巨大なエネルギーを生み出す原子力発電。革新的技術を使い、自力で原子炉を作ろうという壮大な構想を抱くスタートアップ企業が今年(2022年)4月に誕生した。ブロッサムエナジー(東京都文京区)だ。
高温ガス炉という日本の独自技術で作られた安全な原子炉を2035年までに建設する目標を持つ。そして安く、安定した電気を供給し、日本と世界を豊かにするという企業使命を掲げる。意欲的な挑戦は、成功するのだろうか。
逆風の中の船出、その理由は?
東京電力の福島原発事故が2011年に発生し、それ以来、原子力への信頼は低下している。電力会社、メーカーは、その不信の影響に今でも苦しんでいる。そうした逆風の中を同社は船出した。創業したのは、濱本真平さん(45歳)と、近岡旭さん(27歳)の2人だ。これまでエンジェル投資家とベンチャーキャピタルから約1億円を集めた。
濱本さんを起業に突き動かしたのは「日本が育ててきた技術で、日本をエネルギーが安く安心して使える国にしたい」という使命感という。原子力への不信感を一因に、日本では火力発電が電力供給の中心になっている。ところが日本は無資源国であり、最近の国際エネルギー価格の上昇によって、火力発電による電気の高騰に日本に住む人や企業が困っている。「近未来に老朽化した原子炉の廃炉が続くでしょう。そうなれば日本のエネルギー供給は不安定に、そして高コストになりかねない。今ある原子力技術を使って安全な原子炉を作り、そうした不安を解消したいのです。次の世代に豊かな日本を残したいのです」。
濱本さんは、国の機関である日本原子力研究開発機構(JAEA)で、新型原子炉の研究を行っていた。しかしJAEAは公的機関であり、濱本さんの構想した商業化の取り組みは自由にできない。そこで独立を考えた。「日本を救うという大きな目標を考えれば、私の仕事の地位などたいしたことはないです」と、語った。
原子炉を作ろうという壮大な夢を持つ会社は、アメリカではあるものの日本では数少ない。濱本さんの夢に、東大の大学院を出たばかり研究者の近岡さんが創業に加わった。もともと起業に興味を持ち、そして同時に自分の学んだ原子力の知識を活かせると思ったからだ。近岡さんの大学、大学院の学友には、原子力への厳しい批判を見て、就職ではそれ以外の道を選択する人もいた。「原子力で新しい動きを自分も関わりながら作り出してみたい」と、抱負を述べた。
安い電力を安全に供給できる高温ガス炉
福島で事故を起こした原子炉は軽水炉と呼ばれる型で、しかも1960年代末に着工された古いものだ。ブロッサムエナジーが提案する原子炉は高温ガス炉という形式だ。核分裂反応を利用してその熱を使うのは同じだ。しかし高温ガス炉の核燃料はセラミックと黒鉛で覆われて熱への耐久性があり、ヘリウムガスで原子炉から熱を取り出し発電に利用する。高温ガス炉に用いる物質の物理的・化学的性質によって、軽水炉のように炉心溶融によって放射能の放出事故が起きる恐れがない。きわめて安全な原子炉だ。
JAEAは茨城県大洗町に、高温ガス炉の実験炉を作り1998年から運用している。これに関係する特許は1980年代に取られたが、主要なものの期限は切れている。同社は、高温ガス炉を並列して、共通部分を設けて運用する「クラスタ化(並列化)」と呼ばれる技術を持ち、この特許の申請をしている。
大洗のJAEAの実験炉は熱出力3万kW(キロワット)(仮に発電設備を付けた場合、電気出力で約1.5万kW)となる。軽水炉は大型化が進み、電気出力100万kW以上の建設が中心となっている。それに比べると小さい。しかし同社の技術を使えば、炉心1基あたりの出力を増やしつつ8基程度まとめて、中規模の火力発電所に匹敵する出力を確保できる。また電力事業者の要求に応じて、原子炉の接続数を変更することで柔軟に原子炉の出力を変えられる設計ができる。
