香港は7月1日、イギリスからの返還25年の節目を迎える。統治がイギリスから中国政府に変わったこの25年間で最も顕著な変化は、香港から自由な気風が失われたことだ。2020年7月1日に施行された国家安全維持法(国安法)は反政府的な動きを取り締まるもので、当時、抗議デモに参加した人が1万人にも上り、約370人が逮捕される事態となった。この法律の施行を契機に、香港の人々による高度な自治を保障してきた「一国二制度」の大原則が踏みにじられることとなった。
そしてそれに伴い、香港のアジアの金融・貿易ハブとしての地位が低下。そんな中、香港に代わる国際金融センターの地位を虎視眈々と狙うのが東京だ。
“治安畑”の行政トップ、監視社会化
中国国営の新華社通信は、習近平国家主席が7月1日に香港島のワンチャイで開催される返還25周年の記念式典に出席することを発表した。17年に習主席が返還20周年記念式典で香港を訪問した際には、会場周辺で民主活動家らによる抗議活動が起きたものだが、前述の国安法の施行によって今回は激しい抗議活動が起きる可能性は極めて低いと見られている。
もっとも、それでも香港当局は厳戒態勢で警備に当たっており、会場周辺の道路や一部の駅、公共交通機関などを封鎖。上空でのドローン飛行を禁止する。また、式典への取材も規制され、香港記者協会によると地元メディアサウスチャイナ・モーニングポスト、英ロイター、仏AFP通信など、7社以上の国内外メディアの記者が式典への出席を拒否された。
こうした状況を見るにつけ、香港から一国二制度がすっかり失われた感があるが、この制度は1997年にイギリスから中国に香港が返還されたときの国際公約だ。香港の憲法ともいうべき「香港基本法」にも掲げられている。中国は返還前の約束通り、一国二制度を取ったが、一方で言論統制や選挙への介入も行なったため、市民による抗議デモも頻発した。そんな中で強行施行されたのが、冒頭で述べた国安法だ。国家の分裂や政府の転覆、テロ活動、さらに外国勢力との結託により国家の安全に危害が及ぶ犯罪を処罰するもの。最も重い罪には終身刑が課せられる。国安法の施行によって香港政府からの管理を一切受けずに、中央政府が独立して取り締まりができる出先機関も設けられた。さらに容疑者を中国本土で裁判にかけることもできるようになった。
香港政府のトップ人事も、これまでとは様相が異なる。7月1日、トップの行政長官に李家超(ジョン・リー)が就任する。彼は国家安全維持法の成立を推し進めた人物で、反対デモを抑え込んだ香港の元警察官僚だ。97年の返還以来、香港政府のトップは財界有力者やキャリア文官が5代にわたり担ってきたことを考えると、極めて異例な人事ともいえる。ナンバーツーの政務官になる陳国基(エリック・チャン)は、入出境の管理当局で長年勤務してきた官僚。つまり、ナンバーワンとツーの両方が“治安畑”出身者で占められることとなり、返還25年を機に中国共産党の完全支配による監視社会へ変わることが国内外に示されるのだ。
アジアの金融ハブ、次はどこ?
経済的な側面から見ていくと、香港は返還前後の大量移民と97年からのアジア通貨危機で、返還当初は経済が冷え込んだ。さらに03年に発生したSARS(新型肺炎)で観光客が激減し、大打撃を受ける。だがSARSが終息すると、中国本土から香港への個人旅行が解禁されたことも相まって観光客が激増し、景気が上向くように。
さらに中国の経済成長とともに、香港経済も大きく飛躍し、ロンドン、ニューヨークと並ぶ世界三大金融センターとしての地位を確立した…というのが現在までの経緯だが、香港が国際金融センターの地位を維持できるのは、言うまでもなく一国二制度のおかげだ。中国の支配がさらに強まり、香港から自由が失われれば、その地位はますます低下することになるだろう。そうなったとき、次代のアジアにおける金融・貿易ハブとして名乗りを上げる都市はどこなのか?
イギリスのシンクタンクZ/Yenグループが昨年3月に発表した金融センターの国際的競争力を示す「GFCI(世界金融センター指数)」によると、1位ニューヨーク、2位ロンドン、3~6位には上海、香港、シンガポール、北京とアジアの都市が続く。東京は7位とアジアの他国の後塵を拝しているが、それでもニューヨーク、ロンドンに続く国際金融センターの地位を得られる可能性は十分ある。
他国を見ていくと、まず金融先進国のシンガポールは可能性が高そうだが、アメリカとは近しい関係にあるとはいい難い。国際金融センターとして認められるために必要なのは、何よりもアメリカの信認である。そもそも中華圏の国であるし、アメリカの対中制裁にも与していない。香港同様、イギリスの影響が色濃く残る国だ。地理的にもGFCI上位の国の中でアメリカから最も遠い。
もちろん、中国が香港の国際金融センターとしての地位をみすみす明け渡すわけがないという考え方もないわけではない。だが、金融に限らず国際都市に最も必要なのは“自由”である。一国二制度に揺れる香港が今後、グローバル経済がさらに進展する中で金融センターとして機能するのは考えづらい。それは上海と北京についても同様だ。中国がどんなに好況に沸こうとも、投資家にとって自身の資産が中国政府に脅かされかねない状況は受け入れ難いだろう。
東京は“漁夫の利”得られるか
そうなってくると、国際金融センターの“第三極”として存在感を高めてきそうなのが、何を隠そう東京である。日本は経済の長期停滞が続くといってもいまだGDP世界3位の経済大国であり、通貨も円はアメリカドルとユーロに次ぐ強さだ。株式市場も世界2位の規模であるし、取引高も65%以上を外国人投資家が占めている。
13年に発表された第2次安倍内閣による日本再興戦略で「アジアナンバーワンの金融・資本市場の構築を目指す」との方針が示され、財務省と金融庁が提言を取りまとめた。こうした動きを受けて東京都でも17年11月、「国際金融都市・東京」構想を公表。国際金融都市としてのプレゼンス向上、個人金融資産の有効活用や金融セクターの成長産業化などが盛り込まれた。
今後、東京がアジアの金融・貿易ハブとしての地位を確立するためには、もちろん課題がないわけではない。また各種統計によると、東京はシンガポールや香港などに比べ、外国人高技能者からのビジネス環境の評価が格段に低い。フィンテック分野の競争力や外国銀行進出数、各都市の証券取引所に上場している外国企業の数なども、国際金融センターとして機能するには現状では物足りない。それでも米中が繰り広げる覇権争いの間隙を縫って、近い将来に東京が香港に取って代わり金融ハブとなる“漁夫の利”を得る可能性は十分ありそうだ。