経済安全保障の時代が到来し、台湾の半導体産業の躍進ぶりが日本でも注目を集めている。コロナ対策では蔡英文総統がリーダーシップを発揮し、DXはデジタル担当相のオードリー・タン氏が一躍名を馳せた。
日本人はこれまで台湾を「ロールモデル」としてこれまで考えることは少なかったが、台湾で30年以上仕事をしている実業家の藤重太氏は「新しく仕組みを考えるうえで、台湾の制度は大いに参考になる」と語る。この連載では、藤氏へのインタビューを通じて、台湾式「国益の作り方」を学ぶ。(3回シリーズの3回目)
民主政治が根付いている台湾
――「台湾でできることが、日本ではできない」。こうした感覚は、まさにコロナ禍で日本人の多くも突きつけられた現実でした。どうしてこうなったんでしょうか。
【藤】 いくつもの理由があるとは思いますが、最も指摘したいのは「民主政治への向き合い方」です。台湾は参加型で、日本は委託型であるという問題です。台湾の場合は、一党独裁の暗い時代があり、それを李登輝さんが打破して、民主化を進めていった。その分、民主的な政治を国民が参加して作る思想が根付いています。
また台湾人のマインドとして、「もっとうまくできる人がいるんじゃないか」と常に新しい人材を探しているところがあります。だからベテラン議員でも選挙は全く安泰ではなく、実際に新人にコロッと負けたりする。政権も、掲げた目標を達成できなければ容赦なく降ろされ、政権交代すら起きる。だから必死になるんです。
日本のように「政権公約だけは立派に作っておいて、なんだかんだ理由をつけて『できませんでした』で済む」なんてことはあり得ない(笑)。お題目を掲げるだけで、後はできない言い訳ばかりというケースは日本では後を絶ちません。「官僚が」「メディアが」「社会が」「世界が」悪いと責任転嫁します。しかし台湾は言い訳すれば許される社会ではないので、危機感が違います。
オードリー・タンはヒーローではない?
――コロナ禍では、台湾のIT大臣であるオードリー・タンさんが日本で一躍注目を集めました。マスクの在庫管理システムや、国民保険証の番号でマスク配布を振り分けるシステムを作り、「台湾、進んでるな!」と。ここでもまた、「なぜ日本でこれができないんだろう」と思わされました。
【藤】 オードリーさんは日本では関連書籍が多く出版されるなど「ヒーロー扱い」ですが、台湾ではそうではありません。コロナ禍での蔡英文総統の二期目の就任演説では、「特定のヒーローはいない、国民みんながヒーローです」言ったように、閣僚全員が奔走しましたし、防疫従事者の奮闘も素晴らしいものでした。官民を問わず、全員がそれぞれの立場に応じ、コロナ対策を円滑に進めるための努力と準備があったのです。
実際、オードリーさんは能力もあるし、立派な人ですが、「ヒーロー視」することの弊害もあります。例えば、日本の場合はすぐに「オードリーさんみたいな人がいないことが、日本の対応が進まない原因だ」としてしまいがち。つまり、「日本の政治がうまくいかない」言い訳の材料として、オードリーさんのような天才の不在にすべての責任があるように考えてしまう。裏を返せば「オードリーさんみたいな天才が一人いれば、日本のDXもデジタル庁も一変するだろう」と思いがちだということでもあります。しかしそんなことはあり得ませんよね。
――耳が痛いですね……。
【藤】 台湾には、オードリーさんのような人を発掘し、抜擢し、活かせる統治機構があるからうまくいった。オードリーさん自身のすごさに学ぶのもいいのですが、それ以上に台湾のシステムそのものをもっと分析した方がいいのではないかと思います。
もちろん、台湾の強さの秘訣の根幹には、政治的危機感があります。台湾は戦後から現在まで、常に中国という危機にさらされ続けてきました。一つ間違えば国を失うという危機感です。危機にどう対応するか、中国にどう対抗するか、という国家戦略の中に、経済力を蓄えるという政策も入ってくる。生きるか死ぬかですから、みんな必死です。
良好な日台関係は先人の「遺産」
――日台関係についてもお聞きします。私も台湾は大好きですし、台湾が「親日」だと聞けば嬉しくはなるのですが、でも「今の私たちの世代は、台湾のためになるようなことを何かしているだろうか?」とも思うんです。
【藤】 私は日本人の台湾ツアーを案内することがあるのですが、ツアーの最後に言うのがまさにそのことです。
台湾の人たちは日本が好きな人が多いし、日本統治時代を経験した高齢者の中には、日本語で昔の良き日本時代を語ってくれる。台湾の街には多くの日本時代の建物が大事に保存され使われている。ツアー参加者は「日本はいいことをしたんだ」と感動します。
