クルマを操る楽しさを存分に味わえるMT(マニュアルトランスミッション)車は、AT(オートマチックトランスミッション)の進化や電動車の普及によってますます希少な存在となっている。クルマ好きにとってはMT車が設定されているだけでうれしいですが、できれば気持ちのいいシフトフィールのMT車に乗りたいものです。
ここでは、1970年代MT車の全盛期に免許を取った筆者が、いままでに乗ったMT車のなかで、操る楽しさが格別だったクルマを取り上げる。さらに、今のうちに乗っておきたいオススメのMT車もご紹介する。
文/片岡英明、写真/HONDA、NISSAN、MAZDA
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ドライバーが主役になれるのがMT車の魅力
自動車の世界で「MT」と呼ばれているのがマニュアル・トランスミッションだ。エンジンなどの動力源の実力を効率よく引き出すために考案されたのがトランスミッションである。そのギアの段数を手動で切り替えるのがMTだ。
20世紀の末からは、面倒なクラッチ操作を不要にしたAT(オートマチック・トランスミッション)が主役となり、MTは脇役に甘んじるようになった。
MTを採用する自動車は、トランスミッションからタイヤに動力を伝えるときにクラッチの断続と接続をドライバー自身が行う必要がある。
左足でクラッチペダルを操作し、クラッチの切断が完了してからシフトレバーを操作してギアの段数を変えるのだ。が、上手にギアをつなぐためには慣れと技術を必要とした。うまくギアをつなぐことができないとエンジンがストール(いわゆるエンストだ)し、息の根を止めてしまう。
だが、コーナーの大きさや速度、勾配などに合わせて、最適なギアを選択でき、持てる実力を余すところなく引き出せるMT車は操る楽しさに満ち、ドライバーにとっても快適だ。
電動化が主流となり、ATの進化が著しい今、MT車は存在価値を失いつつある。が、クルマとの一体感が強く、運転して楽しいのはMT車である。機械任せではなく、自分の意思で最適なギアを選ぶなど、ドライバーが主役になれるのがMT車のいいところだ。
操る楽しさが格別だった名車とは?
MT車は20世紀の末を境に一気に減少している。今ではモータースポーツ車両までもがクラッチ操作なしに変速できるようになった。が、ボクが免許を取った1970年代はMT車の全盛期だ。
最初の愛車は、名車と言われた510型ブルーバード1600SSS(スリーエス)である。ポルシェシンクロと呼ばれるサーボシンクロを備えた4速MTを採用しているのが売りで、これに続く初代スカイライン2000GT-R(ハコスカ)やフェアレディZ432などの高性能モデルは5速のポルシェシンクロを採用していた。
ポルシェシンクロは、グニャッとシフトゲートに入る独特の変速フィールが特徴だ。バターにナイフを差し入れたような、とかハチミツをかき混ぜるときの軽い抵抗感などと表現される独特の感覚なのである。慣れないと、どのギアに入っているのか分からない。が、調子のいいポルシェシンクロは、操る楽しさが格別だ。
エンジンが温まった後、美味しい回転ゾーンを狙っての変速は楽しいし、気分が高揚する。ダブルクラッチがバッチリ決まったときの感動は、筆舌に尽くしがたい。
もう1台、愛車にした中で気に入っているのがホンダS800の4速MTだ。フルシンクロ化され、格段に扱いやすくなった。ショートストロークで、細身のシフトレバーを手首の返しだけで気持ちよく変速できる。4速タイプでも操る楽しさは格別だ。
ボクが育った時代は縦置きエンジンのFR車が全盛だったが、今は横置きエンジンのFF車が多いからリモコン感が強くなっている。しかも高出力エンジンに対処するためのアシスト感を強く感じる。ギアを操作するリニア感が乏しいMT車が多くなっているのは残念だ。
