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 6月11〜12日にフランス、ル・マンで行われたWEC世界耐久選手権2022年第3戦/第90回ル・マン24時間レースは、トヨタGAZOO Racingの5連覇により幕を閉じた。8号車GR010ハイブリッド(セバスチャン・ブエミ/ブレンドン・ハートレー/平川亮)が、姉妹車7号車との争いを制して、好天に恵まれた24時間レースのトップチェッカーを受けた。

 レースから一夜明けた6月13日、16時10分に発行されたブルテンで、レース後の車検に全車が合格したことが明らかとなり、最終順位が確定。今年はレース後車検での混乱はなかった。

 そんなレース後のサルト・サーキットのパドックから、決勝レースの“裏側”、そしてレースウイークを通じた各種情報・噂をお届けする。

■中嶋一貴TGR-E副会長の“大役”

 スタート前の優勝トロフィー返還セレモニーに、昨年限りでドライバーを退き、2022年1月からTGR-E(トヨタガズーレーシング・ヨーロッパ。旧TMG)の副会長に就任した、中嶋一貴氏が登場。

 ル・マン3勝を誇る一貴氏がドライブしたのは、1985年にトヨタが初のル・マンへと挑んだ際のトヨタトムス85Cで、当時そのステアリングは父・中嶋悟氏が握っていた。なお、一貴副会長が誕生したのは1985年の1月。37年の時を超え、中嶋親子がル・マンの地で“結ばれた”瞬間となった。

かつて父・悟氏がドライブしたトヨタトムス85Cを覗き込む中嶋一貴TGR-E副会長
かつて父・悟氏がドライブしたトヨタトムス85Cを覗き込む中嶋一貴TGR-E副会長
中嶋一貴TGR-E副会長がドライブし、トロフィー返還セレモニーに登場したトヨタトムス85C
中嶋一貴TGR-E副会長がドライブし、トロフィー返還セレモニーに登場したトヨタトムス85C

 なお、レース前のセレモニーには、ル・マン出身の元テニスプレイヤー、ジョー・ウィルフリード・ツォンガも出席した。全仏オープンの準決勝に2度進出した彼は、ACOのゼネラルマネージャー、ステファン・ダラックの運転するロードカーで、レース前のサーキットを周回した。

■平川の優勝は「サプライズではない」とバセロン

 トヨタGAZOO Racingは、アウディスポーツ・チーム・ヨースト(2010〜2014年)以来となる、ル・マン24時間レースでの5連覇を達成したチームとなった。かつて、1960〜1964年には、スクーデリア・フェラーリも、この5連覇を達成している。

 平川は、関谷正徳(1995年)、荒聖治(2004年)、中嶋一貴(2018〜2020年)、小林可夢偉(2021年)に続き、ル・マンの総合優勝を遂げた5人目の日本人ドライバーとなった。

 平川は過去にLMP2で2回ル・マンに参戦しているが、トップカテゴリーでは参戦初年度に総合優勝を手にしたことになる。

 その活躍についてTGR-Eのテクニカル・ディレクターを務めるパスカル・バセロンは「これはサプライズ(驚き)ではない。もしこれがサプライズなら、彼はこのクルマに乗るべきではない」と称賛している。

「彼にとってはこのクルマでの初のル・マン。これは素晴らしいことだ」

 バセロンはまた、チーム代表を兼任する7号車小林可夢偉と平川との関係を、「師弟関係である」と表現、「“弟子”はとてもいい仕事をした」と笑顔で語った。

ハイパーカークラスへの参戦1年目でル・マンを制したトヨタ8号車の平川亮
ハイパーカークラスへの参戦1年目でル・マンを制したトヨタ8号車の平川亮

 3度目のル・マンウイナーとなったハートレーは、チェッカーを受けたときに「感情が爆発した」と語っている。

「妻と、生後6カ月の娘も来ていたんだ。(フィニッシュ後に)エンジニアが無線で『いま、奥さんと娘さんも見たよ』と伝えてきたときはもう気を失いそうになったし、さらに涙が流れた」

■完走台数記録を更新。チェッカー位置が変更

 今回の決勝では、スタートした62台のうち53台がフィニッシュ時に順位認定されており、これはル・マン史上最多の完走台数となった。

 優勝した8号車GR010ハイブリッドは、昨年優勝した7号車の371周を上回る、380周というハイパーカー・クラスにおける走行距離記録を打ち立てた。現在のところ、ル・マンでの最長不倒距離は2010年にアウディがマークした397周だ。

