キリンホールディングス(HD)は30日、ミャンマー国軍系企業と合弁で運営するビール会社、ミャンマー・ブルワリー(MBL)の全保有株式をMBLに売却することを発表した。同社は2015年、MBLに51%を出資して子会社化したが、今年2月に合弁を早期に解消し、ミャンマー事業からの撤退を表明していた。
“損切り”を急いだ背景
MBLはミャンマーの国軍系企業であるが、キリンは国軍と無関係な第三者の企業への売却を探ったが、有力な買い手を見つけられずにいた。つまりキリンにとって、MBLへの全保有株式の売却は早期撤退を優先するための苦渋の決断でもある。なぜ、“損切り”してまで撤退を急ぐのかといわれれば、いうまでもなくミャンマー国軍による2月のクーデターが原因である。株式売却に手間取ってミャンマーからの撤退が遅れ、ズルズルと居続けては国内外からの批判が高まるからだ。
この6月より金融庁と東京証券取引所は、コーポレート・ガバナンスコード(企業統治指針)改定で、“人権尊重”の規定を盛り込んだ。今後、企業は人権尊重についての説明責任がより求められることになった。「ビジネス規範や人権方針に根底から反する」と、MBLとの合弁を解消したキリンもこうした流れを見越した格好だ。だが、人権尊重の動きに乗り遅れたのがユニクロだ。
さらにユニクロはウクライナ戦争でもやらかしている。今年2月24日に始まったロシアによるウクライナ侵攻に伴い、トヨタ自動車をはじめとするロシアで事業を展開する国内企業は次々と事業の休止・撤退を決めた。だが、柳井氏は3月7日付の日本経済新聞のインタビューで「衣服は生活の必需品。ロシアの人々も同様に生活する権利がある」と語り、ロシア事業の継続を言明した。
だが、これには世界中から厳しい批判が寄せられた。わが国でも駐日ウクライナ大使のセルギー・コルスンスキー氏が不満を表明したこともあり、SNS上ではユニクロ製品の不買運動を呼びかける投稿が相次いだ。こうした批判が堪えたのか、日経の報道からわずか3日後の3月10日、柳井氏はロシア事業の一時停止を決めた。まさに「迷走」というしかないだろう。
人権問題でぬるい対応 許されず
ユニクロを弁護するつもりはないが、同社はもともと人権尊重に前向きな会社で、原材料の調達から販売までのサプライチェーンに問題がないかなどを常々厳しくチェックしているほどだ。しかし、経営トップの対応一つで燎原の火のごとく、世界中で批判が広がってしまった。
米エール大学の調査によれば、ロシアの軍事侵攻を受けて同国から完全に撤退する企業は、今年5月までに1000社中300社を超えた。一方、帝国データバンクによると、ロシアに進出する国内上場企業168社のうち、ロシアからの完全撤退を明言したのは5月時点でたったの3社。事業の停止や制限を発表した企業は71社、全体の42%だった。欧米との差が広がったのは、日本は欧米ほど企業の振る舞いに世間の目がうるさくなく、社会的評判とブランドイメージを棄損するリスクが少ないからだとされる。そもそも欧米企業では、企業が人権問題で生ぬるい対応をすると、株主が許さない。
ユニクロの柳井氏が対応を誤ってしまったのも、こうした日本の風潮に慣れてしまっているからかもしれない。しかし、ユニクロは紛うことなきグローバル企業で、何よりも消費者を相手にするB to C企業だ。人権への対応一つで不買運動が起きるなど、企業の浮沈を左右しかねない。それは前出のキリンも同様で、ミャンマーからの撤退を急いだのは英断といえるだろう。