WEC世界耐久選手権の第4戦モンツァ6時間レースは、各クラスとも随所で激しいバトルが繰り広げられる展開となり、最終的にはアルピーヌ・エルフ・チームが今季2回目の総合優勝を遂げた。
レースは3時間の折り返しを直前に、衝撃的なクラッシュでセーフティカーが導入される展開となった。
ターン4への進入で姿勢を乱し、縁石にマシンのサイドから乗り上げたTFスポーツの33号車アストンマーティン・バンテージAMRが宙を舞い、ルーフから路面に叩きつけられるというこのショッキングな事故は、関係者の間ではトラックリミットに設置される“ソーセージ”と呼ばれる縁石の是非について、幅広い反応を呼んだ。ほとんどの者が、このカマボコ状の縁石が車両を宙に浮かせる可能性について懸念しており、中には完全撤去を求める声も出ている。
なお、WECの貨物(船便)は7月12日火曜日には、第5戦富士へ向けて出発行程に入る。このためTFスポーツは、WECの前週に同じくモンツァでELMSヨーロピアン・ル・マン・シリーズを戦った車両をコンテナに積み込むこととなった。チームは今後、クラッシュした33号車のダメージの全容を把握し、日本に空輸できるかどうかを判断する予定だ。
このエンリック・シャベスのクラッシュによるリタイアにも関わらず、TFスポーツのマルコ・ソーレンセンとベン・キーティングはLMGTEアマのドライバーズ選手権を4ポイント差でリードしている。ランキング2位はポール・ダラ・ラナ組の98号車で、富士以降もアストンマーティン同士のタイトル争いが続きそうだ。
■トヨタ7号車、スタートドライバー変更の理由
4番グリッドスタートだったトヨタGAZOO Racingの7号車GR010ハイブリッドは、ホセ・マリア・ロペスがスタートドライバーを務めた。これまで、7号車ではマイク・コンウェイがスタートを担当するのが通例になっており、ロペススタートは珍しい。
チーム代表も務める小林可夢偉は、スタート直前のリモート取材において、その意図を次のように語っている。
「ル・マンまではそこに向けてやっていますが、ル・マンが終わったので『練習でやっておこうか』という形です」
「誰がスタートしてもいいチーム、誰がどうなっても同じパフォーマンスを出せるのが耐久レースとして強いチームだと思っているので、そういうことを考えて、今回はホセをスタートドライバーに選びました」
■引っ張りだこの“情報通”平川亮
そのリモート取材は8号車の平川亮も同席のもと行われた。
記者とのやりとりの中で話題が現地の天候に及ぶと、平川が「今日は気温が35度くらいまで上がる予報なのですが、来週は40度近くになるので、(レースが)来週じゃなくて良かったです」とコメント。
これに可夢偉が「よく来週の温度知ってるなぁ。俺、そもそも今週天気予報1回も見てなかったわ」とつぶやき、続いて以下のように平川を評した。
「このチーム内で、平川はこういう細かい情報を見るのがすごくて、昨日も突然プジョー(9X8)のスパイショットを見つけて送ってきたりとか、プジョーが何を使っているかという情報を見つけてきたりとか、すごいんですよ」
「(チーム代表としての)僕は『よく見つけてきたな』という感じですが、エンジニアが助かると思いますね。いまはもう、『周りの情報を知りたかったら、平川に聞け』というのがチームの雰囲気です」
当の平川も、この情報集めに関しては自信を持っているようで、「フェラーリ、ポルシェなど、いろいろと(来季参戦車両が)出てきてますけど、ちょっと頑張って細かいことを見つけようと思います」と前向きにコメント。
そんな平川がチーム内でも“情報屋”として引っ張りだこになっている現状を引き合いに、可夢偉代表は「(メディアの)皆さんも、ぜひしっかりとした予算を用意して、平川に交渉しに行ってください」とジョークで締めた。
■“USBメモリ”が原因でペナルティのフェラーリ51号車
LMGTEプロクラスでポールポジションを獲得し、レースをリードしたAFコルセの51号車フェラーリ488 GTE Evoだったが、後半に入り、「ピットイン後、マシンのデータの提出がなかった」として5秒ストップのペナルティが科せられた。
これにより優勝を逃す結果となったが、原因はUSBメモリだった。ピットストップ後、マシンのデータを保存したこのストレージデバイスが、レースコントロールに転送されていなかったのだ。
勝利のチャンスを失ったにも関わらず、51号車のアレッサンドロ・ピーエル・グイディは第2戦を制したときよりも満足感を得ているという。
「スパでは勝ったが、自分たちにはペースもパフォーマンスもないことが分かっていたからね」とピエール・グイディ。
