前編に引き続き、トランプ政権で国防次官補代理を務めたエルブリッジ・コルビー氏の考えを筆者なりに読み解き、日本の今後の戦略を考える上でカギとなる論点を紹介する。5つの論点のうち後編では残り2点を示す。
④中国こそが最大の脅威である
ではアメリカは大戦略の焦点をどこに置けば良いのか。コルビー氏はそれをアメリカにとってライバルとなる「大国」、とりわけ中国であると主張して譲らない。
なぜ中国なのかといえば、アメリカの覇権と、それが形成してきた現在の世界秩序を作り変えるポテンシャルを、経済面でも軍事面でも最も高く持っているからだという。これは同国を「戦略的競合相手」と位置づけた歴史的なアメリカの国防戦略の文書をまとめた人物としては当然の結論かもしれない。
もちろん東アジアに生きるわれわれにとって、世界最強の軍隊を持つアメリカの国防関係者が「中国の脅威に集中せよ」と言ってくれることは頼もしい限りではあるが、だからといって手放しで喜ぶことはできない。
というのも、前述したようにコルビー氏はアメリカの力には限界があるという現実を自覚しており、だからこそ冒頭で紹介したように、日本にも相応の防衛費増額の負担を求めるからだ。
つまり現在の世界秩序を維持したければ、余裕のないアメリカに一方的に頼るだけではなく、日本もそれ相応の負担をすべきだ、という以前から繰り返されている議題なのだが、コルビー氏によれば、日本にはついにその「年貢の納め時」が来たということだ。
⑤ロシア対応に割くリソースはない
そうなると一方の「大国」であるロシアはどうなるのか。
コルビー氏はロシアがウクライナに侵攻していることは問題であることは認めつつも、基本的にそれは現地の当事者である欧州諸国が主導すべき問題であり、アメリカは武器や資金の提供はしつつも、決して兵力を派遣するような形で直接介入すべきではないとしている。
これは中国の問題から「気をそらす」ことにつながるからだ。
当然ながらこれはウクライナの惨状に同情すべきだとする人々からは反発を受ける意見であり、本人もそれを自覚しているが、それでもリソースを集中させるべきは東アジアの中国であり、それこそがアメリカの大戦略の進む道なのだという。
冷戦後のアメリカの「過ち」とは
以上のように、コルビー氏の思考は極めて明晰である。アメリカの大戦略の方向性と、その論拠に関する議論について一点の曇りもない。
もちろん彼の思考が「タカ派すぎる」というものや、あまりにも「帝国主義的だ」という点から批判されそうなのは、私にとっても気になるところだ。
ただしそのような問題点を超えて私が本質的に同意したのが、なぜアメリカが長きにわたって戦略を間違えていたのか、という理由についての彼の分析であった。コルビー氏はそれを「ソ連との冷戦に勝ってから世界は一極状態となり、アメリカは戦略を真剣に考えなくなったからだ」と主張している。
つまりアメリカは冷戦における戦略に成功してしまったからこそ、その後に油断してしまい、対テロ戦のような寄り道をして、真剣な戦略思考を持つ人間を育てられなくなってしまったのである。
日本が主体的に戦略を考えるべき時
ここで、読者はお気づきになられるはずだ。戦略を最も考えてこなかったのは、そのアメリカの戦略に乗っかったまま、これまで真剣に考える必要のなかった日本そのものではないか、と。
もちろん「インド太平洋」という概念を国際的に広めて日本の安保制度の変革への一歩を踏み出していた故安倍元首相という例外的な存在はあったが、それはあくまでも例外である。
もし日本が防衛費を増額したくないというのであれば、コルビー氏の主張に対抗できるような説得力のある戦略を積極的に打ち出すべきではないか。
いずれにせよ、先日のペロシ下院議長の訪台とその後の中国による軍事演習で日本のEEZ内に中国のミサイルが着弾するような事態も発生している。いよいよ戦略を必死に考える時期が来たと言えるだろう。