凶弾に斃れた安倍晋三元首相。その安倍氏が保守層からの熱烈な支持を受けていたことはよく知られている。しかし、安倍氏の長期政権を支えた層がもう一つある。それが若者だ。
国葬に関する各種世論調査を見ても、若者ほど賛成の割合が高いことがわかる。若者から見た安倍氏の姿と、そんな若者に安倍氏が遺したものについて、元首相番の筆者が考える。
「安倍晋三」を支える人たち
筆者は2016〜17年、第3次安倍内閣で首相番を担当していた。ちょうどその時期、森友学園問題、加計学園問題が相次いであらわになったが、それでも安倍政権は揺るがない。そんな様子を見て「永遠に安倍政権が続くのではないか」とすら思わされたものだ。
首相番は早朝から深夜まで物理的に首相を追いかけ続ける、何よりも体力が求められる仕事だ。そのため、政治部に配属された若手記者の登竜門となっており、筆者が勤めていた通信社では1年目の新入社員が担当することもあった。政府関係者から「右も左もわからない新人を首相の側に近付ける首相番に配置するのは、本当はやめてほしい」と言われたこともある。
首相番時代に筆者がつくづく感じていたのは、安倍氏を支える人たちの多さだ。「首相」だからではなく、「安倍晋三」を支えようとする人たち。「安倍さんだから」「安倍さんじゃなきゃ」…。政治家も役人も民間人も、何度もそう口にするのを聞いた。
さて、多くの支持者に支えられ歴代最長の在任期間を誇った安倍政権だが、とりわけ若者の支持が非常に高かったことは知っているだろうか。朝日新聞の世論調査を見てみると、2020年7月の退陣前最後の世論調査では支持33%、不支持50%となっている。新型コロナウイルス感染症対策への低評価などから、不支持が支持を上回った形だ。
一方、若者を見てみると様相が異なる。29歳以下では支持46%、不支持29%と、支持が不支持を大きく上回っていたのだ。
若者が安倍政権を支持した背景としてまず考えられるのが、現状維持を求める傾向だ。「誰に入れても変わらないなら、政権は安定していた方がいい」「野党は批判しているだけ」と考える若者は多い。
だがそれだけで、「若者の安倍政権支持率の高さは、安定を求める若者が多いからだ」と済ませることはできない。なぜなら、岸田文雄内閣に対する若者の支持率は、全体の支持率を下回る傾向にあるからだ。7月の支持率は全体が支持57%のところ、若者は55%とわずかだが低い。
念のため、他の月の世論調査も見てみよう。岸田氏が就任してから2022年7月現在までに行われた10回の世論調査と、安倍氏の退陣前の1年間に行われた世論調査13回から、若者の支持率と全体の支持率を比べてみた。
ご覧の通り、安倍政権がほとんどの調査で全体よりも20代の支持が高くなっているのに対し、岸田政権では20代の支持が全体を上回ったのは一度きりだ。もし、若者の政権支持率が安定思考に起因するものであれば、岸田政権でも全体より若者の支持率が高くなければならないだろう。
つまり、安倍氏が若者から支持を集めた背景には「安倍氏個人の人気」が影響していると言える。もちろん、安倍氏自身が若者層を意識していたことは人気を高めた要因の一つだろう。筆者は選挙時、安倍氏による応援演説をそらんじることができるほど聞いたが、氏は常に若者の雇用状況を改善したことを誇らしげに掲げていた。
ただ、それよりも若者に刺さったのは、安倍氏のキャラクターだと筆者は考える。SNSでは、「#安倍総理かわいい」や「#かわいいぞ安倍晋三」といったハッシュタグがついた投稿をいまでも多数確認することができる。若者は安倍氏を「かわいい存在」とみなし、親しみを持つことで、安倍政権をも好意的に捉えていたのだ。
なお、twitterで「#岸田総理かわいい」を検索してみたところ、一件もヒットしなかった。
ちなみに若者から「ガースー」と呼ばれた菅義偉前首相も、在任中の全13回の世論調査中、実に12回で20代の支持率が全体を上回っている。若者にとって、「親しみ」は重要なファクターなのだ。
若者は国葬に賛成、しかしその背景は…
「若者の安倍氏支持」の傾向は、国葬への態度でも確認できる。NHKが7月に実施した世論調査で国葬の是非を聞いたところ、「評価する」が49%、「評価しない」が38%となっている。一方、18~39歳の若者では実に61%が国葬を「評価する」と回答。「評価する(41%)」が「評価しない(51%)」が上回った60代と比べると、20%もの大きな開きがあることがわかる。
賛成する者にも反対する者にも、それぞれの理由がある。ここでは、国葬の是非は論じないが、新聞各紙などを見ていると、それぞれ下記のような理由を挙げている。
▽賛成意見
- 歴代最長の首相在任期間を担った重責を称える
- 内政と外交で実績を残した
- 国際社会から高い評価を受けている
- 弔問外交の機会になる
▽反対意見
- 森友問題や加計問題といった問題があり、国葬に値しない
- 神格化につながりかねない
- 岸田内閣の保守層を取り込むための対策としか思えない
- 財政が厳しい中、国葬に税金を使うべきではない
ただこの中で若者に着目すると、安倍政権の具体的な功績や国葬の意味合いまで把握し、賛成している者は少ない。多くは親しみを感じていた安倍氏の衝撃的な逝去を受けて「長く首相を務めた人が銃で撃たれて死んだのだから、国葬くらいしてもよいのではないか」といったような気持ちから賛成に回っていると考えられる。
現代の若者は政治的なイデオロギーを持たない。「失われた30年」しか知らず、少子高齢化により将来の負担が増すばかりであることがわかっている状況では、政治に期待ができない。その冷めた目線は、「仲間うちで政治の話をしたら浮く」と政治を忌避する風潮をも生み出した。現在30代半ばの筆者も、まさにそういう空気の中に生きてきた。
「安倍政権はどんな功績を残したのか」「岸田政権はなぜ国葬を決断したのか」……。安倍氏の逝去は、政治を考えるきっかけとしてこれ以上ないきっかけを提供してくれた。よりよい社会をつくるために、政治に触れてみる。それこそが、安倍氏が若者に遺してくれた教えではないだろうか。