「制脳権」の争いとも言われる情報戦で飛び交う「ディスインフォメーション」に、日本はどう備えればいいのか。笹川平和財団安全保障研究グループ研究員で、サイバー安全保障に関する政策提言の取りまとめにも参画した長迫智子さんへのインタビュー、第2回は、世界各国で現実の脅威となっている、外国からのネットを通じた「選挙干渉」の問題にクローズアップします。(3回シリーズ)
選挙干渉を防ぐEUの先進的取り組みとは
――各国では外国からのディスインフォメーションに対抗すべく、ファクトチェックを行って国民に発信する官民の機関を備え始めている、と「『我が国のサイバー安全保障の確保』事業 政策提言」にありました。
【長迫】各国では2016年以降だけを見ても、ディスインフォメーションによる選挙や国民投票への干渉が行われてきました。その対抗策として、法律や官民のファクトチェック機関が整備されてきています。
例えばイギリスでは、EU離脱を問う国民投票の過程で、「離脱派」の世論形成にロシアの関与が指摘されています。そこでイギリスは内閣府内に「国家安全保障通信ユニット」を設置し、外国勢力によるディスインフォメーション活動をモニタリングし、分析や評価を行っています。また、民間のファクトチェック機関も報道機関を中心に、7団体ほどが活動しています。
また、ドイツでは連邦選挙管理委員会が選挙プロセス全般に対するディスインフォメーションの特定や、対処の責任を負うほか、一定以上の規模のSNSプラットフォーマーに対しても違法なコンテンツに関しては24時間以内、または7日間以内に削除する義務を負わせる法律が成立しています。
フランスも2021年6月に「国家を弱体化させる」ことを目的とした外国のディスインフォメーション等に対抗する機関の設置計画を発表しています。
各国とも、「特に選挙中の、外国勢力が選挙に干渉しようとするディスインフォメーションに限り、普段よりも強い措置を行う」と、選挙干渉への対策であることを明確にしています。この点は日本も法整備の参考にできるのではないでしょうか。
――「政府がディスインフォメーションを取り締まると、与党を利する」というような批判は各国では出ていないのですか。
【長迫】 確かにドイツの事例では、オーバーブロッキング、つまり「SNS事業者が過剰な投稿削除を行う萎縮効果につながるのでは」という批判もありました。ただ、立法主旨としては、あくまでも外国から意図をもって流される情報によって、国家の主権が脅かされる状況を危惧したものです。その意図が国民にも伝わっているため、大きな反発はないようです。
台湾で成功したデマ対策「2-2-2の原則」
――「外国からの干渉」に対する危機感が共有されているのですね。台湾もコロナに関して政府が積極的に情報発信をすることで、デマや中国発とみられるディスインフォメーションに対抗していました。
【長迫】台湾の場合、ディスインフォメーションや外国勢力の選挙干渉が世界的に話題になった2016年の米大統領選以前から、中国の干渉を受けてきた経緯があるのが大きいと思います。そのため、台湾は非常に意識的にカウンターとしての情報戦を効果的に行っています。
例えば、台湾政府はデジタル大臣のオードリー・タン氏の主導のもと、各省庁に「ミーム・エンジニアリング・チーム(迷因工程團隊)」と呼ばれるディスインフォメーション対策チームを設置。非常に効果的にディスインフォメーションやデマに反論、対処する仕組みを整えています。
具体的には「2-2-2の原則」と言われるもので、誤った、あるいは害のある情報が確認されてから「20分以内」に、「200字以内」で、「2枚の画像」を付けた形式で、有害情報を打ち消す情報を発信するという方法を取っています。しかも、「正しい情報はつまらないから拡散されない。偽情報はインパクトがあるから即座に拡散され、その速度は正しい情報の6倍である」という研究結果を踏まえ、とにかく早く、短文で分かりやすく、しかもユニークで面白いものを発信することで、偽情報を上回る速度で拡散させる、という対策で、実際に効果を上げています。
選挙インフラを「重要インフラ指定」に
――ネットの特性や人の心理を十分理解した対策ですね。それからすると、「官製のファクトチェック機関がなく、民間でも3つしかない」日本は相当遅れているように思います。何から手を付ければいいのでしょうか。
【長迫】政府としては、日本の政治の意思決定の最大のプロセスが選挙である以上、選挙結果に影響を及ぼそうとするディスインフォメーションへの対抗策が急務で、対策の一つとしては選挙にかかわるインフラを「重要インフラ」に指定することが先決だろうと思います。
また、ディスインフォメーションに対しては、国民の言論の自由を脅かさないよう、「外国からの情報工作」に対処するという基準を明確にしたうえで、現在どのような攻撃が行われているか、逐次指摘することも対策の一つです。
例えばEUでは、2015年3月に設立された行政機関・戦略的コミュニケーションタクスフォースがネット上をモニタリングし、「外国勢力が拡散しているディスインフォメーション」が確認された場合、「EUvsDisinfo」というサイトで情報や分析、時には反論を公開しています。
こうした取り組みは日本でも参考になるのではないでしょうか。ただ、民間、特にメディアの協力なしにはできないところもあると思いますし、何より政府系の広報サイトは、なかなか多くの国民が見に行くところではない、という点も改善しなければならないでしょう。国民が自分で情報を取りにいかなければならない、となるとよほど興味のある人でない限り、わざわざ見に行きません。
台湾ではファクトチェック団体が運営するLINEのチャットボットに登録しておけば、「こんなディスインフォメーションが広がっていますが、騙されないでください」というメッセージが自動で届くようになっています。日本でも、「行政やファクトチェック機関から国民に情報をお届けするシステム作り」が必要ではないかと。それこそ天気予報くらいの身近な情報として、「今日の警戒情報」を公開できるくらいになるといいのですが。
多層で多様なファクトチェック機関が必要
――警視庁やNHKの夕方のニュース番組が、詐欺の具体的な手口や対象地区を知らせていますよね。あれに倣って「今日のディスインフォ」を広報するのはいいかもしれません。
【長迫】そうですね。官民一体でディスインフォメーションのモニタリングや、ファクトチェック、反論までの流れをやっていく。官だけでなく、メディア系や大学系、研究機関などがファクトチェック機関を設けていく流れも期待したいところです。欧米では官のみに限らず、多層で多様な機関がファクトチェックを行っています。
――確かに、ディスインフォメーションに対するカウンターを打つにも、政府がやるとかえって「やっぱり何か隠そうとしている」と疑う人も出てきそうな気がします。
【長迫】実際、アメリカ政府のカウンターインフォメーション政策が、市民に効果をもたらしていない、という指摘はあります。だからこそ、多数の主体が多層的にファクトチェックをし、ディスインフォメーションに対する注意喚起を行う体制が必要です。日本ではまだまだ民間のファクトチェック機関が欧米と比べて少ないので、今後どのように対策を打ち、体制を整えていくかは日本社会の課題だと思います。
――ある情報発信が外国勢力によるものかどうかを、個人が見分けるのはかなり大変だと思います。日本人のアカウントに成りすましていることもあるでしょうし。
【長迫】見分けるのは確かに難しい面はあります。しかしできることはあって、例えば自分がSNSで得た情報を信じたり、拡散する前に、その情報の発信元やソースを確認する。「論文がある!」という書き込みもそれだけで鵜呑みにするのではなく、その論文のアブストラクトだけでも見に行くなど、エビデンスをしっかり押さえるだけでもずいぶん違うのではないでしょうか。個人に関して言えば、発信元が誰であっても、その情報の正確性を確認する作業が求められるのではないかと思います。