「この先を見れば、僕らには競争力があり、チャンピオンシップを戦うことができる状態だ」
モンツァで3位に入ったピエール・グイディとジェームス・カラドは、GTE世界選手権のポイントで今季初めてトップに立っている。ポルシェ91号車のジャンマリア・ブルーニが1点差、さらにポルシェ92号車のケビン・エストーレ/ミカエル・クリステンセンが2点差で迫っており、タイトル争いは混沌としてきている。
■ニック・タンディ、3人目の記録達成者となる
残り2周での大逆転という劇的な展開でモンツァ戦のLMGTEプロクラスを制したコルベット・レーシングは2019年のスパでドラゴンスピードがLMP2を制して以来となる、WECレギュラーシーズン戦で優勝したアメリカ籍チームとなった。
また、ニック・タンディはWEC史上3人目となる、3つの異なるクラスで勝利を挙げたドライバーとなった。これまで、この記録はブルーノ・セナとハリー・ティンクネルが達成している。タンディは2015年のル・マン24時間で総合優勝(LMP1)した後、翌月にはニュルブルクリンク戦にKCMGから出場し、LMP2のクラス優勝を遂げていた。
LMGTEプロクラスの91号車ポルシェ911 RSR-19では、新型コロナウイルスへの陽性反応によりリヒャルト・リエツが欠場、フレデリック・マコウィッキが代役を務めた。
スターティンググリッドでは「Get well soon!」とうメッセージの添えられたリエツのヘルメットが車両の上に置かれ、チームはリエツの早期回復を願った。
■新興チームがクラス3位を獲得
LMP2クラスではリアルチーム・バイ・WRTが優勝を飾ったが、姉妹車のWRT31号車はパンクと冷却水漏れというふたつのトラブルに見舞われ、タイトル防衛は絶望的な局面に立たされている。
ロビン・フラインスは「ペースは良かったし、僕らはもっとも速いマシンのひとつだった。だけど、水漏れが起きてしまい、数周分をガレージで過ごすことになってしまったんだ」と肩を落とした。
モンツァでクラス3位に入り、チーム初の表彰台に登壇したベクター・スポーツ。チーム代表のゲイリー・ホランドは、この表彰台獲得が「ACOが新チームである我々に示してくれた信頼の一部に報いる」ものであることを望んでいる、と語った。
「10年も前から参戦しているチームに対して、戦いを挑むことができたのはとても嬉しいことだ」とホランド。今季から参戦を開始したーチームは、第2戦での10位というベストリザルトを大きく上回った。
■「グリッケンハウスは別の星にいた」とトヨタのブエミ
モンツァ戦の後にテストを予定しているプジョー同様、トヨタGAZOO Racingも車両をファクトリーに戻して作業を行い、その後富士6時間レースに臨む予定としている。
トヨタのテクニカル・ディレクターを務めるパスカル・バセロンは「クルマは空輸する」と述べている。「残りの機材は、船便に載せる」。
モンツァでハイパーカークラスの前半戦をリードしたグリッケンハウス・レーシングの708号車グリッケンハウス007 LMH。トヨタ8号車のセバスチャン・ブエミは、グリッケンハウスの速さについて「別の惑星にいるようだった」と表現している。
ロマン・デュマは4周目に1分36秒589というベストタイムをマーク。これは他のハイパーカー勢より1秒以上速く、当然ながら全体のファステストラップとなっていた。
その708号車がレース後半に入ったところで見舞われたトラブルは、ターボチャージャーの不具合だった。これについては、事前に何のアラームも点かなかった、とオーナーのジム・グリッケンハウスは語っている。
「何の問題もなかったんだ」とグリッケンハウス。
「オイル漏れも、インタークーラーの問題も、圧力の問題もなく、ただ突然にターボの壊滅的な故障に至ったのだ」
このトラブルに先立って、グリッケンハウスはFCY手順違反によりドライブスルーペナルティを受けている。
これはピポ・デラーニがFCYボタンを押すのが遅れた結果だとグリッケンハウスは述べているが、ターボのトラブルが発生しなければ、充分に挽回できたとみている。
「おそらく、我々は勝てていただろうと思う」とグリッケンハウスはコメントしている。
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2022年のWECはこれで4レースを終了。9月には3年ぶりの日本開催となる第5戦富士6時間レースが、静岡県の富士スピードウェイで予定されている。その後、11月のバーレーン8時間レースで、2022年シーズンは締め括られることとなっている。