試算だが、同社の作る高温ガス炉の発電単価は1kWh(キロワット時)あたり7円程度となり、これは様々な電源の中では極めて競争力が高い。また既存の軽水炉による原子力発電では、発電所の周辺住民の避難の準備、原子炉の安全対策など、その運営には膨大な手間と費用がかかる。高温ガス炉では放射性物質漏洩などの大事故が構造上起きないために、こうしたものが必要ない。建設コスト、運用費も大幅に安くなる見込みだ。
海外では新型原子炉に関心、ビル・ゲイツ氏も
原子力では軽水炉が西側諸国の原子力発電で主に使われた。潜水艦などに軍事利用され、その技術を使って商業化が1950年代から行われたためだ。高温ガス炉は米国などで、1960年代に構想された。しかしJAEAは独自にその技術を発展させ、ほぼ国産の技術になっている。高温ガス炉は中国なども実験・実証をおこなっている。
ここ数年、世界各国では原子力発電が再注目されている。東欧諸国ではロシア産の化石燃料を使わないようにするために、いくつかの建設計画が立ち上がっている。また原子力発電は、温室効果ガスを排出しないために、気候変動を抑制する重要な電源として期待されている。
特に、軽水炉以外の安全性の高い新型炉にも注目と期待が集まっている。米国では、世界有数の富豪で慈善事業家のビル・ゲイツ氏が、新型原子炉の開発会社を作り、2028年の研究炉の完成を予定。中国、ロシア、韓国、フランスも、研究に取り組む。
日本は新型炉では高速増殖炉の実験を進め、1990年代まで世界に先行していた。ところが福島事故での原子力への不信感の高まりに加え、研究炉もんじゅ(福井県敦賀市)が相次ぐ運用のトラブルを起こして2016年12月の廃炉が決定したことによって、その開発の先行きが見えなくなってしまった。新型炉だけではなく、製造技術、運用方法など、原子力で世界の先頭を走っていた日本は、他国に追い抜かれ、産業としての原子力は今、「衰退」が囁(ささや)かれている。
濱本さんの夢は、そうした流れを変えることだ。「私は国の機関で研究をさせていただきました。日本の原子力技術を発展させ、それを使った原子炉をまず日本で作りたい」という。英語で「桜(ブロッサム)」を社名にしたのは、それが日本を代表する花であり、日本の技術を使う日本の企業であることを強調するためだ。
ブロッサムエナジーの2人の夢を聞く人は、誰もが揃って「応援したい」と述べるそうだ。しかし原子炉を作るのは大変で、即座に建設が動き出すわけではない。「私たちも夢ばかり語らず、まず自ら力をつけます。特許をとり設計を進め、我々が主体となって許認可を取ります」と、濱本さんは事業計画を描く。最終的には自社、もしくは既存の電力会社がプラントを持つ形で、原子炉を2035年までに建設する予定だ。
日本の技術が日本を豊かにする
2030年代には日本で、老朽化した原子炉の廃炉が続くと見込まれる。原子力発電がなくなる危機感を、政府、電力会社、そしてメーカーが揃って持っている。高温ガス炉の商業化、新設も十分にあり得るだろう。
その危機を見越して、東芝、日立、三菱重工の日本の3大原子力メーカーは新型原子炉の開発計画を公表している。ブロッサムエナジー社のライバルは巨大企業となるわけだ。「負けるとは限りません。私たちの原子炉はすでに形のあるものの性能を高める考えに立つもので開発まで比較的容易というメリットがあります。競争は厳しくても、選ばれるチャンスがある」と、濱本さんは問題を乗り越えようとしている。
日本経済は、他国に比べて起業が少なく、経済の活力に欠けるとされる。そして原子力、電力産業は厳しい状況にある。そうした状況でブロッサムエナジーは船出した。大変な挑戦だが「ダメと思われるでしょうが、困難をひっくり返すことは面白いことではないですか」という、意欲的な感想が2人から返ってきた。
志を持つ起業家が、日本の技術を使い、ビジネスによって人々の生活を豊かにする。経済ニュースで前向きの話が少なくなったことを筆者は嘆いていたが、2人の夢を聞きながら元気が出た。
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