 また、ハイパーカークラスにタイヤを供給するミシュランは、1998年以来、ル・マンでの無敗記録を『25』へと伸ばしている。

 例年とは異なり、2022年のレースでは、フィニッシュライン上のバルコニー部分から、チェッカーフラッグが振られた。

 これは2021年のレースフィニッシュの際、コース上でフラッグを振っていたオフィシャルが最後まで続いていたLMP2クラスの順位争いをしている車両を飛び退けるという危険な状況に陥ったことから、場所が移されたものである。

トップチェッカーを受ける8号車トヨタGR010ハイブリッド。2位の7号車と同一周回だったため、“デイトナ・フィニッシュ”とはならず
トップチェッカーを受ける8号車トヨタGR010ハイブリッド。2位の7号車と同一周回だったため、“デイトナ・フィニッシュ”とはならず

■グリッケンハウスとアルピーヌの“ほころび”

 グリッケンハウス・レーシングへのオペレーション・サポートを行い、クルーも送り込んでいるヨースト・レーシングは、2016年以来の総合表彰台に返り咲いた。彼らは2016年、アウディLMP1ファクトリーチームの実働部隊として、ポディウムフィニッシュを達成していた。

 アルピーヌ・エルフ・チームの36号車アルピーヌA480・ギブソンは、イグニッションコイルの問題により一時的に8つのシリンダーのうちふたつを失い、5時間目にはガレージで修復を強いられた。

 チーム代表のフィリップ・シノーによれば、新しいコイルの装着により数ラップを失ったという。

 アルピーヌのニコラ・ラピエール/アンドレ・ネグラオ/マシュー・バキシビエールは、これらトラブルに見舞われながらも、WECのドライバー選手権ランキングにおけるリードを保っている。ル・マンを制したトヨタ8号車の3人が3ポイント差でランキング2位につけている状況だ。

 708号車グリッケンハウス007 LMHは、スローゾーンでの速度調整が難しいという問題に悩まされていた。ピポ・デラーニは「スピードが上がらないという不具合があった。それにより、僕らは多くの時間をロスしてしまった」と語っている。

 3位表彰台に立った709号車は、ル・マンのみのスポット参戦のため、ハイパーカー世界耐久選手権のポイントを獲得することができなかった。このため、5位でフィニッシュしたアルピーヌのクルーは4位に与えられる24ポイントを手にし、選手権のリードを維持することができている。

トラブルにより大きく遅れた36号車アルピーヌA480・ギブソン
トラブルにより大きく遅れた36号車アルピーヌA480・ギブソン

■ペドロ・ラミー以来のポルトガル人優勝

 JOTAの38号車でLMP2クラスを制したウィル・スティーブンスは、GTEとプロトタイプの両カテゴリーでル・マンを制した5人目のドライバーとなった。彼は2017年、JMWモータースポーツでLMGTEアマクラスを制している。

 これまでには、ロマン・デュマ(LMGTEプロ、LMP1)、マルク・リーブ(LMGTEプロ、LMP1)、クリスチャン・ポウルセン(LMP2、LMGTEアマ)、ハリー・ティンクネル(LMP2、LMGTEアマ)が、この記録を達成していた。

 JOTA38号車のアントニオ・フェリックス・ダ・コスタと、LMGTEアマクラスを制したTFスポーツのエンリック・チャベスは、2012年にアストンマーティン・レーシングのペドロ・ラミーがLMGTEアマを制して以来となる、ル・マンでクラス優勝を達成したポルトガル人ドライバーとなった。

JOTA38号車でLMP2クラスを制したアントニオ・フェリックス・ダ・コスタ
JOTA38号車でLMP2クラスを制したアントニオ・フェリックス・ダ・コスタ

 ポルシェはLMGTEプロクラス最後のル・マンを制した。リヒャルト・リエツはプロクラスの最後の優勝者のひとりとなったことについて、喜びと同時にクラスの消滅を嘆く、複雑な心境を吐露している。

「悲しいよ。とてもいいクラスだった。でも、それが人生というものだ。人生において不変なのは、“変化すること”だけだからね。いまは、終わりを迎えたんだ」

LMGTEプロクラスを制した91号車ポルシェ911 RSR-19
LMGTEプロクラスを制した91号車ポルシェ911 RSR-19

■ポルシェLMDh、正式発表日程が決定。年内に参戦も?

