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 イタリア・バレルンガで7月23~24日に開催された2022年WTCR世界ツーリングカー・カップ第6戦は、ヨーロッパを襲う熱波による灼熱のコンディションも影響し、第2戦に続きコントロールタイヤを供給するグッドイヤーに「安全上の懸念事項」が再発。グリッド上で最多ウエイトを搭載するリンク&コー03 TCRのシアン・レーシングは「ドライバーの身の安全を守るうえで、迅速かつ必要な措置」を求めたが、予選後になっても満足な回答が得られなかったとして、同戦からの撤退を決断する異常事態となった。

 結果、レース1はネストール・ジロラミ(ALL-INKL.COM・ミュニッヒ・モータースポーツ/FK8型ホンダ・シビック・タイプR TCR)が、レース2はジル・マグナス(コムトゥユー・チーム・アウディスポーツ/アウディRS3 LMS 2)が勝利したものの、リンク&コーのみならず他陣営の各ドライバーからも、多くのコンプレインが寄せられる週末となった。

 第2戦のドイツ・ニュルブルクリンクでは、ホンダやリンク&コー陣営を中心にタイヤの予期せぬパンクや層間剥離のような症状が頻発し、レース開催自体がキャンセルされる緊急事態が勃発。その後も、今季より修正された予選ベストラップ平均で算出されるコンペンセイション・ウエイト規約を巧みに利用する戦術で、各陣営の間で「三味線合戦」が繰り広げられるなど、WTCRの2022年シーズンは波乱含みの展開が続いてきた。

 そんな流れのなかで迎えたバレルンガ戦では、アウディ勢に加えてリンク&コー03 TCRにも最大40kgのコンペンセイション・ウエイトが課され、同車の車両総重量は1355kgに到達。この数値はライバルのどの車種と比較しても、実に50kg以上もヘビーな「危険な状態」となった。

 こうした状態も踏まえ、FIA WTCRの運営委員会はこの第6戦以降「全ラウンドで60分の追加テストセッション枠を設ける」ことをアナウンス。金曜正午から実施されたその追加走行枠では、このイタリア戦より20kgのウエイト軽減が適用されたジロラミのシビックが最速となった。

 しかし続く通常のフリープラクティス1で早速のドラマが巻き起こり、アウディのナサニエル・ベルトン(コムトゥユーDHLチーム・アウディスポーツ/アウディRS3 LMS 2)が最速タイムを刻んだものの、世界戦4冠の“帝王”イヴァン・ミューラー(シアン・レーシング・リンク&コー/リンク&コー03 TCR)は左フロントタイヤがトラブルを引き起こし、6速で進入する高速ターン2でコントロール不能のままコースオフ。幸いにして長いグラベルトラップが車速を殺し、バリアに軽くタッチする程度でマシンは止まったものの、ヒョンデがワン・ツーを決めたFP2を経て、シアン・レーシングはFIA WTCRの主催団体と関係者に対し緊急声明を発する事態となった。

「我々チームの現在の評価は、車両重量レベルと供給されたタイヤ性能に対し、チームが安全な方法で、完全なレース距離を走破することを『不可能な方程式』にしているという見立てです」と、ステートメント冒頭に記したシアン・レーシング。

「シアン・レーシングはFP2で予選シミュレーションを実行した後、土曜午後の予選に参加することを決定し『より短い距離での走行は可能である』という結論に達しました」

「ただし、チームとドライバーが安全な方法でWTCRレース・オブ・バレルンンガに参加できるよう、利害関係者には迅速かつ必要な行動を取るよう求めます」

「チームは、チャンピオンシップの利害関係者からさらなる見解と行動を待つ間、日曜日のふたつのレースに参加するかどうかの最終決定を下すつもりです」

世界戦4冠の”帝王”イヴァン・ミューラー(シアン・レーシング・リンク&コー/リンク&コー03 TCR)は左フロントタイヤがトラブルを引き起こし、6速で進入する高速ターン2でコントロール不能のままコースオフ
タイヤへの不安を抱えたシアン・レーシングは、王者ヤン・エルラシェール(リンク&コー03 TCR/右)も予選トップ10が精一杯に
5台のリンク&コー03 TCRをピットレーンに残したまま、酷暑のバレルンンガ・レース1がスタート
SC解除後のラストスプリントでもポジションを守ったネストール・ジロラミ(ALL-INKL.COM・ミュニッヒ・モータースポーツ/FK8型ホンダ・シビック・タイプR TCR)がレース1を制した