そこで私は「それはあくまでも、明治期から昭和初期までの日本人が遺してくれた『遺産』があったからであり、今の日本、私たちは台湾のために何かをしているでしょうか。このままでは先達が作り上げた『遺産』は無くなります。これからの日台関係は、私たちの世代が主体的に作っていかなければならないんですよ」と自分事として考えてもらうように促します。
これから世界は台湾をWHOに復帰させるなど、独立国とは扱わないまでも独立した存在、国際社会の一員として位置づけていく流れになるでしょう。欧米はそれを積極的に後押ししています。今、日本はどうすべきなのか、特に政治家の先生には考えていただきたいです。
米中間でふらつく日本
――台湾にとっての日本は、いわば「普段は友達ぶっているけれど、大変な時には助けない薄情者」という位置づけになりかねない。
【藤】中国の顔色をうかがって、台湾の国際政治の舞台への復帰に何らの助力もしなければ、大きな失望を招くでしょう。それは何も台湾のため、というだけではありません。日本のためであり、世界のためでもあります。わたしの友人で台湾の「基進党」主席の陳奕斉さんに、2019年の台湾ツアーで特別にお話しをしてもらったのですが、その時、彼がこんなことを言いました。
「米中摩擦、米中新冷戦が今後はますます過熱します。世界が混沌としている原因のひとつが日本にあることはご存じですか?」
どういうことか。つまり「軍事的にはアメリカと同盟関係にありながら、政治や経済においては中国に秋波を送り続けてきたことを、世界がどう見ていたか知っているか」という話だったんです。その時点でも、参加していた日本人はぽかんとしていました。
「日本が米中の間でふらふらしている日本の態度は、ヨーロッパ諸国にアメリカか中国を選択する事を躊躇させている要因になっている事をご存じか。日本は世界第三位の経済大国であるという自覚を持っているんですか」と突きつけたんです。
国として認められず、友好国も次々中国に取られている台湾からすれば、日本は国際政治の主要プレーヤー以外のなにものでもない。にもかかわらず、それに見合う責任ある行動をとっていない、というわけです。
国際社会が台湾重視へ
――「中国に抜かれた、もう勝てない」「アメリカの靴を舐めている」「もう経済成長は要らないんじゃないか」「日本が何もしないことで世界が平和になる」と、こんな話ばっかりですからね。
【藤】日本が停滞している原因を、政敵や外国に求めがちです。原因究明は大事ですが、ならばそこから教訓を見出し、現実を変えるよう動いていかなければならないはずです。「あれが悪い」「これが悪い」と言うだけで何もせずいる間に、日本は経済で台湾に抜かれるかもしれません。
台湾は国際社会に復帰して行く可能性が増していますが、かといって国として独立するかはまた別の問題です。ここは日本の論客も気を付けなければならないところですが、「独立」を言い出せば中国が黙っていない。だから欧米はそうでない形で、台湾が「実」を取れるよう動いていくでしょう。すでにアメリカは大統領視察団を台湾に派遣していますし、EUも台湾との貿易対話のレベルを格上げしてきています。
日本はようやく自民党の青年部が台湾に顔を出したくらい。それでも蔡英文総統が直々に出迎えてくれました。実に「大人の対応」です。にもかかわらず「蔡英文も感謝してくれている」「俺たちもなかなかよくやってるよな」と自己満足にふけっているようでは問題です。
台湾有事を「起こさない」ために
――台湾有事も警戒されています。
【藤】講演会などでもよく受ける質問が、「台湾有事は本当に起きるのか」です。テレビ討論番組でもそうですが、その尋ね方がすでに他人事なのが気がかりです。起きるか起きないかではなく、日本としては「どうすれば紛争を起こさずに済むか」を考え、行動すべきでしょう。
有事は一方が暴発すれば起こってしまう可能性があります。しかし「台湾有事を起こさないために日本としてできることは何か」を考え、実行しなければならない。特に実効力を持つ国会でより多くの議論をして、台湾の国際社会の復帰を後押しすべきですし、それが日本の経済安全保障にも繋がるはずです。
――「台湾を応援しています!」という言葉だけで何かやった気になっていてはいけませんね。
【藤】台湾は困難な状況の中で、厳しいかじ取りをしている最中です。日本も台湾のいいところは積極的に取り入れ、主体性をもって「日本を強くするにはどうしたらいいか」「アジア太平洋地域の安定を図るために日本が何をすべきか」を考え実行する必要があるのではないでしょうか。