが設定された。……と、ここで思い起こさせるのがかつてバブル時代に突っ走ったマツダの暴走ぶりだ。
5チャンネルへの多角化はこれまでも散々語り尽くされてきたが、実はその上を考案していた高級ブランド、「アマティ」の存在があった。レクサスやアキュラ、インフィニティに伍すブランドとして投入予定だったアマティについて、今回のCX-60登場から今後のマツダの行く末を考えてみた。
本文/清水草一、写真/ベストカー編集部、マツダ
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■ついにマツダのFRラージ戦略が始まったのだが……
マツダはこれまでの「スモール商品群」に加えて、ミッドサイズ以上の「ラージ商品群」を開発していくという。その第1弾がCX-60だ。モデル名でいうと、「6」あるいは、「60」以上の数字が、基本的にラージになる。
ラージ商品群最大の特徴は、フロントにエンジンを縦置きし、後輪を駆動するFRベースのレイアウトを採ることだ。
CX-60は、マツダ車として史上最高価格となる626万4500円というグレードが設定された。グレード名は「PHEVプレミアムスポーツ」。2Lガソリンエンジンに、プラグインハイブリッドシステムを組み合わせている。
その一方、299万円という300万円切りの最廉価グレード(25Sパッケージ)も設定されているので、一概に高いとは言えないのだが、かつて存在したマツダ車ならではの大幅値引きを完全にやめ、ディーラー店舗をオシャレな黒に統一しつつあるなど、プレミアム戦略を推し進めているのは間違いない。
■ふと頭をよぎったのは、かつての5チャンネルプラスワン!?
それを見ていると、中高年はつい、30年前にマツダを襲った悲劇が頭をよぎってしまう。マツダ5チャンネル態勢の失敗による経営危機である。
実はこの5チャンネルには、葬り去られた「プラスワン」があった。その名は「アマティ」。北米で新たに「アマティ」というブランドを立ち上げ、先行するレクサス、インフィニティ、アキュラに対抗する予定だった。
アマティ計画がスタートしたのはバブル期の1988年頃。1991年には正式にアマティブランドの設立を発表し、1994年から販売を始める計画だった。
アマティブランドは、基本的には日本のユーノスブランドの北米版で、ユーノス500をアマティ300、ユーノス800をアマティ500、ユーノスコスモをアマティRX-8として発売する予定だった。
加えて、アマティブランドのフラッグシップサルーンとして、4LのW12気筒エンジンを載せた「アマティ1000」の開発も行っていた。W12エンジン単体は、1989年の東京モーターショーに出展されている。
■時代の波に乗り遅れまいと立てた戦略は崩壊
しかし、バブル経済の崩壊によって、1992年にアマティ計画は中止。アマティ1000もお蔵入りとなった。
当時のマツダは、バブル経済による販売台数拡大と高級化の流れに立ち遅れまいと、極端にイケイケな戦略を立てたが、バブル崩壊によって会社の存続すら危ぶまれる状態になった。
倒産の危機はフォード傘下入りすることで免れたが、以来マツダは背伸びすることなく、ひたすらいいクルマを作ることに努めてきた。
シャシーやエンジンに関しては、SKYACTIVテクノロジーとして集約され、スタイリングは「魂動デザイン」として花開き、クルマ好きの間では大変評価が高い。
ただ、これまで30年間、背伸びをせずに頑張ってきただけに、今回のラージ商品群戦略を見ると、つい「大丈夫か?」と心配になってしまう。
30年前の5チャンネル+アマティの悲劇は、時代の波に乗ろうとして時代そのものが崩壊したことで発生したが、現在は状況が違う。
景気は世界的に後退しているし、電動化という巨大な課題も立ちはだかっている。いや、ウクライナ紛争が発生するまでは、世界経済は金融緩和による金余り現象でワッショイワッショイだったので、今回もまた、マツダが乗ろうとしていた時代が崩壊し、はしごをはずされつつあるように見えなくもない。
電動化対策としては、CX-60にはプラグインハイブリッドが用意されているが、最高価格グレードであり、北米でも日本でも量販は望めない。欧州では近い将来、プラグインハイブリッドも禁止される。EVはいまのところMX-30EVだけ。もっと数が出そうなモデルの予定も聞こえてこない。
マツダよ、本当に大丈夫なのか!?
■マツダ車のラインナップはまるでミネラルウォーターのよう?
私のマツダに対する懸念には、もうひとつ理由がある。近年のマツダ車は、クルマ好きの心を完全に捉えるような、個性バリバリのモデルが少ないことだ。ぶっちゃけ、ロードスターだけ。ロードスター990Sの出来には心底感服したが、それを除くと本気で惚れ込むようなクルマがない。
マツダのラインナップは、どれもいいクルマではあるが、ロードスターを除くとどれも個性が弱く、クルマ好きを唸らせるような特別な走りの味わいが薄い。
例えれば、ミネラルウォーターに似ている。炭酸飲料のような刺激はなく、健康によさそうだが、積極的に飲みたくなるような魅力もない。
CX-3とマツダ3、CX-30に関しては、路面からの突き上げでサスが跳ね、マツダのシャシーらしい接地感の高さもない。この問題は徐々に改善されつつあるが、まだ以前のマツダ車(例えばアクセラ)のような、足がしなやかに路面を捉えて離さず、どこまでも走って行きたくなるようなクロウト受けな仕上がりには至っていない。
■CX-5頼みなのがいかんともしがたい
CX-5は総合力の高い、優れたSUVだが、現在のマツダはCX-5に頼り切っている。CX-5以外のモデルは、CX-8も派生形にしか見えず、それもこれも、もう1本の柱にはなれそうにない。
CX-60に関しては、まだ試乗できていないが、凝ったメカを持っているわりには、どのパワートレーンも、ミネラルウォーター風味であるらしい。アマティ1000はユンケルとかレッドブルだったのでその真逆だが、せっかくの直6までもがミネラルウォーターで大丈夫か!?
きわめて自然な、「流れる水のような走り」が、現在のマツダのクルマ作りの哲学なのだろうが、マツダのようなニッチブランドはもうちょっと個性を際立たせないとマズイのではないか。
そもそもマツダは、ニッチ戦略で生き残りを図っているはず。ニッチがミネラルウォーターで大丈夫かと、クルマ好きとして心配でならない。
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