■他陣営の車両にもタイヤにまつわるトラブルが続発

 そのまま土曜午後に実施された予選では、ホンダのジロラミがミケル・アズコナとノルベルト・ミケリス(BRCヒョンデN スクアドラ・コルセ/ヒョンデ・エラントラN TCR)の2台を抑えポールポジションを獲得したものの、予選13番手に留まったミューラーは「トップ5に入れる手応えはありながら、自分自身を犠牲にしなければならなかった」と、フラストレーション過多で爆発寸前の状況を語った。

「すべての推奨事項を守っているのに、練習走行から220km/hでコースオフさせられたんだ。他に何をすればいいというのか。ロングランは最大15周程度で、23周レースなんてまったく見えない。明日はとにかくゆっくり走って、チェッカーが見られれば満足だ」

 大ベテランがそう不満をぶちまけた直後、当のリンク&コー・シアン・レーシングはふたたびの声明を発表し、安全上の理由で実施された予選後のミーティングを経て、日曜のレースには出場せず、同週末のラウンドから「撤退する」との決定を下した。

「ホンダより50kg、ヒョンデより80kg重い我々のクルマでは、重量とタイヤの状況を組み合わせることで『不可能な方程式になる』というデータを、FIA WTCRの運営委員会やすべての利害関係者に提供していた」と説明するのは、チームマネージャーを務めるフレデリック・ウォーレン。

「我々が望んでいた決定ではないが、バレルンガの週末では始まりから現在に至るまで、この問題に対する適切な解決策は見つからなかった……という結論だ」

 この宣言どおり、レース1のフォーメーションラップを終えた段階で5台のリンク&コー03 TCRがピットロードへと向かい、不穏な空気の中でスタートが切られると、他陣営の車両にもタイヤにまつわるトラブルが続発。8周目にはメディ・ベナーニ(コムトゥユー・チーム・アウディスポーツ/アウディRS3 LMS 2)とティアゴ・モンテイロ(エングストラー・ホンダ・タイプR・リキモリ・レーシングチーム/FK8型ホンダ・シビック・タイプR TCR)がピットに戻らなければならず、翌周にはモンテイロの僚友アッティラ・タッシのシビックもピットエントリーへと続いていく。

 さらに12周目にはベルトンのアウディも高速コーナーで“あわや”の場面に見舞われ、なんとかコントロールを保って緊急ピットへ。16周目にはニュルで痛い目に遭遇していたロブ・ハフ(ゼングー・モータースポーツ/クプラ・レオン・コンペティションTCR)もレースを諦めざるを得ない展開に。

 続くラップでレースコントロールはセーフティカー(SC)を介入させ、コース上に散乱する剥離したタイヤトレッドの除去を実施すると、残り2周のスプリントでジロラミが勝利。アズコナ、マグナスの続く表彰台となった。

 夕刻17時を回って始まったレース2でも状況は改善せず、5台のシアンブルーに彩られた車両がピットへ消えたところで勝負が始まると、中盤にはアウディ、ホンダらが続々とタイヤ交換に向かうなか、マグナスとベルトンのアウディがワン・ツーでチェッカー。ヒョンデのアズコナが最後の表彰台を確保する結果となった。

 路面温度50度越えのコンディションながら、不可解かつ安全上に大きな疑義が残るトラブルが頻発する状況に対し、グッドイヤーも「全タイヤを回収し、あらゆる情報から根本的要因を精査する」と述べるに留まったが、続くWTCR第7戦はここから約2週間を切った8月5~7日に、4冠王者ミューラーの地元フランス・アルザス地方に位置するアノー・デュ・ハンで争われる。

レース1勝者ジロラミも「非常に速くてやりがいのあるコーナーが特徴のトラックだが、今はタイヤに優しくすることだけを考えている」と本音を語った
レース2のスタートから隊列を率いたジル・マグナス(Comtoyou Team Audi Sport/アウディRS3 LMS 2)が勝利を飾った
リンク&コー・シアン・レーシングのドライバー5名とクルーの面々は、レースの行方をモニターで見守った
レース1の3位表彰台に続き、勝利を手にしたマグナス。「タイヤの問題で複数のピットストップ、なんだかシュールなレースになってしまったね」