もっと詳しく

昨日も述べたように、岸田首相が近く現職首相として異例のトヨタ本社訪問する見通しとなった。昨年の衆院解散時にはトヨタ労組出身の古本伸一郎氏が突如引退を表明し、自民党候補に小選挙区の議席を譲る事態に--。トヨタがこのように「権力」に近づく大きな要因は2つあると、筆者は考える。

地政学リスクで崩れたトヨタモデル

まずは、トヨタの強いビジネスモデルが根底から崩れ去ろうとしており、そこに危機感を感じた豊田氏が後ろ盾を得ようとしているのだ。

トヨタが収益を得るために「武器」としてきたトヨタ生産方式(TPS)は、生産量が右肩上がりの状態で、かつ平和を前提にした経営手法だ。TPSの特長の一つとして、よく在庫を持たない生産システムだと言われる。無駄な在庫を持たないことで、キャッシュリッチになる。

しかし、米中対立、ウクライナ危機などによる地政学的リスクが高まる中、半導体不足に象徴されるようにサプライチェーンが混乱し、ジャストインタイムの発想で、必要なものを必要な時に必要な量だけ、供給してくれとは、下請けには指示できなくなり、ある程度の在庫を抱える必要が出てきた。

さらに、トヨタが下請けを叩いて値引き要求しても、下請けは「面積」でカバーする戦略を取ってきた。トヨタが持ち前の営業力で販売台数を増やすことで、部品の購入量も増えるため、単価を安くしても数量で稼げるという理屈だ。

日鉄とのトラブルに見る異変

多くの下請けがトヨタの買い叩きに不満を持っていても、後ろから付いていったのは、トヨタから信頼を得て納入を長く続けていれば、いずれ数量でカバーできるという発想があったからだ。

しかし、この構図も崩れている。半導体不足で生産台数が伸びない中、「面積」でカバーする戦略が通用しなくなったのだ。そこに部品メーカーの不満がたまり始めた。

トヨタ自動車「お膝元」元町工場(撮影2018年、写真:つのだよしお/アフロ)

その象徴がトヨタ最大の下請け、日本製鉄との揉め事だ。昨年10月、日鉄がトヨタを知的財産の侵害で訴えた伏線には両社が熾烈な価格交渉をしてきたことがあった。鉄鉱石価格が値上がりし続ける中、トヨタは鋼材価格の値上げを認めないため、トヨタが購入する鋼材価格が「世界最安値」とまで言われ、値上げを強く求める日鉄と激突。日鉄側から「供給を止めると」と迫られたトヨタは昨年、トン当たり2万円の鋼材価格の値上げを渋々受け入れた。

ところが、今春闘で満額回答をしたのとほぼ同じ頃、今年も2万円の鋼材価格値上げをあっさり容認する大盤振る舞いに転じたのである。公正取引委員会は現在、元請け企業による買い叩きを厳しく監視するようになっており、こうした政府の動きにトヨタは敏感になっているようだ。

豊田ジュニアへの継承問題

そして2つ目の理由が「継承」だ。トヨタでは早ければ来年にも社長交代があるだろう。

豊田大輔氏(ウーブン・プラネット社公式サイトより)

現在、豊田氏の長男、大輔氏(34)は孫会社「ウーブン・アルファ」の代表取締役を務めているが、いきなり大輔氏に社長を継がせることはない。しかし、「大輔継承」に含みを持たせる人事は展開し、今後、10年以内に大輔氏がトヨタ本体の社長になるように仕向けると筆者は見ている。

ただ、豊田氏のトヨタ株の持ち株比率は0.2%にも満たず、株で会社を支配するオーナーではなく、創業家出身という立場に過ぎない。そうした持ち株比率しかないのに、オーナー然として経営者としての能力が未知数の息子に「世襲」を敢行するためには、政治、メディア、下請け、社員、市場といったあらゆるステークホルダーに理解を求め、応援を得ていくことが無用な摩擦を生まないうえで肝要となる。

こうした中で、これまでトヨタはカネの力(広告や配当)でメディアや市場の声を封じてきたが、政権との間には距離があり、蜜月とまでは行かなかった。

効率経営の代名詞であるTPSや、創業を中心に一枚岩にまとまる団結力はこれまでのトヨタの強みではあったが、それが外部環境の変化などによって、弱みに変わるリスクを含んでいる。故にトヨタは後ろ盾を求めて「権力」に擦り寄っているのである。