平成の時代に誕生した日本車で変速フィールが気に入っているのは、やはり縦置きエンジンにMTの組み合わせになる。変速レバーの下にトランスミッションがあるから、ワイヤーやリンクを介しての変則と違ってダイレクト感が強いのだ。
しかも持てるパフォーマンスを、瞬時に引き出しやすいのはNAと呼ばれる自然吸気エンジン搭載車である。また、クラッチペダルの踏力やストローク、変速ストローク、ギア比などもこだわりの部分である。バランス感覚が絶妙で、つい変速してしまうクルマが好きだ。
今のうちに乗っておきたいオススメMT車
●ホンダS2000
ホンダS2000は、本田技研の創立50周年を記念して企画され、1999年4月に発売された。60年代に高性能を誇ったホンダSシリーズのスピリットを受け継ぐオープン2シーターのスポーツカーで、電動ソフトトップを採用している。
心臓は、高回転を得意とする2Lの直列4気筒DOHC・VTECだ。これに6速MTを組み合わせた。後期型は2.2Lエンジンにスケールアップされ、少しマイルドなエンジン特性になっている。
前期型が搭載する2LのF20C型DOHC・VTECエンジンはレーシングエンジンのように9000回転まで軽やかに回るから、クロスレシオの6速MTを駆使しての走りが楽しい。高回転まで回すとパワーの盛り上がりととともにエンジン音が変わる。
6速MTはFF車を得意とするホンダとしては出色の出来栄えだ。クラッチの重さ、ストローク、変速比などが適切で、絶妙なバランス感覚にウットリさせられる。
シフトストロークは36㎜と驚くほど短いから手首の返しだけでクイックな変速を楽しむことができた。軽やかなハンドリングと相まってワインディングロードを走るのが楽しい。意識して頻繁に変速操作を繰り返してしまう。
●S15系シルビア
ターボ車のMTで、乗ったときにフィーリングが合ったのがシルビアの最終形として99年に登場したS15系だ。S13型シルビアから5速MTに慣れ親しんできたが、S15型ではフラッグシップのスペックRに6速MTを初めて採用している。
エンジンは250ps/28.0kg-mまでパワーアップした排気量1998ccのSR20DET型直列4気筒DOHCターボを積んでいた。アイシン製の6速MTはターボパワーに負けないように強化されているが、思いのほか軽いタッチだ。
基本的にはアルテッツァに搭載されているものと同じ6速MTだが、シルビアの方がバランス感覚に秀で、ドライバーとの一体感が強い。強化を担当した開発陣の頑張りが分かり、味わいが深くなっている。
小気味よく変速が決まり、変速のストレスを感じない。6気筒ターボを積むスカイラインGT-Rの6速MTほどの剛性感や質感は望めないが、誰が乗っても扱いやすく感じるMTだ。変速フィールやクラッチ踏力もちょうどいい感じで、持て余さないのがいい。
●マツダロードスター
現行モデルで秀逸な変速フィールを実現しているのは、2015年6月に登場した第4世代のND型ロードスターだ。ダウンサイジングと軽量化に挑み、エンジンはスカイアクティブテクノロジーを採用した1496ccのP5-VP型直列4気筒直噴DOHCを搭載する。
パワフルとは言い難いが、6速MTを駆使しての走りが楽しい。2Lエンジンに電動メタルトップの「RF」もある。が、1.5Lエンジンの非力さをクロスレシオの6速MTを駆使して走る楽しさは格別だ。
ロードスターはショートストロークの6速MTを採用し、クラッチの重さやストロークも適切である。ダブルクラッチを使ってシフトダウンする楽しさも格別だ。また、毎年のように改良を続け、エンジンやサスペンションなども改良している。だからキャッチフレーズの「人馬一体」を存分に味わえ、運転することが楽しいのである。
横置きエンジンのFFスポーツでは、バランス感覚は今一歩だが、スイフトスポーツとシビックのタイプRの6速MTの変速フィールが好きだ。とくにタイプRは変速制御が絶妙で面白いように変速を決められる。
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