 ロジャー・ペンスキーは、2023年のIMSAウェザーテック・スポーツカー選手権開幕戦のデイトナ24時間レースでポルシェLMDhが正式デビューする前に、2022年のWEC最終戦バーレーンに参戦することに興味があると語っている。

 彼らは“ポルシェ・ペンスキー・モータースポーツ”として2023年から、IMSAのGTPおよびWECのハイパーカークラスへの参戦を開始する。FIAは2023年の正式導入に先立ち、LMDh車両が2022年のWECへと参戦することを認める決定を下している。

 ペンスキーは、「我々がやりたいことは、もし可能なら、今年の終わりにバーレーンでLMDhを1台走らせることだ」と語った。

「それは我々が望んでいることだ。我々の手によりレースをしたい」

 今季ここまでWEC・LMP2クラスに参戦してきたペンスキーは、LMDh車両のテストと開発に重点を移すため、ル・マン限りで2022年シーズンの参戦を終了する。

 なお、ポルシェのLMDh車両は6月末のグッドウッド・フェスティバル・オブ・スピードで正式発表される予定となっている。

チーム・ペンスキーが2022年のWEC前半3戦に送り込んだ5号車オレカ。ル・マンをもって参戦終了となる
チーム・ペンスキーが2022年のWEC前半3戦に送り込んだ5号車オレカ。ル・マンをもって参戦終了となる

■トヨタ8号車のエンジニアがユナイテッドASに移籍との噂

 パドックの関係者によれば、トヨタ8号車のレースエンジニアを務めているヤコブ・アンドレアソンが、今季後半、ユナイテッド・オートスポーツの新たなテクニカル・ディレクターに就くとの情報がある。

 現在LMP2に参戦しているユナイテッドは、将来的なハイパーカー・プログラムを行う候補チームとして、にわかに脚光を浴びている。

 TGR-Eテクニカルディレクターのバセロンと、ユナイテッドの共同オーナーであるリチャード・ディーンはともに、この件に関するコメントを拒否している。

トヨタ8号車のレースエンジニアを務めているヤコブ・アンドレアソン
トヨタ8号車のレースエンジニアを務めているヤコブ・アンドレアソン

■人数制限撤廃で24万人以上の観客が詰めかける

 ACOフランス西部自動車クラブとIMSAの経営陣は木曜日、ミュルサンヌ・ストレートの第1シケインとして新たに命名された『デイトナ・シケイン』において記念撮影を行った。

 これは今年1月に両オーガナイザーから発表されていたもので、両者の連携のシンボルとして、デイトナ・インターナショナル・レースウェイのバックバックストレートには『ル・マン・シケイン』が誕生していた。

ユノディエールの第1シケイン“デイトナ・シケイン”で記念撮影を行うIMSAとACO首脳陣
ユノディエールの第1シケイン“デイトナ・シケイン”で記念撮影を行うIMSAとACO首脳陣

 なお、金曜日のACO記者会見には出席しなかったものの、SROモータースポーツグループの創設者兼CEOであるステファン・ラテルは、レース当日にル・マンへの来場が目撃されている。

 レース後のACOの発表によると、今年のル・マン24時間レースには24万4200人の観客が参加した。新型コロナウイルスのパンデミックの影響により、2020年は無観客で、2021年は5万人という制限のもと、過去2年のレースは開催されていた。

2022年ル・マン24時間レース 表彰式の様子
2022年ル・マン24時間レース 表彰式の様子

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 2022年WEC第4戦モンツァ6時間レースは7月10日に開催される。ここではプジョーの新型ル・マン・ハイパーカー『9X8』がデビューを飾る予定であり、先日ドライバーの振り分けも発表されている。

 また、9月には第5戦として、日本の富士スピードウェイで富士6時間レースが3年ぶりに開催される。すでに富士スピードウェイからはチケット概要が発表されている。

2022年ル・マン24時間レース 夜のダンロップシケイン
2022年ル・マン24時間レース 夜のダンロップシケイン