6月17日に行われた日本維新の会の公開政調会にて、重点政策の第1項目目である出産・教育無償化に関する音喜多駿党政調会長、足立康史国会議員団政調会長、藤田暁政調会長代行(※訂正お詫びあり)の“大論争”の様子がネットで話題になりました。
社会福祉政策は国民負担と表裏一体。いよいよ始まった参議院選挙の投票先選びにおいて、大きな関心が寄せられる部分です。維新の政策担当者がそれぞれどの様な意見を持っているか、議論から見えてくる部分を解説します。
現実に起きた問題をスルー気味?
(以下著者要約・敬称略)
音喜多(党政調会長)「教育・出産はこれまで国が補助金を支給する形だったが発想を大転換し、全て国が責任を負うものとして無償化していくことにこだわった」
「出産育児一時金を増額する政府案では無償化には至らない。そこで出産を保険適応とすることで価格を固定化し、3割自己負担分についてお金を支給する」
藤田(政調代行)「教育無償化はお金のハードルをなくすだけで入学定員を増やすわけではない。競争が激化して学力は向上するのではないか」
「現行の出産一時費用も保険財政の中で出されており、財源的な有意差はない」
足立(国会議員団政調会長)「保険制度は現役世代の負担が増える。また保険者機能として給付を制限する方向にモチベーションが湧く設計となっている。出産ができるだけ起こらないようにすると保険財政は助かるということになり、逆インセンティブになるのでは」
まず気になるのは、教育補助金や医療保険制度によって現実に起こっている問題を無視した話をしている部分です。
教育に関しては私学助成金や奨学金制度の結果として経済的合理性に欠ける大学が乱立。いま解決すべきは進学しても所得向上効果のない大学の整理で、実際私学助成金は削減されつつあります。もしお金のハードルをなくすという趣旨であれば旧帝大など限られた定員の中での学食・学生寮を含めた完全無償化ではないでしょうか。
それと同様に国民皆保険制度によって窓口負担が安すぎるため、受診・投薬・入院が過剰となって医療リソースは慢性的に不足しています。特に高齢者の窓口負担1割には大きな批判が集まってきました。
その理由は国民皆保険制度の保険者が給付に制限しようとする保険者機能が十分に働いていないためです。競合がなく強制徴収できる半官営保険者では、保険給付がふえれば保険料を増加すれば良いだけです。その結果として社会保険料は大幅に膨張してきました。
議論に含むべき3つのテーマ
では出産費用の保険化で完全無償化は達成できるのでしょうか。現状でも出産費用を膨張させているのは個室代・保険外検査・親子教室などのオプション部分です。また都市部で出産費用が多いのは、人件費や固定資産税などコスト要因が価格に反映されているからです。
出産費用の高騰は都市部を中心とした地域差のある問題なので、本質的には地方自治体が中心となって独自の助成額を決めるべきです。
出産育児一時金が保険財政から出されているのであれば、制度見直しの原則である2対1ルールに基づき保険適応へと一本化。価格水準は2年に一度の診療報酬改定で決めていけば、行政コストの削減にもつながります。
医療機関の保険適応外の部分での価格決定権を残したまま、自己負担3割分ともども地方自治体が地域物価と財政を鑑みて決定するという形ならば検討する価値があるかもしれません。ぜひ制度の簡略化・行政コストの削減・地方分権というテーマを含めた議論を進めてほしいと思います。
(関連)「2対1ルール」安倍政権もやってほしかったトランプ政権最強の政策 – SAKISIRU(サキシル)
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紛糾した出産費用の上限議論
足立「出産費用保険化政策の説明用Q&Aでは上限付ける案を排除しているが、バランスを欠いている。大事なことは手段ではなくて目的。それぞれの案にメリットとデメリットがある中で、上限案を否定する理由はないのでは」
音喜多「別に全否定をしているわけではなく、100点満点ではないなかで今のベストとして地方議員・国会議員団部会長と話し、産婦人科医へヒアリングした上で保険適用を選択した。選択した理由を説明するQ&A集として作った」
(Q&A集より引用)Q4. 行政が出産費用の上限を決めてしまえば良いのではないですか?岸田総理が提案している「出産費用の透明化、一時金の増額」では無償化はできませんか?
→自由診療は医療機関が自由度を持って価格を決定できる仕組みであり、ここに上限金額を定めるのは制度そのものの趣旨に矛盾し、困難です。
公開政調会でとくに紛糾したのは「出産費用の上限設定案」の表現に関する部分。
保険化案も強力な価格統制ですが、上限設定案はさらに厳しく医療機関経営者の裁量権を制限します。また上限案の価格はだれが何を参考にどのような周期で決めていくかから新規構築しなければなりません。
昨今のインフレ圧力・光熱費の高騰という環境の中で全国一律の価格統制を行うのは慎重を期すべきで、ヒアリングに応じた産婦人科医からも同様の見解が示されたはずです。
当事者への共感と配慮を
確かに政府として業界団体と交渉する際に保険案か上限案どちらを選ぶか迫り、より受け入れやすい保険案へと着地させるという手法は取られるかもしれません。
しかし維新が野党として政府案への対案を作る中で「目的」を重視するあまり「手段」を二転三転させるのは、手段に振り回されることになる当事者との信頼関係を損ねるのではないでしょうか。Q4の文章を読んでどう捉えるかは個々人次第ではありますが、保険医療当事者としては無償化するとしても上限案は採用しないと明記があるのは医院経営への配慮を感じ好印象です。
産婦人科医・経営者などの政策執行当事者もまた政策形成のステークホルダーだと捉えるのが公共選択論の考え方。ある程度政策の方向性を取捨選択して共感と配慮を示さなければ、もともとインパクトの大きな保険化案に対し当事者からの大きな批判を呼び込むでしょう。
その後のやり取りは政策とは関係しない部分なのでここでは論じませんが、Q&A集には岸田総理腹案として「出産費用の情報公開・透明化を進めることで、妊婦側にお金のかからない出産方法を選択する余地を増やそうとするもの」と記載がありました。
医療制度の持続性を考える立場としては出産育児一時金増額に意義を感じない一方で「費用の情報公開・透明化」こそ最も本質的な解決策と考えています。与党案に関する論考は以下の過去記事よりご参照ください。
(関連)「出産一時金」またも問題解決にならない自民党の補助金政策 – SAKISIRU(サキシル)
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【※25日14:00 編集部よりお詫び】当該政策論議の発言者の「藤田氏」は、藤田暁政調会長代行でした。初出時に藤田文武幹事長と誤認していました。指摘を受け確認したところ誤りでした。訂正の上、再掲します。関係者と読者の皆様に深くお詫びします。